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少なくとも他のクラスは化粧なんてしていない。 27

 彼の名前は、天飛たかと・イエマン。

 天飛はひとしきり碧の残像を睨んだ後、俺に肩をぶつけながら「弟に守ってもらってださいな。あんま調子に乗るなよ」と情けない捨て台詞を吐いて、一番前の席に座った。


「新学期になって、五組から六組に落ちてきたんです」


 一番上の席に座って、柚香は俺に奴の事を教えてくれた。


「この一か月間。誰とも馴れ合わず、一番前の席で独り黙々と授業を受けている人でした。私たちもあんなに気性の荒い人だとは思いませんでした。驚きました」

「ふうん」


 俺は言う。


「じゃああれは溜まりに溜まったストレスが、なぜか俺を前にして爆発したって感じだな」

「そうですね。それか今日が中間行事だからじゃないですか?」


 ああ、そうか。

 柚香が言うには、六組が和気藹々としているだけで、他のクラスはピリピリしているんだっけ。五組にいた名残でもあるのかねえ。


「ピリピリしている理由、それだけじゃないと思いますよ」

「それだけじゃない?」

「はい。多分、入れ替え戦を目指しているんじゃないでしょうか」

「そゆこと」


 理解した。

 あいつは早くこの六組から抜け出したいんだ。

 沼の六組から。


 だから誰とも馴れ合わない。自分がそっち側へ行くのが嫌だから。沼に嵌るのが嫌だから。こんな危険地帯からおさらばして、元の場所へ帰りたい。沼底に落ちないために踏ん張るのは、体力を使うだろう。


「だからこそ、すべてを賭ける入れ替え戦、か」

「はい。その結果で、彼がずっと六組にいるか、五組にいるか決まります」

「そう。ちなみに入れ替え戦って、評価点なんぼくらい必要なの?」


 そういえば、真希にも聞かされてなかったな。とりあえず月末のトーナメントで一位になれとしか。


「評価点は基本的に生徒は見られません。ですけど、おおよその目安があって。月末行事で優勝したら100点。入れ替え戦はクラス間で違いますが、六組から五組は100点でこと足ります」


 と、いうことは……五組から四組に行くまでは、月末行事を数回勝たないといけない可能性があるという事。四組から三組までも同様………ああ、これは一組の誰かを魔人の力で軽く倒してしまった方が、楽だったかもしれない。


「それを聞くってことは、紅ちゃんも入れ替え戦を目指しているんですか?」

「まあな」


 すると柚香の目には涙が浮かぶ。


「ど、どうした、柚香!?」

「寂しいです………せっかく仲良くなれたのに」

「いやいや、俺、授業でないし。お前とは風呂で会えるだろ」

「そ、そうですけど………同じクラスじゃなくなるのは――――」

「じゃあ、柚香も五組に来ればいいじゃん」


 これもちょっとした軽口だ。

 その軽口で、また柚香は硬直した。そしてぽろぽろと机に涙が落ちる。ひくひくと嗚咽を漏らし、顔を手で塞いだ。


「どうした?」


 できるだけ優しい声を作る。


「行けないです。私じゃ」

「どうして?」

「頑張りました、とても。でも届かないんです。手を伸ばしても届かない。私じゃ上には行けないんだって――思い知りました。一組に比べたら、六組も五組も変わらないように見えるかもしれません………でも私にとって、五組は高い壁なんです。そこに私は………届かない」


 あまり人のデリケートな部分にこうして足を踏み入れるのは、好きじゃない。俺は心の扉にノックするのは好きだ。ゴンゴンと音を鳴らして、相手をイラつかせる――みたいな。


 でもいざ扉を開かれると、一歩引いてしまう。

 怜の時もそうだ。泣かせたかったらか、ちょっとノックしてみたが、思いのほか歓迎してくれたのでちょっと足踏みをした。でもあれは玄関の外で会話した程度で収まった。危うく招かれそうになったが……。


「悪かったな。余計なこと言った」

「いえ………私も、ちょっと過敏すぎましたね」


 柚香は服の袖で、急いで涙を拭き、後が残った顔で不器用に笑った。


――――


 中間行事。

 場所は振り分け戦と同じアリーナ。


 真希から前哨戦と聞いていた通り、振り分け戦の時のようなお祭り感はない。あの日のように屋台が出ているわけでもなく、受付が混雑している様子もない。対戦方式がトーナメントだからだろうか。


 振り分け試験同様、一日で全工程を行うわけではない。

 俺たちと同じように、二年と三年のこの行事を行うわけで、三学年同時なんて人数的に不可能だ。だから今日は一年生の日。このアリーナには一年生全員が集まっている。


「まずは六組からだっけ」

「そうです。まずは私たちが見世物に………」


 教室でのやり取りでネガティブになっている柚香。


「まあでも観衆の視線は全部、紅ちゃんが持って行ってくれるから、安心できます!」


 人任せポジティブ。


「それじゃあ早く着替えないだな」

「そうですね。更衣室へ行きましょう」


 あー更衣室かー。

 一組専用の更衣室に行きたい。あっちのほうがプライベート感があって好きなんだよな。別にみんなで着替えるのが嫌なわけじゃないけどさ。


 更衣室に入る。

 他クラスと兼用のこの更衣室は、ロッカーが並んでおり、大きさで言うとアリーナにあるコート二個分といったところか。ロッカーの間のスペースは広いし着替えやすいが、なにせ人が多いため、自由気ままにとはいかない。


 六組には六組の領土がすでにあるらしく、そして六組らしく一番奥の辺境だ。


「紅様!」


 俺たちは柚香が泣いてしまったこともあって、いったん教室でゆっくりしてからアリーナに向かった。そのためクラスのみんなはすでに着替え終わっている人が多かった。


「紅様!お着替えお手伝いしてもよろしいですか?」

「あん?ああ、だいじょぶ」

「紅様!私、変なところありませんか?」

「ああ、可愛いぞ」

「紅様!香水をつけてみたんですが、どうですか?」

「試合前に香水?うん、いい匂いじゃん」

「紅様!化粧してみました!見て下さい!」

「大人っぽくなってるな」

「紅様!―――」


 うん、着替える暇がねえや。

 いちいち返している俺も悪いのかもしれないけど、ファンサービスってやつだ。人気者だからな。人気者の苦労ってやつを味わなければ、天罰が下るってものだ。

 あとみんな見た目に気合入れすぎじゃねえか。人前に出るから気使ってんのかな?


「紅様!」

「ハイハイ、次はどうした―――っと。どうした?」


 行く手を阻むように、俺の進行方向先に飛び出してきた女子は、体を丸めながら緊張していた。


「あ、あの!今日はよろしくお願いしまう!」

「噛んだな」

「うう……恥ずかしいです」


 そのおかげで少し緊張がほぐれたのか、背筋を正して、俺の目を見て言った。


「今日はよろしくお願いします。一回戦の相手の紗耶香・イーシーです!」


 そういうことね。

 紗耶香は俺に手を差し向けて、握手を要求する。俺はそれに応えた。


「おう、よろしく頼むぜ」

「はい!紅様だとしても油断はしません!全力で勝ちにいきますから!それではコートで待ってます!」


 そう言い残して、紗耶香は床を滑るように超特急で走り去った。

 あとさらっと「油断しません」って言ってたよな?それって俺のこと下に見てるってことじゃねえか!


「よーし、私も頑張るぞー!」

「一回は勝ちたい!中間行事で勝ったことないから!」

「私はね~準決勝行ければベスト!今回は決勝無理そうなのよ~」


 ちらほらと気合の入った声が聞こえる。この声全てが六組の連中だ。紗耶香の紅様打倒宣言があったおかげなのかもしれないが、俺はこれが本来の彼女らの姿なのだと感じる。


 うん、嫌いじゃない。

 真希よ、お前が言うよりも六組というものは腐っていないみたいだぞ。




「これより紅・ファニファトファと紗耶香・イーシーの試合を始めます!」


 勇者部隊による審判。

 さっきから俺を鋭い目つきでこちらを見ているのは、振り分け戦で真希と戦った時と同じ人だからだろう。今度やったら殺すからね、と言わんばかりの殺気だ。酒屋には失礼だが、一度この審判と戦わせてくれ。いい勝負ができそうだ。


「試合時間三分間。制限時間による決着の勝敗は審判に委ねられるものとします。また降参も認められます。また時間内の決着についても審判によって判断されます。両者、それを認めますか」

「はい!」

「は~い」


 時間内の決着についても――は、スーツについている防具以外……例えば腹とかに剣が刺さった場合(基本的にスーツがあるから怪我はしない)とか、動けない状態で剣を向けられるとかが該当する。多分、降参できる人は少ないんじゃなかろうか。その前に審判が止めるから。


「それでは構え――始め!」


 なんか掛け声かっこよくなったな!


「行きます!」

「受けてたーつ」


 俺は相変わらず二刀の短剣。

 対する紗耶香は一般的な剣を一本。

 紗耶香の勇者の力の大きさは、やはり小さい。俺に比べたら数倍は大きいのだが、普段真希の力を見ているせいで、余計に小さく感じる。


 悪いが紗耶香よ――実験台になってくれ。

 さあ、見せようじゃないか。ググ直伝――魔人の力を勇者の力に生かす技を!


「魔力偽装――」


 早速、俺は戦う準備を始めた。




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