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紅様って紅葉みたい。 26

 あっという間に月末は来て、今日が前哨戦の当日だ。


「よーっす、柚香」

「あ、紅ちゃん。おはようございます」


 礼儀正しく挨拶されたので、一応俺も頭を下げておく。


 ここは一年六組が共通科目の時に使う講義室。一番前に教壇と黒板があり、席が段々に高くなっていくオーソドックスな教室だ。


「今日はさすがの紅ちゃんも来たんですね」

「おう、中間行事だからな」


 真希は前哨戦と呼んでいたが、風呂場で聞いたところによると、今日の事を中間行事と呼んでいるらしい。呼びやすいので拝借した。


「それにしても、今日は活気づいてるな~」


 教室を見渡すと、いつも以上(いつもを知らないが)に教室内がざわざわしている。その理由は、月末行事で授業がない事も関係しているのだろう。


「他のクラスはもっと緊張感があるんですよ?お祭り気分なのはここだけで」

「どうして?」

「ここが六組だからです……下のクラスに下がることないですからね。自分の評価点が上がるとか、下がるとか、気にしないんですよ」

「へー。下がるのが気にならないんだったら、入れ替え戦すればいいのに」


 入れ替え戦は負けると評価点がゼロになる。それは六組落ちが確定するという意味で、誰もそのリスクを冒せない。

 しかし六組は違う。評価点がゼロになっても、六組のまま。であれば、藁にも縋る思いで、それに懸けてもいいんじゃないかと思う。


「しませんよ。だって惨めじゃないですか。どうせ負けて、笑われるに決まってます」


 自虐的な笑みを浮かべる柚香。

 多分、頑張っていないわけじゃないんだ。頑張って、届かなくて、それが惨めだと感じるのだろう。

 頑張った分だけ、惨めだと。

 俺には立ち入ることのできない、弱者なりの理由があるのだ。


「だから、沼の六組なんて蔑まれるんですよね。分かってるつもりなんですけどね」

「沼の六組?」


 初めて聞いたな。

 基本、俺、学園にいないしな。しょうがない。


「六組に入ったら、その居心地の良さで抜け出せない。だから沼の六組。自分たちは弱いから仕方がない、自分たちは上のクラスには敵わない。そう傷を舐め合っているうちに、向上心を忘れて、楽になれる」


 俺は風呂場で見たことがある。

 自分の向上心に押しつぶされ、周りからの目を気にして、泣きそうになっている女の子を。泣いてしまった女の子を見ている。俺にはよく分からないが、向上心がどれだけ人を狂わすかは知っている、つもりだ。


「他のクラスの人は、そんな私たちを蔑視して、勇者として扱うことはない。ブラックエリアから出ていけって言っている人もいます」

「あれ?でも他のクラスの人と仲いいじゃん。ほら、風呂で」


 言うと、柚香ははにかみ照れる。


「あれは……紅ちゃんのおかげですよ。人気者の紅ちゃんが六組の事を、他のクラスと対等に見てくれるから、それに影響されて皆さんが仲良くしてくれているんです。ほら、あっち見て下さい」


 柚香が指さした方へ向く。そこには数人で集まった女子グループがこちらをチラチラと見ている姿があった。その内、一人の女子と目が合うと目が輝いて、


「紅様ーー!おはようございます!」

「おはようございます!」


 と号令のように挨拶をしてきた。

 俺は無言で手をあげて応えると、女子たちは歓喜の声を上げた。


「六組でもすごい人気です。多分、他のクラスでもこんな反応になると思いますよ。さっきから男子たちもこちらの様子を伺っていますし」


 教室を見渡すと、女子と目が合うと恥ずかしがりながら手を振ったり、大きく頭をさがたりと反応しているが、反対に男子はまるで盗み見ていたかのように、顔を逸らす。少し面白い。


「じゃあ、俺の隣にいる柚香は幸せ者だな」

「はい!」


 満面の笑みで柚香は返事をした。憂い気な表情よりもこちらの方がいい。


「キスしてやろっか?」

「ききき、きききき、キス!?」

「お、おい柚香!?」


 軽口のつもりだったが、柚香は頬っぺたを赤くしてそのまま硬直した。


「お~い、柚香~………」


 反応なし。

 うむ、俺はもう少し自分のことを高く評価しないといけないな。ん?これ以上、高くできるか?自己肯定感高すぎて、もう天井越えだぞ?


「おい、入り口でだべってんじゃねえよ」


 と、後ろから胴間声が聞こえ、そちらへ振りかえる。そこには仏頂面をした、少しだけ体格の大きな男がいた。背は俺よりちょっと大きく、筋肉質な体系だ。制服を着て、六組に入ってきているということは、クラスメイトだろう。


「―――って、お前、出来損ないの姉か」


 薄ら笑いを浮かべながら、馬鹿にしてくる男子。


 出来損ないの姉というのは初めて聞く蔑称だが、意味も分かるし、言われて納得もできる。今までこのワードが出なかったのが、不思議なくらいだ。

 一組の弟に比べて、六組の姉は神力の少なく、授業もサボる。多分、俺がいるコミュニティ以外だとその名で通っているのかもしれないな。


「出来のいい弟がいると、自分が小さく見えるよな?だからこんな最底辺で自分を大きく見せてる。違うか?」

「いや、何も言ってねえよ」

「言わなくてもわかんだよ。ここに停滞している奴はみんなそうだ。まるでここが一つの世界みてえに閉じこもって、現実から目を背ける。他の奴らに何言われたって頑張ろうともしない鈍間だらけだ。そん中で人気者になったからって、調子乗んじゃねえ!」


 出会い頭に怒鳴られたんですけど。

 最初は蔑む笑みで語ってたけど、徐々に貧乏ゆすりが激しくなって、最終的には怒りが爆発したように声を荒げた。完全に情緒不安定。酒の飲みすぎ。完全に依存症。

 早くお医者さんに診てもらった方がいいんじゃな~~い?


「てな」

「あ?馬鹿にしてんのか?」

「うん、馬鹿にしてた。心の中で。いきなり怒り出すんだもん。酔っ払いかよ……てな」

「俺を……お前が、馬鹿にすんじゃねえよ!この出来損ないが!」


 男は拳を突き上げて、俺を殴――りはしなかった。寸前で思いとどまったようだ。それを面白くないと思った俺は、業火に薪をくべる。


「この教室に入ってきた時点でお察しですよ?君が今バカにした子たちや僕と同列なわけじゃないですか?それなのに、怒鳴るだなんて~僕怖い!その図太い神経が怖いです~!!」


 煽りにギリッと歯を食いばる。振り上げた拳に血管が浮かび上がるほど、強く握る。もう少しかな?


「でさ、お前は何に怒ってんの?俺が弟と比べて出来損ないなこと?俺が美しくて可憐でかっこよくて、クラスで人気者だから?それとも俺が頑張っていないから?」


 眉が動いた。

 他の奴が頑張っていないのが嫌らしい。もしかしたらこいつ、自分は頑張っているのに、アイツが頑張らないのはムカつくっ!の人?いるらしいね、そういうタイプの人。母さんが言ってた。


「てめえだけじゃねえよ!ここの全員が頑張ってねえからムカつくんだよ!上のクラスに行くのを早々に諦めて、努力しようともしねえクズじゃねえか!」

「ここはお前中心の世界じゃねえぞ。あんま人に押し付けんなよ」


 あーあ、あまりに汚い言葉使うから、俺がまともなこと言っちゃった。そもそもここはお前の世界じゃなくて、俺の世界だから。俺中心の世界ですから~~。


「努力しねえ、アイツらが悪いんだろ!押し付けられて当然なんだよ、このくらいことはな!底辺なんだから、上に上がる努力をすんのは当たり前なんだよ!」

「じゃあ自覚しろよ。お前は最底辺の六組で。ただの生徒だ。ここの全員、そんなんとーっくに自覚してまっせ、旦那♪」

「くっ―――一緒にすんじゃねええええ!」


 ついに男は拳をふるった。

 さあ、中間行事前にこんなハッピーイベント!

 どうする、どうする?これって正当防衛でしょ?だったら捻りつぶしていいわけで(冷静に考えればいいわけないのだが)、こいつは月末行事に参加できなくても――と、俺も拳を構えたところで、


「―――防御壁」


 男の拳が止まった。


「―――なっ!」


 男は振り返る。俺も少し体をずらして、廊下を見る。


「姉さん………何やっているのさ」


 そこには愛しのマイブラザーがいた。

 教室内は大騒ぎ、廊下も大騒ぎ、まるで有名な詩人がこんな田舎町まで来て歌を歌ってくれるのか?みたいな。今の時代に、吟遊詩人でいるのかな。会ってみたい気もするけど、寝ちゃうな多分。


「どうした、こんな辺境まで来て」

「辺境って……今日は大事な中間行事だから、釘を刺しにね」

「大丈夫だ、お姉ちゃん、約束は守る方だから」

「説得力ないよ………それで――一体、これはどんな状況?」


 碧が睨みつけたのは、俺に暴力を振るおうとしてきた男だった。


「ち、違う……!こいつが煽ってきたんだ!俺はそれを止めたくて………」


 さっきまでは生意気だったのに、一組みたいなエリートが来た瞬間に小物に……とことんかっこ悪いな~こいつ……。


「そう?姉さんは煽り返すことはあっても、自分から煽ることはない。少なくともお前みたいなやつには興味も湧かない。目に留まることもない。自分から煽ったんだろ?姉さんを出来損ないって言って……お前が煽ったんだろ?」


 最初から見てたのかよ。

 結構、俺、弟に見られたくないような下衆な煽り方してたんですけど。碧なら絶対怒るだろうな~みたいな誘導の仕方していたんですけど………。


「言っておくけどな、僕の姉さんを出来損ないなって言うやつは……僕が潰すからな」


 やだ、僕の姉さんだって。

 その言い回しに、きゃああああ!と嬉しい悲鳴が廊下中に響く。共鳴する。

 この姉弟愛を見せつけられては仕方がないが、それでも一組効果はすごいのだなと実感する。もし俺が一組になったら、全校生徒が俺のファンクラブに入るんじゃないか?そしたら学園征服も夢じゃない!


「それじゃあ、姉さん。頑張って」

「はいよ~」


 険しい顔から一転、笑顔で俺に手を振る碧。弟よ、その変わり身はちょっと怖いぞ。


「くそっ……くっそ………」


 そして問題の男と言うと、苦虫を噛み潰したような顔で、碧がいた場所をただただ睨んでいた。それを見て俺は、可哀そうな奴だな、と思った。


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