覚悟は決まった 25
夢を見た。微塵も懐かしくなく、郷愁にも浸ることができない、今の状況であまり見たくなかった夢だ。
学園に入学すると決めて、何日か経った。
相変わらず、俺と碧は母さんに遊んでもらっていたが、碧の張り切り具合が凄まじく、俺はその日、母さんを碧に譲ったんだ。程よく運動はできたし、今日も母さんの殺意を浴びて興奮できたし、満足だったっていうのもある。
水を飲むために、家に中に。そこには掃除をしている、龍神が。
「ググ~」
「なんじゃ――とわっ!」
俺は愛嬌のあるググを持ち上げて、トロフィーのように掲げた。
「ななな、なにするんじゃ!我は今、掃除中じゃぞ!それに我は龍神じゃ!」
龍神をであることを、ついでみたいに言った。
「ググが髪伸ばしすぎなんだ。髪の毛で掃除してるみたいだぞ――ほら、埃がついてる」
ググを持ち上げると、背丈よりも長い髪。体を横に振ってみると、ふぁさふぁさと髪の毛の中から埃や細かいゴミが地面に落ちる。
「うおうおうおうおう……龍神の体を振るんじゃない!」
「ごみを落としてやったんだよ」
「余計なお世話じゃ。髪の毛は夕餉の後に洗えばよい。今は掃除中。掃除をすれば髪にゴミもつかないじゃろう?そうじゃろう?」
掃除が終わった後、あんたの髪の毛から埃やゴミが出て、床が汚くなるでしょうが。
「ねえ、なんでググの髪はそんなに長いの?ウェディングドレスごっこがしたいから?」
「髪を子供に持ってもらって、我がバージンロードを歩きたいわけじゃないわ!」
「それ以外に思い浮かばない」
「願掛けとかそれらしい理由があるじゃろう!」
「あーね、それでなんで伸ばしてるの?」
「我のツッコミが流された!?」
龍神なのに……とショックを受けているググ。その反応が可愛くて、つい抱きたくなってしまったが、なんで髪を伸ばしているのか気になったため、抑えることにした。どうせ手を離さないと話してくれないだろうし、俺はググを地面に下ろす。
「それで、なんで髪の毛伸ばしているの?」
「この姿が元の姿じゃないからじゃな」
「元の姿?どゆこと?」
「元々、我は子供じゃないのじゃ。紅くらい背が高くて、すらっとしたお姉さんなのじゃよ」
嘘だ~。だって一緒に生活してきて十数年、そんな姿一切見たことないぞ。
「じゃあいま見せて?」
「大人の姿をか?駄目じゃ」
「なんでさ。嘘ってことにするけど?」
「神に誓って、我は嘘はついておらん!」
お前が神なんだけどな。
「この姿がベストなんじゃ。これ以上小さくなったら破裂するし、大きくなったら力が分散する」
分かりづらいな……。
「おにぎりを小さく作ると崩れにくいのに、大きいとすぐ崩れちゃうのと同じ?」
「まあ、力が行き届かないという意味では、同じかもしれんが……我とおにぎりと同列にされるのは癪じゃのう……」
「じゃあ大人の姿になるとふにゃふにゃになっちゃうんだ。力がなくて」
「龍神を舐めるなよ!大人の姿になっても最強じゃ!」
ググとは生まれた時から一緒にいる家族。だからこそ分かるけど、これは嘘をついていないときのググだ。ググが嘘をついているときは、角がぴくぴく動く。それがまた可愛くて、俺がつい抱いてしまうんだけど、ググもググで嘘をついている後ろめたさがあるから、受け入れるんだよな~。
それにしても大人の姿だって。
一度は見てみたいけど、ググには何か見せたくない事情があるようだ。そういう時にササっと引き下がれるのがこの俺――紅様よ。家族の嫌がるところ――特にググはいい反応をするから面白いけど、限度があるからな。本当に怒られて喧嘩になったら、悲しいのは俺だ。
「それで、その大人になれることと、髪の長さにどんな関係があるんだよ」
「もし大人になったときに、中途半端な髪の毛の長さだったらがっかりされるだろう?」
「それだけ?」
「それだけって!?結構重要じゃぞ!エレガントな我の大人の姿で、一番重要なのは髪の毛じゃ!髪の毛が決まっていなければ、どんなに美形であろうとも、美人とは言えんのじゃ!」
そう言えば、母さんが髪の毛を気にし始めたのはググの影響だって言っていたような……。でもそのために髪の毛を汚しちゃ、元も子もないだろうに。まあ、見た目はサラサラで、艶もあるし、それならに手入れはされているようだけど、毛先が駄目になるぞ。
「そこは大丈夫じゃ。咲に整えてもらっている。頻繁に散髪しておるしの~」
だそうだ。
俺は目的通り水を飲みに水道へ。ググは引き続き掃除を開始する。
この一杯のために生きておるんじゃ~と酒飲みのググがよく夕食時に言うが、運動後の水はそれと同じ言葉が出る。この水のために、さっきまで命のやり取りをしたいたんだな~と。
水を飲み終わって、碧と母さんの特訓でも見てくるか~なんて思いながら、外に出ようとした時に、ググが後ろから声をかけてきた。
「まだ特訓するのか?」
「ああ、まあ、遊びだけどな」
「遊びってな……気を付けるのじゃぞ。最近の咲の気迫は現役時代を思わせる。自分の子を手にかけることを厭わない殺気じゃ」
「へ~そんなに。やっぱそれって、俺が魔人の力が強いから?」
やはり母さんも、魔人も勇者も関係ないとは言っているが、勇者の時は魔人を殺していたと聞いているし、魔人に強姦もされている。多少の恨みが俺に向けられても仕方がない……のか?
「いや、それは関係ない」
「関係ないの?」
「基本的に咲は、強い奴と命のやり取りをするのが好きな狂人じゃ。魔人の力を最大限に操り、自分を殺す勢いで戦ってくる愛娘なんて格好の獲物じゃよ。伝わってくるだろ?殺意の――――――――――」
「うん、あれって癖になる。言葉で―――――――――言われるよりも、ぞくぞくする」
「まあ二人がそれでいいなら、いいんじゃがな………お前はこれから世の中に出ていく身。それは他人に振りまいてはいけない感情じゃ。その殺意の―――――――」
夢だからだ。ぼんやりとする。
でも俺は覚えている。ググが言ったこと全部。家族のことだ。忘れるわけがない。ただここは夢だから……ちょっとあやふやなだけだ。起きたらきっと鮮明になる。
殺意を向けるのが好きな理由。殺意を向けられながら戦うのが好きな理由。それが俺とググの会話の中に詰まっている――でも今はぼやけてて、分かんないだけ。
「そうだ、ちょっと座れ」
ググに言われて、俺は何も言わずに座る。いつになく真剣な声だったからかもしれない。
「紅にはこれから辛い思いをさせることになる」
神妙な空気の中、意味の分からない切り出し方をするググ。
なんで俺が辛い思いをしなくちゃいけないんだ?と首を傾げた。
「分かっていないのか?勇者のいる学園にいるということは、お前のその魔人の力は使えないのじゃぞ」
「え?使うよ?」
平然と言いのけた。
「はああ!?何を言っておるのじゃ!バカもの!勇者がいる場所でお前が魔人だとバレれば、一斉に狙われることになるんじゃぞ!」
「そしたら、殺せばいいだけじゃん。なに?ググ、俺が負けると思ってんの?」
ググが目を見開いて、少しだけ後ろへ仰け反った。俺の赤い眼は、ググの緑色の眼が揺れているのをはっきりと視認した。そして美しいググの眼の中に映る俺は、ワイルドだった。
「はあ……切り口を変えよう。そんなことしたら、困るのは誰じゃ」
「え?えーっと……殺された人の家族?でも仕方ないよね、勝負ってそういう世界じゃん」
でも少し同情はするかな。もし碧が勇者になって、魔人に殺されたとなれば、俺は憎しみと共に、そいつを殺しに行くだろう。
「そうじゃない。困るのは碧じゃ。お前が魔人の力を持っているとバレれば、必然的に碧も疑われることになる。そうすれば、あやつの夢の学園生活は消えてなくなる」
俺は鼻で大きく息を吸い、吐いた。
今でこそ、それを当たり前としているが、この時はググに言われるまで気が付かなかった。なんで気が付かなかったんだろうと、心に穴ができるほど、ショックだったのを覚えている。
「そうだな……魔人の力は使えない…………バレちゃいけない」
「バレなければ使っていいみたいな言い方をせんかったか!?」
「してません、してません。大丈夫、バレないようにはする」
「……うむ。不安じゃが、頼むぞ、紅」
そしてそこから、さっきの「辛い思いをさせる」に繋がる。
ググは俺が勇者の力だけでは弱いことを知っているから、学園にいけば最底辺でもがくことになると予見していたってことだ。多分、その時は碧すらこのことに気が付いていなかった。気が付かずに、姉さんと学園に行きたいと言ったのだ。
「そこでじゃ!」
ググは声を張った。俺はテンションの変わり様に、少し困惑した。
「お前に特訓をつけたいと思う!」
「ググが俺に?珍しいな。ずっと碧だけに指導していたくせに」
「それは咲とお前の遊びに、碧が付いていけないからじゃ。正直、紅に教えてやれることはない」
「免許皆伝?」
「まず我は師匠じゃないからの。免許皆伝もくそもない。でも――勇者の学園に行くというのなら、教えることが一つある。魔人の力を生かして勇者の力を使う方法じゃ!」
そう、その日から、母さんとの遊びを我慢して、ググとの特訓に勤しんだ。嫌々で、麓の村まで逃げたこともあったっけ。何日に何日も、精神修行と精神修行。俺の嫌いなことばっかりやらされた。
母さんは碧が独占して。それを眺めながら、俺は「集中力が足らんぞ!」と頭をひっぱたかれていた。碧にはこんなに厳しくしてなかったのに……不平等だ。
そして、学園に行く前日のこと。龍神の示すままに、修行をし続けた俺は―――
そこで夢は終わった。
「…………ぁ」
目が覚める。
朝日は―――今、差した。
「………ぅっ」
思わず布団に包まる。
「あら、もう起きたの?今日は早起きね。いつもならカーテンを開けても起きないのに」
「………んん。怖い夢見た」
「怖い夢?」
「頭をたたかれ続ける夢」
「それは怖い夢というより……痛い夢ね」
俺は重い体をのっそりと起き上がらせて、瞬きをして光に目を慣らしていく。そして一つ大きなあくびをしたら――
「目、覚めた」
「そう。おはよう、紅」
「おはよ、真希」
伸びをしながら、ベットから降りる。ベッドの下にある物入からタオル類を出して、洗面所へ。洗面所は部屋の中にあって、真希はもう洗顔を終わらせたらしい。俺もパパっとやってしまおう。
蛇口をひねって水を出す。しゃぱしゃぱと顎からおでこまで一通り水で洗ったら、タオルで拭いて、水を止める。
頭がすっきりする。
「まだ朝食まで時間があるわね」
俺が顔を洗っている間に、真希はもう制服に着替えていた。朝食の時間、ほとんどの寮生は寝間着で食堂に来ることが多いが、真希は制服だ。いつまでも寝間着じゃだらしない!と言っている。そのせいで俺も制服に着替えないといけない。
「ねえ、昨日の話なんだけど………」
珍しい、殊勝な態度だ。
「どうした?」
「考えたの。やっぱり無理があるんじゃないかって。でも、ほら!私にも紅にも開いている時間はあるでしょ。アリーナのコートも借りられないわけじゃないし、そこで戦っても――」
すごいな、真希は。
やりなさいって言われたことは、やりたくなくなる。
やめなさいって言われたことは、やりたくなる。
そして、できないって言われたことは、意地でもできると証明したくなる。
俺の習性をよく分かっているじゃない。
「拍子抜けも知れないけど、それでも私は紅と―――――んっ!」
俺は一歩、うるさい真希に踏み込み、彼女のネクタイを掴み、体をこちらに引っ張った。そして俺は真希の唇に自分の唇に合わせた。これこそ、キスで黙らせるというやつだ。
見た目は薄い唇だが、こうして触れてみれば奥行きがあって、柔らかい。真希が離れようと俺の胸に手を当ててくるが、優しく頭を押さえると抵抗が弱くなった。互いに呼吸はしていない。ただ俺が一方的に唇を押し当てているだけだ。
俺の眼はより真っ赤に、真希の眼はより青く染まる。力を使えば、呼吸なんかしなくても生きていける。永劫の時をこうして生きていけるだろう。しかし真希の体の力が完全に抜けきって、後ろへ倒れそうになったことで、その時間は終わった。
「………そういうの、いきなりしちゃやだ。めっ、だよ?」
うっとりとした顔だった。普通に可愛い。そしてエロい。
俺はどんな顔をしているだろうか。気になって、彼女の目を見てみれば、真希に負けないくらい、俺もエロい顔をしていた。
「歯磨きしてないけど、大丈夫かな?」
「雰囲気台無しよ!」
キスの後とは思えない、拍子抜けするような会話。それで俺たちは溶け切った意識に、冷水をぶっかけて目覚めさせる。顔を洗うように。
「なあ、真希―――」
「な、なによ……」
しかし体勢はまだここまま。倒れそうになる彼女を俺が支え、顔と顔はちかく、もう一度キスしようと思えば、できる距離。
「心配しなくても、俺は一組になるよ」
そしてもう一度、軽く吸い付くうようなキスをして真希を離した。
真希は放心状態で、倒れるようにベッドに座った。自分の火照った体をどうにもできずに、膝と膝をこすり合わせ、体を丸めて俯く。そんな彼女が過去一番に可愛かった。
「あ、それ俺のファーストキスね。あとセカンドキスも」
「知ってるわよ!……っ、そんなの知らないわよ!え?どっち?」
まだ錯乱状態だ。
俺はそんな真希を放っておいて、制服に着替える。上着を羽織り、ボタンを閉めて、ゆるくネクタイを締める。
「そんじゃ、本気だしますか~」
やっぱりネクタイはきつく締めた。




