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ストレス発散(ストレスなんて感じてないけど) 22.5

 これはまた別の日。


 ほんの気まぐれで、俺は授業に参加した。別に誰かに強制されたわけでもなく、碧に注意されたわけでもない。ちょっと覗いていくか~と円加お姉さんが茜の様子を見に来るような、ほんの少しの親心で、俺は教室を訪れた。


「どれどれ、六組の子供たちはちゃんと勉強しているかしら?」


 ガラガラ、ドンッ!

 扉を開けると、教室にいる全員が俺に釘付けだった。大きな音を出したのも大きな一因ではあるが、主な理由は、今が授業中だったからだろう。


「あっはっは!紅ちゃん、ただいま出勤しました!」


 あっはっは!と笑い続けながら、胸を張って教室を闊歩する。そして誰も座っていない机の真ん中の席に、飛ぶように座った。頬杖を突き、まだ何も書かれていない黒板を見る。


「べ、紅・ファニファトファ!」


 おう、俺もお前の立場ならそう言ったぜ――と、この六組の担任の叫びに同情した。

 六組の担任。名前は知らないが、碧に俺を連れてくるように告げ口した頭のいい最低な教師だ。


「それ以外の何者でもない」

「――――!」


 頭は禿げ散らかして、大きな丸眼鏡。体は細く、自分が弱いことを隠すように白衣を着ている。鼻先は赤く、顎が出ている。背丈も俺くらいで、男の中なら低い方だろう。まああれだ、外見に欠点しかない人間だ。


「な、なんだその態度は!お前は生徒としての態度がなっていない!今更授業に来ても単位なぞ与えんからな!」


 周りに唾を飛ばしながら、声を荒げる教師。一番前に座っている男子は可哀そうに。


「へ~い」


 気の抜けた返事をすると、教師はこれまた無残にも禿げ散らかした後頭部を見せながら、偉そうに鼻を鳴らして、黒板に向き帰った。


 漫然と授業は進む。


 教科書も何も持ってきていないので、俺はただこうして勉強しないといけないような立場にいる、この部屋の生徒たちは見下しながら、溜め息数えに勤しんでいた――その時だった。


「こんな問題が分からんのか!だからお前たちは六組なんだ。え!誰か答えてみろ!」


 教師の激昂が教室中に響いた。

 それはもう耳を塞ぎたくなるほどの、大声だった。

 本当にうるさかった。


「柚香・フローリー!」

「は、はい!」


 教師は一人の生徒を指さした。

 後ろ姿しか見えないが、猫背で気の弱そうな女の子だった。


「この問題答えてみろ」


 何十分ぶりに黒板を見ると、数字が羅列されていた。なにかしらの計算問題だろう。なんか知らない記号だったり、一文字だけ括弧で閉じられていたりと、意味の分からないことが書いてあった。3(あ)みたいなことだぞ、あれ。馬鹿じゃねえの。


「わかりません……」


 ほら、分からない。

 あんなの分かるはずがない。


「分からないか!そうか、そうか………」


 なぜか、生徒が分からないと言ったのにもかかわらず、教師は嬉しそうに笑った。さっきまであれだけ怒っていたのに。


「フローリー」

「はい…………」

「罰だ」


 そう言って、教師は女の子に近づき、彼女の胸へ手を伸ばす。

 う~ん、くそっ、ここからじゃよく見えないな~………何やってるんだ?揉んでいるのか?揉んでいるんだな?


 気になったので、俺は机の上に立つことにした。これでもギリギリ見えるか、見えないかだ。それでも何とか首を伸ばして角度をつけると、教師が女性とのシャツのボタンを震える手で一つ外す光景が見えた。

 ネクタイはない。

 女生徒は目をギュッと瞑りながら、顎を上げてじっと耐えている。教師はにやけ面で一番上のボタンを外し終え、気色悪い笑い声を漏らすと教壇に戻った。


「ボタンはそのままだ。今度、答えられなかったら、分かるな――フローリー」

「は、はい………」

「よし、じゃあ授業の続きだ――おい」


 教師が俺を見ている。

 目が合っている。


「どうした?」

「机の上に立つな!バカ者め!」

「へいへ~い」


 俺は大人しく席に着いた。


 その後、幾度となく解答を要求されたあの女子生徒は、二つ目、三つ目、四つ目のボタンまで外された。俺の机の上に立って見ていたが、空色のブラジャーと胸の谷間があらわになっていて、それを見た教師は薄気味悪い笑みをずっと浮かべている。


 聞いていたが、授業の内容は支離滅裂。俺が理解できないわけでなく、言語としての文法がおかしいように聞こえた。教師は何度も何度も女子生徒の胸をチラ見して、気もそぞろになっている。


「………………っ」


 女子生徒は唇を噛みながら、羞恥に耐えている。

 それを見て、俺は呆れていた。

 ………なんで反抗しないんだ?

 嫌なら反抗すればいい。恥ずかしければ、ボタンなんてつけてしまえばいいんだ。なぜしない?そんなに教師というものはお前にとって偉いのか?そんなに敬う対象なのか?そうでなければ、抵抗しろよ。


「フローリー!」

「は、はい………」

「この問題を解いてみろ……いひひ」


 まだ授業時間は半分を過ぎたくらい―――まだ半分しか経ってないの!?こんなに時間が経つのって遅いんだね!


「わかりません…………」

「そうか……そうだよな~!分からないよな!分からなければ……どうなるか、分かるよな!」


 ま、気分が悪いのは確かだ。

 やっちゃいけないことってあるでしょ?例えば、学園の教師を殴ってはいけません!とかさ。碧なら「当たり前だよ!」なんてツッコんでくれるけど、今日はさ、ツッコミ役はいないよね。


 ラッキー。

 俺、一回でいいから、教師殴ってみたかったんだよね。


 教師は女生徒のボタンを開けに、教壇を下りようとする。俺はそのタイミングを狙って、隣の机にいた男子生徒のペンを借りて、思いっきり教師の顔面を狙って投げつけた――!


「な、なんだ――!」


 教師は後ろに仰け反って、俺が投げたペンをギリギリで躱した。ペンは壁に突き刺さる。あれはもう使い物にならないだろう。


「お、俺のペン……」

「ごめんな、新しいの自分で買ってな」

「そんな勝手な……」


 ぺこりと男子生徒に謝り、俺は教師へ向く。

 教師は顔面蒼白――投げた犯人が俺だとわかった瞬間に、憤慨。煙が出るほど、顔を真っ赤にして怒った。


「な、ななな、なななな、何をしているんだ、お前は!危うく、死ぬところだったぞ!」

「死ぬだって?それくらいどうした?その子は、お前が死ぬ以上の苦痛を味わってる。もう手出しはさせない」


 かっこつけた。

 教師を殴るのにも、ただ殴るのではつまらない。こういう時にはそれなりの理由が必要なのだ。今回の俺は、変態教師からか弱い女の子を救うヒーロー。これで誰も文句は言うまい。思う存分、殴らせてもらうぞ。


「お前!私が誰だか、分かっていないのか!」


 そんな傲慢なことを口走られても。自意識過剰。誰もあんたのこと知らないって。


「ああ、そうだったな~。お前は確か、ちょっと前にここに来た――だから知らなくてもおかしくはないか……」


 一人でぶつぶつと話し出す教師。触れれば火傷しそうなほど赤くなっていた顔色も涼しさを取り戻し、徐々に口角も上がっていく。なにか悪だくみでも思いついたか?


「なあおい、ファニファトファよ」

「なんだ?」

「私に暴力をふるったな?」

「残念ながら、当たらなかったけどな。ありゃ暴力だ。ていうか、殺人未遂だな」


 笑みが深くなる教師。


「お前、私が誰だか本当に分からないようだな!」


 アイツは勝ち誇ったように、両手を広げながら大笑いする。その姿は教師には程遠い、完全なる悪役だった。眼球を赤く塗れば、立派な魔人だ。


「私の名前は道願・メタリック!神櫻勇者部隊、第三部隊、三組副組長の道願だ!」

「だから?」

「………へ?」

「だから何だよ。偉いのか?」

「偉いって言ってんだよ!」


 言ってなかっただろ。

 円加お姉さんもそうだけど、部隊がどうこうとか、組がどうこうとか言われてもよくわかんないんだよな。もっと分かりやすく言ってくれよ。魔人千人倒しましたとか。それならすげ~ってなるけど。


「私が口添えすればな、最底辺の六組のお前らでも第三部隊に入ることだって夢じゃないんだ。お前たちにとって、私は希望なんだよ、分かったか、ファニファトファ!」

「あーはいはい、偉いのね。それで――そんなお偉いさんが、一人の女の子を集中的にいじめている理由は?」


 論点を戻す。


「それは……教育的指導だ!フローリーの出来が悪いから、こうして成長を促しているんじゃないか!」

「嫌がっていたぞ?」

「指導なんだ、嫌がっていることをするのは当然だ。ああ……そうだ、いやなことをするのは当然だな!出来の悪い生徒に、嫌がることをする――それこそ教育的指導!」


 一人でボルテージを上げていく教師。

 何に興奮しているんだ、こいつは?


「なら、お前に教育的指導をするのも……当たり前だよなあ、ファニファトファ」


 眼光を光らせて、顔が引きつるほどに口角を上げて俺を舐るように見てくる。寒気がする。思わず、顔を逸らしてしまった。その反応が、大好物だったらしい。


「あはははは!さすがにお前でも嫌か、ファニファトファ。でも許さん、ああ許さんぞ!俺が許さなかったら、お前の勇者部隊の入隊の道は絶たれるぞ!いいんだな、ファニファトファ!」


 さ、ここだ――


 俺がぎゅっと顔を歪ませる。


「そ、それだけはやめてください!私――私!勇者部隊に入りたいんです!」

「あはははは!そうか、そうだよなあ!じゃあ謝れ、俺に謝れ!」

「…………す、すいませ―――」

「違う!脱ぐんだよ、俺の前に来て……脱いで謝れ!土下座しろ!さ、さあ、俺の前で脱いで、謝れ!」


 来た来た来た来た来た!!

 チャンス!この機会を絶対に逃すな!

 この自然に変態教師に近づけるこの機会を――


「は、はい……わかりました」


 俺のしおらしい態度に、変態教師はご満悦。大声で笑っている。

 階段を下りながら、ネクタイを緩め、ボタンを一つ一つ外していく。俺の足が一歩一歩、近づくたびに教師は呼吸が荒くなっていく。このまま俺が全裸になって、呼吸困難で殺してもいいな……


「せ、せんせ?」


 女らしい吐息多めの甘い声を出す。


「な、なんだ」

「これ以上は、恥ずかしくて自分で脱げません………だから―――」

「だ、だから」

「脱がせて?」


 首を傾げて、上目遣い。怜の教えだ。

 口呼吸と鼻呼吸を同時にしている。列車が動く時のガッシャンゴットンのような音を出して、俺に近づいて、手を伸ばす。


「早く~」


 そして俺は目を瞑る。

 ごめんな、碧。お姉ちゃん、また約束破っちゃう。でもね、これは正義の行い。この変態教師に鉄拳制裁を与えないといけないの。


 空気を感じる――までもなく、教師の鼻息、カタカタと震える歯、大胆な足音。そのすべてで、自分の位置情報を俺に教えてくれる。そして、教師の手が俺の服に触れた瞬間――右肘と右膝で教師の腕を挟み、骨を粉々にした。


「あああああああああああああああああ!!」


 黒い眼を開ける。

 膝から崩れ落ち、折れた腕を押さえながら、教師は俺を睨む。


「な、なにをするんだ………ファニファトファ!」

「あはっ……!」


 俺は何も答えずに、ただ笑って教師を見下す。


「やっぱ好きだな……こうにやって蔑みながら人を見下ろすの」

「なにを――ぶっ!」


 顔面を蹴る。

 教師は勢いのまま、入口の扉に衝突した。


「……ああ、やめろ、やめろ……謝る、謝るから」


 逃げ場所を探すように、きょろきょろしながら俺に媚びだす。お前の逃げ場なら、すぐ後ろにあるのに、気が付いてない。


「謝る必要なんてないんだよ。だって俺、嫌なことされてないし」

「じゃ、じゃあ……なんで?」

「殴る理由ができたからだろ」


 教師の髪を引っ張り上げる。

 俺を見るその顔は、恐怖に染まっている。死を意識した真希でさえ、こんな顔はしていなかった。勇者部隊ってこんなものなのか………碧にやめるように言おうかな。


「あんな可愛くて、か弱い女性とはいい餌だったろうなあ………自分はすごい、自分は偉い。そう思って、誰も邪魔はできないと思っていたんだろう?でも教えてやるよ。お前はヒエラルキーの頂点じゃない。餌を食う動物を餌にする猛獣がいるってことを教えてやる」


 もう勇者の力すら使っていない。

 ただ母さんと一緒に鍛えた肉体一つで、勇者部隊と対峙している。しかし敗北の匂いなんて一切しない。何度殴っても、こいつは反撃してこないだろう。


 殴って、殴って、殴った。顔を中心に。


「ごめんな……さい。ごべんなさい……うぅ……ごべ、んあ、さい」


 俺はほかの生徒にどう映っただろうか。


 女生徒を助けたヒーロー?いや、それはないだろう。これは過剰な暴力だ。狂人に映ったに違いない。教師が気絶し、俺が満足した頃、教室は静まり返っていた。


 今日のことを受けて、学園側は俺を一週間の退学処分。変態教師は解雇された。

 俺の処分が甘いのと、変態教師の処分が重いのは、騒ぎを聞きつけてやってきた教師が、俺の半裸を見たからである。強姦は犯罪だ。


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