一週間で郷愁を感じるのは、ホームシックだからですか? 20
学園生活が始まってはや一週間が経過した。
木々が揺れる音。さわやかな風と、自然の匂い。ここにいると、母さんとググのいる実家を思い出さずにはいられない。小鳥のさえずりは聞こえない。石投げたから。
丘の上にある一軒家。母さんと一通り戦った後に、草むらの上でこうして寝転がって。そのまま、うとうとしながら目をつむる。微睡の中、誰かに体を揺らされて、声を掛けられる。
「姉さん……姉さん」
そうこんな風に。
碧の声が、俺を呼びかけ――て、
「姉さん!」
「うおわ!」
目を覚ます。
ここは白梅学園、高等部校舎の裏庭。
綺麗に生え揃った芝生と、丘のような傾斜。周りには木が並び、景観がいい。生徒たちが休めるように、ベンチが設置されている。本来であれば、ここは人気スポットで休み時間は人が多いらしいが、今は俺と碧の二人きり。
「どうした?こんなところで」
「どうしたもこうしたもないよ!今、授業中だよ!」
「おう、そうだな。だからここにいるんだろ?」
「説明になってない」
俺は体を起き上がらせて、膝立ちしている碧の肩をして尻もちをつかせる。
「なにするのさ、姉さん」
「見てみろ。ここは素晴らしい。緑も綺麗で、音も心地いい。俺はこの一週間、心安らぐ場所を探したが、ここは最上級のベストポジションだ!しかし欠点がある。それはここをベストポジションだと思っている奴も多いという事だ」
「まあ、ここは人気な場所だね。三年生が独占しているらしいよ。だから一年生が入れないって。そう文句が絶えないそうだよ」
早く生まれたとか、遅く生まれたとか関係なく、ここは勇者学園なんだから、剣と剣、拳と拳でケリつければいいのに。実力主義なんだから。わざわざクラス分けで試合までしてんだから、裏庭戦とかでその日の優先権を賭けて戦え―――
「そうだよ!そうすれば、授業中じゃなくても俺が独占できる!」
「心の中で話してないで、口に出してよ、姉さん」
おっとっと、すまんな碧よ。
「思いついたんだ。この裏庭を賭けて、みんなで戦えばいいんじゃないか?そしたら学年関係なく、ここを使えるじゃないか!」
「そんな話じゃなかったはずだよ。姉さんは、独占できるって言ってた」
「うむ……ちょっと綺麗に言い過ぎたな」
「何が言いたかったの?」
「そいつら全員ぶっ飛ばせば、ここを独占できるなって考えただけだ」
「そんなんだろうと思ってたよ。駄目だよ、どうせその時も魔人の力、使う気でしょ」
ギクッと心臓が固まった。
この一週間、なんとか碧の説教から逃げてきたのに。これじゃあ、真希と戦った時に魔人の力を使ったこと、怒られちゃう。ていうか、まだ真希に事情を説明したこと言ってないや。どうしよう……とりあえず、逃げよう――
「まあでもそんなことはどうでもいいんだ!!」
「……姉さん、良くないよ」
「重要なのは、休み時間に混むという事の一点。なら、いつなら混んでいないのか――そう!授業中だ。あいつら馬鹿真面目に授業なんか受けて、ここがたった一人に独占されているとも知らずにな!ふはははははははh――」
ポカリ!
碧にグーで殴られた。
「何するんだ!もし腫れたりしたら、うまく髪が洗えなくなるじゃないか!」
「うん……姉さんにとっては重要なポイントかもしれないけど――そうじゃなくて、だからといって授業をさぼったらダメじゃないか!」
よし、怒るポイントがずれたぞ。
「だって授業中じゃないと、ここに来られないんだもん!」
茜直伝、必殺!片頬をぷくー!
「可愛くないよ、姉さん」
「それはお前が弟だからだ。円加お姉さんも前でやってみろ。あの人なら失禁するぞ」
「失礼なこと言わないでよ……」
そもそもなんで授業に出ないといかんのだ。
一度だけ教室で教師の話を聞いてみたが、逆立ちしてしまうほどつまらなかった。いきなり怒鳴られたからびっくりして、前の男にかかと落とししたんだよな。
椅子に何十分も座っていられる根性は俺にはないし、性格的にも感情的にも向いていないのだ。これは諦めるしかない。長所を伸ばし、短所は放り投げる。ならば、俺に短所などなく、長所しか残らない。
こうして芝生の上で眠りながら、俺はただ胸の成長を待っているのだよ……ん?それは短所だって?うるせえよ、ぶっ殺すぞ。
「どうしても行く気がないんだね?」
「もちろん。というか、授業中なのになんでお前がいるんだよ。碧もサボってんじゃん。いけないんだ~。自分の事棚に上げて、人の注意するなんて」
「連絡がきたの」
「誰から?どんな?」
「六組の担任教師から、姉さんがサボってるって」
まるで保護者。
俺の担任よ、お前は賢いよ。俺の不始末は全部、弟へ。これが俺を更生させる唯一の道だ。しかし今回の俺は一味違うぜ!
碧は今、授業を抜け出しているという事。真面目な碧は、少しの時間は俺が頑強になって粘れば、そのまま授業に戻るだろう。さあ――勝負開始だ!
「さ、じゃあもう連れて行くからね」
「連れていく?」
俺の尻が何か固いものに押し出される。しかしその正体は分からない。何だろう――と腰を上げようとすると、何かに頭をぶつけた。痛い。見ると、上にはなにも無い。拍子に重心が後ろに――倒れる、と思ったが、何かが俺の体を支えた。
「もしかして――」
「防御壁」
透明な壁が、俺を四方に囲んでいる。
飛び出そうとしても、もう逃げられない。
「あんまり暴れないでしょ?」
すると俺の体が浮く――いや、上下左右の透明な壁が浮き、動き始めたのである。それは乗り物に乗っている感覚に違いが、なにせ透明で視認できないため、浮遊感にも襲われる。
「いつそんな技を身につけた!」
「昔に開発したんだ。まあ、使わないだろうなって思ってけど、こんな使用用途があるとはね。我儘言ったら、この移動式不可視監獄に閉じ込めるから」
「ご立派な名前つけてんじゃないよ!」
俺はふわふわと浮かびながら(他の奴らにはそう見えるだろう)、碧に運ばれる。
碧は裏庭近くにある、正面玄関とは違う入り口――裏口から校舎に入る。一回は実習教室、研究室が並び、生徒がいる講義室はない。廊下は物静かで、授業中の雰囲気が漂う。この時間に碧と二人でいることを不思議に思いつつ、少し背徳感を感じる俺だった。
「姉さんはどの授業をとってるの?」
「忘れた」
溜め息。
「姉さん」
「わーったよ……今の時間なら、勇者歴史学だな。勇者の誕生から、勇者部隊の現在まで。下らねえよな」
「面白いじゃん、歴史学。特に勇者が力を残して死んだ後に、託された力を使って何人もの人たちが結託するところ。御伽噺みたいで聞いていて楽しい」
「ばかばかしい。歴史を知っていいところがあるとすれば、失敗から学べることだ。昔はこんなことがあった。なら今はこうしよう――ってな。でもアイツらときたら、勇者の栄光しか語らねえ。だから下らねえんだ」
「……まあ、それは姉さんの言うとおりだと思う」
なんでちょっと悔しそうなんだ弟よ。そんなにお姉ちゃんを認めるのが嫌なの?
「でもそれが言えるってことは、ちゃんと真面目に授業を聞いてたってことだよね。安心したよ」
「最初の一コマだけな。あとは全部さぼった。理由はさっき言った通りだ」
「理由が理由だからな~あんまり怒れないな」
ん?今日はちょっと甘いな。
あと心なしか楽しそうだ。歩くスピードは遅いのに、ステップを踏むみたいに足を動かしている。少し様子がおかしい気がするが、楽しそうなら指摘するのは野暮だ。
「ほかの教科は?」
「ん?」
「ほかの教科はちゃんと出てるの?」
「おう!全部さぼりだ!」
「堂々と言わないでよ……全く、姉さんは」
言いながら、碧はくすくすと笑う。俺のわんぱくさを、親さながらに微笑ましく思っているのか?楽しそうなのはいいことだけど、それはちょっとムカつくかもしれない。俺が姉、碧は弟!立場を分かって、接していただきたいものですな。
「サボる理由は?歴史学みたいにないの?」
「もちろん、あるぜ。ああ、ただつまんないっていう教科もあるけどな」
「じゃあ、そうじゃないやつ聞かせてよ」
「え、ああ、いいぜ。まず生物学からだ。あれ、生物っていいながら勇者の生態、みたいなことやるんだぜ?そこがまずおかしい――」
俺が軽快に話し始めると、適当な相槌を打って、笑って、怒って、呆れて――まるで家にいるみたいな感覚で、会話していた。
一週間ぶりの姉弟の会話はすこし郷愁を思わせるが、それはそれで温かく、楽しかった。




