19.5
これが……人生が変わるというものなのだろうか。地続きだと思っていた人生が、僕の神技のように、前と後ろで断絶されたような――そんな気がした。ただ生活が変わっただけなのに、それなのに僕はこんな大げさなことを思ってしまうなんて……。
「よし!今日も学園だ!」
寮の部屋で一人叫ぶ。
空しい。
ルームメイトはもう学園に行っているのだろうか。朝食を食べ終えてすぐにどこかへ行ってしまった。
あまりウマが合わないのだ。
僕は一組に所属している。男子五人、女子五人の計十人。選ばれし十人だ。十傑と呼ぶ人も多いが、あまり慣れない。
基本的に寮の部屋割りは同じクラス同士が多いと聞く。男子五人は奇数。僕はその中であぶれたのだ。それは完全にランダムであり、誰かが僕を仲間外れにしたかったから操作した、なんてことはない……よね?まだ一組の人の事も知らないし、何とも言えない。
そして僕の同部屋の相手となったのは、二組の瑞士・コンティニーくん。
人当たりもよく、大笑いするときに「がっはっは!」と声を出すのが特徴的で、気持ちの良い人だと思っていた。そういう人なのだろうけど、僕が一組だと知った途端に、この部屋で彼が笑う事はなくなった。
茜さんにそのことを相談すると、
「あ~それはね……難しい問題なんだよね。二組ってさ、私たちを僻んでいる人が多いの。それもただの僻みじゃなくてね……ほら、私たちって小さい頃からこの学園で育っているじゃない?それで、小さい頃、みんな強さは同じくらいで、一組が入れ替わり立ち代わりで………だから二組の人たちは、自分から一組の座を奪い取った奴らって認識なのかもね。
でも!そんなことでへこたれちゃだめだよ!寮なんて食べて寝る場所なんだから、それ以外は私たちと一緒。短い時間より、長い時間を優先して考えないと!」
とアドバイスをくれた。
それでも僕は、生活を家族以外の人と一緒に送るのに慣れていなくて、それなのに雰囲気も険悪で、いつのまにか溜息をつくことが多くなった。溜息なんて姉さんの冗談に呆れる時にしか出なかったのに。
「よし……頑張ろう」
僕はバックを持って、部屋から出た。
教室に入る。
教室と言っても普通の講義室で、十人だけだととても寂しく感じてしまう。あの広大な丘に姉さんとたった二人だけで、あんなに充実感があったのに。ここでは重要なものが何か、ぽっかり空いてしまっているような気がした。
僕は入り口から一番前の席――中央にカバンを置いて座る。
上の席を見ると、中段の右端に実紀・エイゼンスという、白梅の王族を長年支える宰相を務めるエイゼンス家の次男が座っている。髪は僕より長くて、茶髪。立つとすらっと背筋が伸びていてかっこいい。顔もまごう事無き美男子だ。
その列の中央にいるのが、勝彦・ヒジリ。素性は知らないけど、このブラックエリアで小さい頃から過ごしてきた人だと思う。坊主頭で筋骨隆々。制服がはちきれそうだ。
上段には人が多い。
まず茜さん。
由香里さん。彼女は姉さんと友人らしい。
そして和葉・エーンロープさん。彼女は僕が振り分け戦で倒した、双葉・エーンロープさんの双子の姉だ。双子と言っても顔は全然違うし、背丈も違う。穏やかな顔つきで、背も小さい。彼女とは一度か二度話した程度。どこか双葉さんを倒したことを俺が引け目に思ってしまって、話にくい。
その三人が集まって話している。
さらに上段の一番上の一番右端にいるのが、凛・ドットロッド。彼女は黒髪が長く、顔がよく見えない。暗い雰囲気で、いつも何かを睨んでいる気がする。一度も声を聞いたことがない。
その列の一番左端にいるのは、満流・ジントール。椅子にだらしなく座り、机に足を乗せながら、寝ている。髪型はウルフヘア。雰囲気を少し姉さんと似ている……かな?立ち姿は猫背で、身長が高いのかどうかは分かりにくい。
最後に僕と同じ前段の席――僕の二つ後ろに座っているのは巧くん。彼は黙々とペンを動かして、勉強をしている。気さくで、話しやすかった巧くんは振り分け以降、何かに追われるように勉強や訓練をし始めた。いや、元からストイックな人だったのかもしれない。これは僕の想像では語っちゃだめだ。
「ねえ、巧くん」
僕は席の近い巧くんへ話しかけに行った。このまま席に座っていても、落ち着かない。
「どうしたの?」
彼は顔を上げて、僕の目を見る。話しかけにくいといっても、話してしまえばそんなことはないのだ。
「いや、おはようって言いたくて」
「ああ、そうだね。おはよう」
そして巧くんは机に向かう。教科書を見ながら、ペンを走らせた。
「あのさ、巧くん」
「ん?どうしたの、さっきから。何か俺に用事?」
別に口調も穏やかなのに、なぜ彼の言葉がトゲトゲしているのか分からない。まるで「今勉強中だから、話しかけるな」と言われているみたい。
「いや、その……巧くんって、最近訓練してるって聞いたんだけど」
「うん、してるよ」
「それってどうにやるのかなって、思ってさ」
「ああ、そっか。碧くんは入学したばっかで分かんないよね」
「そうなんだよ」
「うん、教えるよ。ほら、振り分け戦した大きなホールがあるだろ?あそこのコートを借りられるんだよ。運がいいときは、あそこの三面全部貸し切りなんて日もある」
「へー凄いね。でも特訓したい人も多いでしょ?あの広さで足りるの?」
いくら広いアリーナだからって、基本的には一対一のコートが三面あるだけだ。あそこに十人以上いるだけでも、危ない気がする。勇者の力を使う特訓は結構広く場所をとらないといけない。
「あそこ以外にも普通にトレーニングルームもあるし、筋肉とか柔軟を鍛えられる場所をもある。結構、特訓するための施設が充実してるんだ、ここ。今度案内するよ」
「いいの!」
「もちろん」
「ありがとう、巧くん」
「うん、それじゃあ」
巧くんは話が終わるや否や、また机に向かった。話の余韻も作らずに、紙をいきなり引きちぎるように、話を切断した。さっきまで穏やかに話していたのに、もう僕に興味がないみたいだ。
これは僕の被害妄想なのだろうか。僕が敏感すぎるだけ?今まで姉さんが僕を見すぎだっただけで、普通の会話はこんなものなのかもしれないな……。
「ねえ、巧くん」
「ん?まだなにか?」
それでも僕はめげない。
「その特訓さ、僕の一緒にやっていいかな。二人の方が何かと――」
「だめだ」
え?
「碧くん、俺は――認めたくない人がいるんだ」
巧くんが認めたくない人。心当たりがある……姉さんのことだろう。
「僕は認めない。そしてその人よりも強いことを証明するために、勝たなくちゃいけない人がいる――」
彼は後ろへ振り返り、教室を見渡して、誰にも聞こえないような小声で言う、
「俺は真希さん倒す。今はそれだけが俺のすべて。邪魔をするなら、碧くんも……」
「僕は邪魔したいわけじゃないよ!」
後ろに引いて、声を荒げて否定する。それを不快に思ったのか、巧くんの眉間が歪んだ。
「なら、二度と俺の特訓に付き合おうだなんて言わないで。いい迷惑だ」
吐き捨てるように言って、見せつけるようにペンを握った。僕は自分の席に戻るしかなかった。今日一番目の授業の準備をするために、バックの中から教科書と紙とペンを取り出して、そして席に座る。
これまで、こんなことってなかった。
僕の隣にはいつも誰かがいた。
母さん。
ググ。
そして姉さん。
でも今の僕は一人だ。
人に話しかける勇気がわかない、別に人見知りという訳じゃない。でもこの人たちは優秀で、僕なんかよりも早くから勇者を目指していて、この一組の座を守り続けている。同級生なのに、同級生って感じがしない。もっと――もっともっと年上のよう。
唯一友達である巧くんにも拒絶されて………ああ、涙が出そうだ。
あんなに楽しみにしていたのに、あんなに頑張ろうとしていたのに、それも全て幻想だったのかな………。
「おい!紅の弟よ!何をしけた顔をしているんだ!」
机に腹がえぐられるほど強く背中をたたかる。うう……痛い。
「………由香里さん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無い!一人だけ浮かない顔をしているから心配しに来てやったんだぞ!」
由香里さんはその小さな体で精一杯背伸びをして、胸を張っていた。それが子供っぽいのに、頼りがいの感じる姿だった。どこかググに似ている。
「心配……か、僕、そんな顔してた?」
「分からない!上からじゃ、下の奴の顔なんか見えないからな!」
無茶苦茶だ………。
「だか、満流のような猫背になっていたからな。これはどうしたんだろう、と見に来てみれば、何やら悪いものでも食べたみたいな顔していたぞ」
「それは……ちょっと使い方が間違っているんじゃない?具合の悪そうなときに使う例えでしょ、それ?」
「そんなことはどうでもいい!こんなのは誤差だ。なんなら言ってやってもいい。お前は今、具合悪そうな顔をしていたぞ」
「別に熱も出ていないし、頭もいたくない。お腹だって――」
いや、お腹はさっき机にぶつけて痛いけれど。
「そういうことを言っているんじゃないぞ、紅の弟」
「その紅の弟って言うのは………ちょっと」
「ん?そうか?ウチは紅の弟と呼ばれれば、ちょっと嬉しいぞ?あんなに面白い奴はなかなかいない!」
すごいなあ、姉さんは……僕はそこまで人を魅了することはできないよ。
「また浮かない顔しているな。別にお前のことは気に入っていないし、お前がどうしようとウチはどうでもいいんだが――――」
正直なんだね。ちょっと傷つくよ。
「新しく一組に入った仲間だ。仲間がそんな顔しているのは、見ていて苦しい」
仲間か……それもなんだか空々しく感じるな。だって最初にそう言っていたのは巧くんだったから。
「ウチが紅の弟だとして……元気がない時、一番に思いつくことは何だと思う?」
由香里さんが姉さんの弟だとして……想像もつかないし、なるとしても弟じゃなくて妹だし。
「何かな?僕にはよく分かっていないや」
「本当か?それでは紅の弟は務まらないぞ」
本当にあんなに眩しい姉さんの弟が僕に務まるのかな。ずっと一緒にいたから、姉さんの弟じゃないときはないと思ってたけど、姉さんが離れた途端、こうだよ。
「やっぱり分かんない」
「そうか?なら教えてやろう!」
「う、うん」
「紅に会いに行く。紅の弟なら、これだけで元気満点だ!私は紅に会わずとも、動物と触れ合えば元気が出るが、紅の弟なら紅に会いに行くのが一番だな」
あ――――。
僕は思わず、俯いてしまう。
いいのかな、それで。僕は、姉さんに会いに行っていいのかな。こうして新天地で、新しい環境に身を置いて、まだ姉さんに―――
「それじゃあな。元気がなければ、何もできないぞ。それに、紅も心配するだろう。家族なら、家族を心配させることは、あまりしない方がいいと思うぞ」
手をひらひらさせながら、由香里さんは僕の前から立ち去った。
最初、由香里さんは僕を励ましに来たんだと思っていたが、違った。励まされると思って、こちらから心の中で彼女を忌避してしまったけれど、そうじゃなかった。由香里さんはただ、僕が元気になる方法を伝えに来ただけだった。
扉が開く。
「はーい、みなさんおはようございまーす!欠席をとってから、授業に入りますよー」
あっけらかんとした調子で講義室に入ってきたのは、一組の担任である恵美子先生。桃色の長い髪にウェーブを巻いて、ぱっちりとした目に、可愛い鼻、ふっくらとした唇、背丈は女性の平均くらい。勇者部隊のスーツに、教師バッチを付けた外套を羽織った勇者部隊の制服を身にまとっている。
「―――って、あれ?真希さんは?」
と先生は周りを見渡す。
気が付かなったが、真希さんがいない……。
その時だった。
「す、すいません!」
と汗をかき、息を荒くしながら、真希さんが講義室へと入ってきた。
「真希さん。遅刻ギリギリですよ。最近、たるんでいるんじゃないですか?」
「すいません。世話のかかるルームメイトがいて」
「人の事にかまけていると、自分のことがおろそかになります。失敗してからでは遅いですよ」
「はい、すいません」
空返事をしながら、真希さんは手前の席――僕の二つ開いた隣の席に座る。
「まあ、真希さんが分かっているなら、それでいいです。では、出席を……と、そうだ。碧くん!」
「は、はい!」
何かまずことしたかな……最近、注意散漫だったし、もしかしたら――
「六組の担任の先生から伝言を預かっています!」
「六組?」
「はい。六組の道願・メタリック先生から。『あのサボり魔の紅・ファニファトファに弟から何か言っとけって言っといてくれないですかね~恵美子先生……じゅるり』って」
それ僕への伝言じゃないでしょ!
それに最後の効果音、絶対に恵美子先生狙われてるよ……。
「まあ、でもこれは六組の問題でもあるし。弟だからと言って――」
「行ってきます!」
「そう?じゃあ、開いている時間に……」
「今すぐ、行ってきます!」
「そうね、今すぐ――って今から授業――」
「サボります!」
「ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのこと!?」
僕は勢いよく立ち上がり、するすると机と机の間を移動した。先生に物理的に止められる前に、速く――早く、姉さんのところへ――!
「紅によろしくな!紅の弟!」
教室を出ていく直前、由香里さんが椅子の上に立って、そう叫ぶ。僕は手をあげて応え、颯爽と講義室を出ていったのであった。




