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俺の学園生活が動く予感がした。 19

 俺は黙って少し待った。

 まだ真希の言葉には続きがあると思ったからだ。しかし彼女はそれから口を開くことなく、まるで俺の返答を待っているかのように、目で俺を伺う。


 数秒。


 俺は思わず、素っ頓狂な声で、


「それだけ?」


 と首を傾げた。


「それだけよ」


 そして真希は堂々とそう返した。

 この条件はもともと碧との約束の中の一つに入っているもの。碧との約束は「絶対に魔人の力を使わないこと」だ。それは、半魔だとバレないこと、とほぼ同義だ。最悪、俺もバレなきゃいいと思っているし。


「なんでその条件なんだ。他にももっと有益な条件はあるだろう」

「例えば?」

「そうだな~金とか」

「お金には困っていないわ」


「部屋の収納スペースを一部分けろ~とか」

「私って荷物少ないの」


「朝食のおかずをよこせ~とか」

「寮のご飯は、おかわり自由よ。おかずもおかわりできるわ」

「まじで!?」

「神力を使うと、体力も使うしお腹も減るわ。だから食事でエネルギーをつけるのは当然のことよ」

「へ~すげえな……夜ごはんも?」

「もちろん」


 やったー!


 好きなだけ食べられるのはすごくありがたい。俺は大食いってわけじゃないけど、日によって、あー今日はあんまり食べられないあ……っている日と、今日はいっぱい食べる!っていう日が極端で、特にいっぱい食べたいのに食べられないときは機嫌が悪くなる。


 よかった~おかわり自由なんだ~嬉しいな――と待て待て、違う違う。今はそんな話じゃないだろ?


「本当にその条件でいいんだな」

「ええ。それでいいわ」

「俺なら、お前が殺したいほど憎むやつを殺せるぞ?」


 本気でそう言った。

 真希の眼は一瞬だけ怯えを帯びて、すぐに冷静さを取り戻す。そう、ほんの一瞬だ。


「わかった。じゃあもう一つだけ、条件を加えさせて」

「どうぞ?」

「誰も殺さないで。殺意を向けてもいいけど、殺しちゃダメーー絶対に」

「殺さないように殺意を向けるって矛盾してるぞ」

「殺す気でやる――でとどめて」


 俺は下に視線を流す。


 人は何のために剣を振る?人は何のために拳を握る?

 勝利への渇望が、自信の誇示か、敗戦の恐怖か、復讐か――そんなの人それぞれだ。しかしそれが真に魂に宿り、大きな力を自身にもたらすのなら、馬鹿にはできない。


 俺にとってのそれが、殺意だ。

 感情が魂に乗った時、体が軽くなり、体が意のままに動くときがある。俺は相手に殺意を向けた時に全能感を得る。まるで自分が世界の主人公になったかのような………あれがなければ、俺は俺でなくなる。


「――――ぁ」


 断ろうと声が出そうになる。


 殺意を向けるということは、相手を殺そうと働くこと。俺は殺意を向けることが本流で、殺害は副産物にすぎない。しかし結果、殺してしまっても仕方がないと思う。だって殺意を向けるということはそういうことだからだ。

 殺すという結果を追いかけるのが殺意というものだから。


 真希は俺を見ている。

 あの青い眼を見ていると、碧を思い出す。碧があの目をするときは、なにも譲らないとき。絶対的なぶれない意思がある時だ。


 真希との戦いは興が乗りすぎた。ここに来て初めての戦闘だったので、意地を張ってしまった。ここでは俺は落ちこぼれ。哀れな勇者に負けるのが癪だなんて思わずに、無様に負けるのが学園での俺なのだ。

 碧のために、人殺しはできない。そもそも今までの二つの条件は碧の約束に含まれているものだ。


 俺はため息をつく。

 一つ――と指を立てて言った。


「条件を出してもいいか?」

「いいわよ」

「お前の事、真希って呼ばせろ。お前は俺の事、紅って呼べ」


 基本的に俺は人を、ちゃんとか君付けで呼びたくない質なのだが、せっかくのルームメイトだ。仲良くとはいかずとも、気安い関係にはなっておきた。まあ、そんな事言ってもいられないくらいに、真希は俺の事情に踏み込んできているが。


 それくらいはいいだろう。それくらいは許してくれ。

 これから俺は、この学園で二重の鎖に繋がれることになるんだから。


「分かったわ」


 即答だった。

 俺はその返答を鼻で笑った。別に馬鹿にしているわけではなく、諦めの混じった自虐的な笑いだ。


「おーけー。その条件、乗った。俺は誰にも魔人だとバレないようにするし、誰も殺さない。そーゆーわけで、これからよろしくな、真希」

「こちらこそ、よろしくお願いします、紅」


 今日は楽しかった。それでいい。

 元よりここに楽しさを求めてきたわけじゃないんだ。碧の言った通り、何かやりたいことでも見つけられれば、充実するんだろうが、とりあえずは気ままに毎日を過ごせばいい。


「ねえ、紅」

「なんだ?」

「紅は人を殺したいようだけど、今まで何人殺したの?」


 真希は細く息を吐きながら、俺の返答を待つ。

 勇気ある質問だと思う。人殺しをわざわざ禁止しないと、本当に人を殺してしまうような奴が、いったい何人、この世から葬ってきたのだろう。その返答によって、真希が俺に抱く印象がより深くなってしまう。それに彼女は耐えきれるのか。


 俺は口を開く。


「誰も殺してないよ?」

「え?」


 目を丸くする真希。


「あはは!俺の言い方が悪かったか?正直、人を殺したいと思ったことはあるし、殺そうとしたこともあるけど、成功したことは一度もないんだよな~。なにせ、相手が母さんだったから!」

「え……え?」

「俺の母さんのこと知ってるか?ファニファトファで思いつかない?勇者部隊の奴らは大体知ってたんだけどなあ……なんか隠されてんのかな?」

「あ……えっと、分からないわ」

「そう?俺の母さん、過去に勇者部隊の研究所ぶっ壊して、犯罪者になったんだ。それまでは超エリートで、すげー強くて。だから全然殺せねーの。魔人の力使って本気でやってんのに、だぜ?」

「研究所!?な、なに言ってるの?」

「それで、さっきの話に戻るわけ。その時に魔人に強姦されるんだよな。気持ちよかったかどうかは知らねーけど――」

「きゃあああ!思い出させないで!」

「それで俺と碧が生まれたってわけ。碧って分かる?俺の弟。母さんが勇者だったわけじゃん。その勇者の力が、まあ大きくてさ。いや――こんなことあんのかな?俺の母さんの方が、真希よりも神力大きい気がすんだよな~」


 ああ、すげー。

 今まで碧と母さん談義はしてきたけど、人に母さんを語るなんてことしてこなかったからな~。口が回る回る。このままどんどん行けちゃうけど……さすがにやめておきますか。


「なんか質問ある?」

「…………明日にするわ」

「よし」


 いきなり多くの情報を頭に流し込まれた真希はぐったりしている。新しいってだけではなく、衝撃的な事実も混じっていたから仕方がない。

 そんな彼女に追い打ちをかけるようで申し訳ないのだが、俺も一つ聞きたいことがあった。


「なあ、一つ質問いいか?」

「ええ、いいわよ」

「なんで最初の条件――半魔ってバレちゃいけない、なんだ?いや、もともとバラすつもりはなかったんだけどな」


 碧みたいに使っちゃダメ!ならまだわかる。でもバレちゃいけない、は当たり前すぎでどんな意図があるのかが分からない。


「ああ、それはね――」


 真希はむくりと立ち上がるように生気を取り戻す。その質問を待ってました!と言わんばかりに。

 その時の真希の笑顔は、今日の試合の最後に見せたような、清々しく、それでいて何かを企むような悪い顔だった。


「私が紅を殺すから。だって、誰かに紅の正体がバレたら邪魔されちゃうでしょ?」


 殺意が重い………。

 まさか俺の首に剣を当てているときに、あの笑顔でこんなこと考えていたわけじゃないよな?もしそうだとしたら、俺はとんでもない殺意の怪物を呼び起こしてしまったのかもしれない。


「あ!そうだ、条件を追加するわ!」


 元気横溢……子供のようにはしゃぐ真希。


「何を思いついたんだ?」

「条件その三。紅は私を殺していいし、私が紅を殺していい。どう?」


 それを聞いて俺は思わずにやけてしまう。

 まるでそれは依存関係になるような交換条件。本気の殺しは、真希以外にしちゃいけないだなんて……縛り付けられるのが嫌いな俺にとっちゃ、最悪の条件だ。しかしそれは第二条件の抜け穴ともいえる条件。


「私、今までずっと勇者部隊になるために剣を振ってきた。小さい頃からそうだったから、疑わずにここまできた。実際、一番を維持し続けたわけで。でも今日気が付いたの。もしかしたら私は、あなたを殺すために剣を振るのかもしれないって。私、殺意を相手に向けて戦うのが、好き、なの、かも?」


 初日、巧と茜に言った言葉――勇者になることを宿命づけられて可哀そう。俺はこれからもそう思い続けるだろう。これは決して個人をバカにする発言ではない。碧は好きだし、由香里もいい奴だし、茜はエッチだし……ああ、巧はよく分からない。


 でも勇者という飴で薄くコーティングされている彼らを、俺は舐め続ける。心のどこかで下に見る。だって俺は潜在的に人を見下すのが好きなんだ。俺は俺を絶対的に見て、疑わない。俺が上から三番目で(母さん、ググ、俺の順)、それ以外が下。


 いやしかし、この学園に来てすぐに、こんなやつに会えるとは思わなかった………俺と同じ、三番目の奴が。いたんだな、ここに………いや、俺が誕生させたんだ、凶器に満ちたこの女を。


「俺が初めて殺すのは、真希――お前でいいんだな?」

「いいえ、紅――あなたが私に殺されるのよ」


 悪い顔で笑う。

 俺が?

 真希が?

 いいや、どちらともが――――




 表情戻って、真希は思案顔をする。


「どうした?」

「でも一組ってなかなか他の組の人と戦う機会がないのよね……」

「いいんじゃないか?なんか、そこらの庭で戦えば」

「荒らして怒られるわ。う~ん……そうだ!紅が一組に入れば、戦い放題よ。だから――」


 こんなにドキドキして、ワクワクして、今にでも剣を取りたい気分だったのに、全部沈んで見えなくなるような、嫌な予感がした。


「だから、紅。あなた、一組を目指しなさい――というより、入りなさい!」


 幸せのために不幸せになる………碧よ、俺も都会に染まってきたぞ。


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