親の性行為なんて考えたくねえよ。デリケートな問題だろ。 17
部屋に戻る。
オレンジ色の夕暮れ差す窓際。カーテンが揺れている。光はそれだけで十分だと、部屋の明かりはついてない。明暗が分かれるように、俺のベッドには影が、隣のベッドには明かりが差す。
明かりの中に一人の影。
そいつはこれ見よがしに包帯が巻いてある肩を出し、スポーティな下着姿。金色の長い髪を風でなびかせながら、彼女は俺を睨んでいた。
「よお、女王様」
俺の同部屋の相手は、真希・トウミッド――無敗の……一敗の女王だった。
「どこ行ってたの?あなた」
試合前に話した時と同じように、不機嫌で冷たい言い方だった。
「風呂」
「お風呂?こんな時間に?」
「おう、汗かいたからな。真希は――」
「気安く呼ばないで」
「おう、じゃあ真希は――」
「気安く呼ばないで!」
「分かった分かった……それで、真希は――」
「それ、ずっと続ける気?」
「あーー……夜中んなったらやめるけど。寝たいし」
真希は黙り込む。
俺だって夜中まで続けるつもりはない。名前を呼ばれるよりも嫌なことを提示されたら、名前くらいなら……となる。強情な奴でも夜中までなんて言われたら――
「……夜中までなら、なんとかなりそうね」
まじかよ。
「どんだけ、名前で呼んでほしくねえんだよ……」
「名前で呼んでほしくない訳じゃないわ。ただ人間関係には順序というものがあるでしょ。まずは、さん付けでお願い。私もあなたのことは紅さんと呼ぶわ。その後は……そうね、女の子同士なんだから、ちゃん付け。それでやっと呼び捨てよ」
細けえな。
「同じ部屋なんだから順序もクソもねえだろ。ほとんど同衾だぜ、こんなの」
「どどどどどどど、同衾!?何言ってるの、あなたは!」
工事現場並の騒音を鳴らして驚く。何を想像したんだか、顔を真っ赤にして、目をギュッと目を瞑り、勢いよく首を横に振っている。髪は乱れ、ヘッドバンキングのようだ。
「同衾って――同じベッドで寝るわけじゃないのに……ほ、ほら、ベッド自体も離れてるけけだし、寝る時に手を繋げる距離じゃないもんね………分かったわ!これは同衾じゃありません!」
そんなの分かってるわ。
「これから俺たちは一緒にここに住むわけだけど………お前にとっちゃ、名前を気安く呼ぶよりも、そうやって下着姿を見せる方が順序は先なのか?」
「――――――」
やかんの湯が沸騰した時のような声を出しながら、茹で上がったタコのように、さらに顔を真っ赤にする。自分の体のどこを隠せばいいのか分からず、逆に見せびらかすように手を持て余していた。
「着ろよ」
「はっ―――!」
服を着るという選択肢が頭になかったことに驚きだ。
真希はベッドの横にしゃがみこむと、下にある箱を取り出し、開ける。箱のサイズにしては少ないように思える衣服の中から、上下が同じ柄の薄着を取り出した。その時、俺は真希のパンツから見える尻の割れ目を見ていた。やましい気持ちはもちろんない。
ここの学園の女子はよく鍛えられている。真希も女王と呼ばれるだけあって、体の締まりがいい。程良い肉付きで、女性的でもある。ふむ……完成形に近い体だな。健康で結構結構。
「………着替えました。これで順序は守られました」
破滅的な順序だ。裸なんて風呂で散々見られるだろうに……なんだったら、名前を気安く呼ぶことよりも順序が先のようにも思える。俺は名前の方が先だと思うが、場合による。というか、俺は人との交流に置いて順序をつけたことがないので、分からない。
「じゃあよ……秘密の共有はその順序のどこら辺だ?名前よりも下か?上か?」
トリガーを一つ外す。カチッというよりは、プシューと漏れ出すような感じで。赤いガスは俺の眼をじんわりと染める。
俺はニッコリ笑顔で真希と目を合わせる。
「……やっぱり見間違いじゃなかったのね」
「見間違えるはずがねえだろ?だってお前にだけ、見せびらかしたんだからな」
「なぜそんなことを?」
「そっちの方が、いい殺し合いができると思ったからだ。お前ら勇者は、魔族や魔人には容赦ないんだろ?だったら俺のことを魔人だって勘違いさせちまえば、良質な殺し合いができるって訳さ」
「狂ってるわね……まあ、戦った時から分かっていたことだけれど」
「お褒めに預かり光栄~」
褒めてない!なんて碧なら言うけど、真希は俺の冗談すら聞いていない。
「それで――勘違いってことは、あなたは魔人じゃないの?」
「ま、本題はそこなんだよね~」
俺は自分のベットに飛び込む。まだこのフカフカさには慣れないな~なんて思いつつ、うつ伏せから寝返りを打って、仰向けへ。そして体を起こして、胡坐をかいて座る。
「ベッドが壊れるわ」
「がははは!そしたら、新しいベッドの到着じゃ!」
「備品を壊したら、弁償よ」
これから飛び込むのはやめておこう。
「まずブラックエリアはなんの書類や許可証も無しに入場できない。それらを持っていない場合、まず勇者の力を持っているかどうかを測られる。俺がここにいるってことは、俺は勇者の力を保有しているってことになる」
「迂遠ね……私にあなたの正体を当てろって言うの?もっと直接的に――」
「俺は半魔だ」
「直接的ね!」
もう少し探偵ごっこをしたかったのだが、仕方がない。遠回しに遠回しに、選択肢を潰していく――うん、かっこいいじゃないか。この場合、犯人は俺だけどな!
「………半魔ってどういうこと?」
「簡単だ。半分魔人で、半分人間――この場合は勇者だけどな」
まあ具体的にはちょっと違う。
俺の場合は八割魔人で、二割勇者って感じ。碧はその逆。でもそれをいま伝える必要も義理もない。
「まあ、こう考えてもいい。魔人の力を持った勇者。逆もまた然り。どう?」
「どうって……そもそも大前提の大前提がおかしいわ!半魔ってことは、魔人と勇者が……そ、その~え……っと、あのね……その…………恋人になったってことになるわ!」
うぶかよ。
「恋人って言うか………セック――」
「きゃあああああ!!言っちゃダメ!めっ!めっ!私だって、うまく隠したんだから、あなたもうまく隠して言いなさい!」
隠し方下手すぎだろ。そうなるとお前の頭の中、恋人=セックスってことになるぞ。大丈夫か?
「じゃあそうだな………交尾?」
「~~~~~~~~~下品!下品よ!そんな言い方しちゃダメ!めっ!」
「じゃああれだ。狼に食べられちゃった?」
「………なんで?」
もう片方の肩も包帯グルグル巻きにさすぞ?
「まあ、あれだ。直接的で、暴力的で、羞恥心の少ない言い方をするならな、強姦だ。要するに、魔人に襲われちゃったんだ」
照れて顔が真っ赤になっていたのが、一気に血の気が引いて青瓢箪のようになる真希。さすがの天然うぶな女の子でも、この事実は勇者としてショッキングか。
「………襲われたのは、お母さん?お父さん?」
「母さんだ」
「じゃあその魔人は?」
「助けもあって、母さんが始末した」
「じゃあ、あなたにお父さんはいないのね」
「ああ、そうなるな。まあ、女を強姦するような父親なんぞ、死んで正解だ」
「そ、そうね……しかも魔人だし」
ま、魔人かどうかは正直問題じゃない。その人の行動によってしか、人は判断できない。魔人の血を引いているからこそ言えることかもしれなないが、魔人でも勇者でもクソな奴はクソで、俺が気に入らない奴は、気に入らないんだ。
「…………~~~~~~~~」
と、青ざめていた真希の顔は徐々に赤みを帯び、最終的には窒息死するくらい顔が赤く、正座でも膝を擦り合わせて、ソワソワし始める。
「なんだ?」
「……その~えーっと、でも―――これは失礼になっちゃうし……」
「なんだ、言ってみろ。俺は失礼されるくらいどうってことない」
俺が失礼する側だし。
自覚あるんだ、姉さん……ああ、碧の声が聞こえる。愛してるぜ。
「え、っとね、そのね、魔人との、その……!それは、その……~~~~~気持ち良かったのかなって……」
「お前、いい加減にしろよ」
こいつ、変態どころの騒ぎじゃねえな。処女童貞か。
「と、まあこれが俺の秘密だ」
「………え、ええ。ごめんなさい、覚えてないわ」
「えーーーー」
恥ずかしすぎて、記憶を抹消したらしい。やりたい放題か。