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俺もせめて、ちっぱいって言われるくらいにはなろう 16

 隣から鼻をすする音がする。


「うぅ……ううう……負けちゃった………」


 何も言わずに、ポンポンと軽く叩き続ける。本当なら撫でたいところだが、濡れた髪だと撫でづらい。あと髪がぐにゃってなるから、本人も嫌だろうし、髪を大切にする代表の俺でも嫌だ。


「負けちゃったのっ………クラス振り分け戦、全敗して――今のクラスから落ちるかもしれないの。うう…ぅ……ぐすん………ずっと頑張ってきたのに……一組になるために頑張ってきたのに、下の組の人にも負けて……全敗。これじゃあ、一つどころか二つ落とされる可能性だってある!もう……もうだめだぁ………ああ、もうだめ……」


 何組なの?って聞いて、なんで分かるの?って言われた時点で、クラスに関して何か問題が起きたと考えられる。直近でクラスに関わることと言えば、クラス振り分け戦だ。そこで泣いてしまいそうになることが起きた。


 試合に負けた。

 これ以外に考えられなかった。その負けはクラスに振り分けに重要だったという事も予想できるが、まさか全敗だったとは。


 茜と巧の様子を見る限り、クラス振り分け戦は皆に取って重要な行事。実力順に振り分けられるクラス――自分が学年でどの位置にいるかが、自他ともに認識される行事だ。


 俺はここまでで知り合った生徒は、偶然にも一組ばかり。茜や巧、由香里に真希。由香里に限っては「たかがクラス振り分け戦」と言っていたくらいだ。俺自身もそこまで重要視していなかったし、学園自体もお祭り気分で気楽さを演出していた。


 しかしその裏には、お風呂という憩いの時間を孤独に過ごすしかなかった泣きべそもいる。


「……私の人生なんか終わりよ!クラスが発表されたら、皆に同情される。元々下だったクラスの人には嘲笑われるかもしれない。バカにされるかもしれない!やめたい……もうこんな学園、やめたいよぉ……」


 泣くのを促しただけなのに、次々にネガティブな言葉が出てくる。周りのことなんて気にしてたらキリがないのに。ああ、俺は碧の反応しか気にしない。それ以外はどうでもいい。


「私は……私はただ頑張ってただけなのに!一組に行きたいなんて言ったら、無理だってバカにされて、そのために努力してたら、無駄だって諭されて………挙句の果てには、全敗よ!無理だった、無駄だった……無意味だったのよ、この一年間は…………」


 上を見続けていたのだろう。


 さっき言っていた。この学園は上を見続けなればいけない、と。正確にはこの学園ではなく、私――怜は上を見続けなければいけない。無理だと言われ、無駄だと言われ、意固地になった結果、何かが欠けてこうなった。


 何が欠けたのかは分からない。

 自身を磨くことに必死で、対人戦の心得を学んでいなかった。だから勝てなかった――なんてのが、よくある話じゃないだろうか。

 意地を張って、可哀そうなんて思われるのが嫌で、同情されるのが嫌で、バカにされるのも嫌だ。そんな気の強い女の子。真面目で素直で、おっぱいが小さい女の子。ぷにぷにしたい。


「無意味だったんだろうな~」

「――――!あ、あんたに何が分かるのよ!」

「自分で言ったんじゃん。俺が分かったのは、怜が話した全てだよ。怜が無意味だと思ったんなら、無意味だったんだろうな~って感想が出るだろ」

「そ、そこは『お前の努力は無駄じゃなかった』って慰めるところじゃないの?あんたが泣かせたくせに!」

「泣いたのはお前の気持ちに従っただけだろ?俺はちょっと後押ししただけだ」

「そんなの屁理――」

「そんで、無意味だって思ってるのもお前だ。無理って言われた。無駄って言われた。でも無意味だって言ったのは、お前だ。全部、お前の気持ちだ」


 怜はポロポロと涙をこぼしながら、歯を食いしばる。鼻息荒く、下を向く。その酷い顔が水面に映っている事だろう。


「……だって、しょうがないでしょ!私は全敗したの!私が一番思っているわよ!無理だって、無駄だって、無意味だって――一番実感しているのは私だもん!」


 言って、怜は頭を叩く俺の手を振り解く。


「ふむ……」


 俺は熱くなったので、湯船の縁に座って足だけ残した。長風呂は嫌いだが、こうして体をお湯から出して座るのは気持ちがいい。ここにジュースなんかあったら、最高だったんだが。まあ仕方がない。元々、汗を流すつもりできたんだ。


 俺は息を吐いた。ふーっと長い息だ。ふと、怜を見ると、


「熱いなら、座れよ。我慢して湯あたりになったらどうする」

「だ、だって……あんたの隣は座りたくない!」


 なんだ?いじけてるのか?


「さっきまで隣だったんだ。今さら、気にするな。別に喧嘩したわけでもなし」

「ち、違うわよ」

「じゃあなに?」

「………っ、その、だって……あんた、スタイルいいじゃない」


 怜はそっぽを向いた。


「むひひ」


 可愛すぎて、変に笑ってしまった。


「お前だって、いいちっぱいしてるじゃな~い」

「ちっ――ちちち、ちっぱい!?私が……ちっぱい!?」

「うん、ちっぱい」

「うぅぅ!悪いけど、あんたよりあるわよ!」


 じゃばーんと勢いよく立ち上がる怜。

 別に風呂に入っている時にジロジロ見ていたわけではないが、いい体している。見てくれは未成熟なのに、成熟したことが分かる女性的な体、という意味もあるが、今回に限っては違う。

 俺が言いたいのは、よく鍛えられた引き締まった体ということ。無駄な肉がほとんどない。おっぱいくらいだ。


「がはは!その体は無意味じゃなかったなーー!」

「きゃああああ!何する気よ!」

「あん?俺が本当に無意味かどうか調べてやるよ!」

「きゃあああああ!」


 わざと捕まえないで、湯船の中を三周した。




 根負けした怜は俺と一緒に縁に座る。俺は欠伸をしながら、顔を手で扇ぐ。


「酷い目に遭ったわ………!この歳で子供みたいなことさせられて……」

「あっはっは!楽しかったな!」

「楽しくないわよ!」

「あ―俺も。俺も楽しくなかった」

「どっちなのよ!」

「そうだな~ちょっと疲れたな。楽しいも楽しくないも、疲れた~には勝てないからな。疲れると、ほら――どうでもいいってなるだろ?」

「そう?疲れこそ、充実感があって楽しいって思えるんじゃないの?」

「え~疲れるの嫌じゃん。じゃあなにか?疲れるために頑張るのか?」

「それはそれ、これはこれでしょ。疲れるのは結果であって、その過程に充実感を感じるの」

「その過程さえあれば、疲れなくても充実感は得られるだろ?」

「屁理屈ばっかり。じゃあ……そうね、達成感って言い換えてもいいわ。それなら疲れがゴールで、過程も楽しい――でしょ?」


 そう言いながら、上目遣いをするように首を傾げる怜。しかしあざとさは感じない。天然の可愛さだ。俺には真似できないな。だって俺、身長高いし。


「ん?なによ?今、失礼なこと考えたでしょ?」

「いいや」


 別に言ってやってもよかったが、また怒鳴られそうなのでやめておく。風呂だと反響してうるさいしな。


「そもそもさ、疲れがゴールって言うのがおかしいんだ。その日の目的とか、目標があるだろ?それをゴールにすればいいじゃねえか。そうすれば疲れなくて、達成感も得られる」

「それじゃあ、頑張る意味がないじゃない。限界まで頑張ってこその達成感でしょ?」

「がむしゃらに?」

「がむしゃらに」

「遮二無二に?」

「遮二無二に」

「ふ~ん」


 がむしゃら――嫌いじゃない。

 俺も一度その行為に没入してしまえば、何もかも無視して進んでしまう質だ。がむしゃらな時はもちろん楽しい。怜の言う、充実感もあるのだろう。しかし俺の場合、体が動かなくなったら終わりではなく、満足したら終わり。大体は疲れる前に終わる。本能的に疲れるのが嫌なのだ、俺は。


 だから俺は、俺と考え方が違う怜を否定しない。そもそも目的とか目標とか持ったことないし、考え方の違いというより、俺が考えを持っていない。


「要するに疲れるのが好きなんだろ?」

「別にそういう訳じゃないわよ………疲れないと、やった気にならないだけ」


 そういうのを自己満足という――とは口に出さなかった。尻すぼみになっていく彼女の声量から、それが自己満足で非効率的な事だと分かっているのだろう。それを……ここ直近で思い知ったというべきか。


「でも、今も疲れてるのに、やった気にならないのはなんでなんだろうな?」

「――それはあんたがふざけるからでしょ!」

「そうじゃねえよ――」


 俺は怜の顔に手を伸ばして、頬を軽くつねった。


「ちょなに――」

「心も身体も疲弊しきってんのに、お前の顔には充実感も達成感もないだろ?そういうことを言ってるんだ、俺は」

「――――!」


 怜は喉に魚の骨でも刺さったかのような顔をする。自分の考え方に疑念は不安感から来るもので、決して自分に目を向けたことにならない。あとはずっと周りの評価を気にして、自分の立場を測るだけ。

 要するに、こいつは自分のことを全く見てこなかったという事。自分のことを第一にして、自分のことと家族のことしか考えない俺にとっちゃ信じられないことだ。


 俺は怜の頬から手を離す。少し赤くなっていた。そして頭をぽんぽんと叩く。


「な、なによ……」

「ま、俺からは以上だ。お前の泣き顔を見れただけで、俺は満足。あー喉乾いた。俺はもう出る」


 横に置いておいた手ぬぐいを取って、立ち上がる。少し濡れていたので、湯船の外で絞る。一応作法としてこのくらいは。


「どうする?お前は出るか?」

「もうちょっと浸かってく」

「あそ?じゃあ最後に一つだけ……」

「なに?」

「最初、俺が六組だって知って同情しただろ?」


 バツが悪そうな顔をする怜。さすがに言えないか。本人は違う風呂に入りたくなるくらい同情が嫌いなわけだし。


「じゃあ今はどうだ?同情してるか?」

「……いいえ」

「それは俺が可哀そうじゃないからだ。別に前を向いてるわけじゃねえけど、少なくとも下は向いてねえ。同情されたくなけりゃ堂々としろ。最初は見栄でもいい。何か……見栄はるの得意そうじゃねえか」

「失礼ね」

「徐々に見栄から自信になる時が来るさ。疲れるまで己を鍛えていればな」


 俺は言い終わった後、じゃあなと言って湯船から足を上げた。そして真っ直ぐ出口へ――


「ちょっと」


 呼び止められる。


「なんだ?」

「やっぱり先輩って呼びなさい。お前じゃなくて」


 湯に肩まで浸かって、我が物顔で風呂を独占する怜は、見栄見栄たっぷりで俺にそう命令した。あはは、気に食わねえな。


「おっけおけーじゃあな、ちっぱいセン!」

「―――あんたの方が、おっぱいないくせに!」


 そんな叫びを背に感じて、笑いながら風呂場から出た。


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