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俺なんか下しか見てないぜ?だって上がいないんだもん! 15

 一日に風呂に二回入るというのはどうかと思う。


 洗いすぎると髪が痛む原因にもなる。体の洗いすぎにも注意だ。お肌が荒れる原因になる。しかし、今日の俺は一戦三分とはいえ、激闘を繰り広げたわけで、汗もかいているわけで、ちょっとこのままじゃよく寝られないのでは?と思うくらいには気持ちが悪い。


 俺は部屋に戻ってすぐに着替えを持って、風呂場に行った。

 まだ振り分け戦の最中ということもあって、誰もない更衣室。


「俺は今日、何回服を脱げばいいんだよ」


 朝一の積極的なお風呂と比べて、どちらかといえば消極的な風呂。風呂に入りたいんじゃなくて、気持ちよく寝たいだけの風呂だ。風呂自体に入りたいわけじゃないのだ。


「体流して、さっさと戻ろ」


 そういえば、同部屋の人いなかったな。

 ま、当然か。今もまだクラス振り分け戦やってんだもんな。今日の夜くらいに会えるだろ。俺が寝なければの話だが。


 タオルだけを持って、浴室へ向かう。シャンプーは持って行かない。髪の手入れは保湿剤だけにしておこう。でもな~今洗わないと、次に洗うのは明日の夜だからな~……一日以上、間が空くのは何となく抵抗がある。


「やっぱりもってこ」


 シャンプーを持って、風呂場へ向かった。すると中からジャパーンと勢いよくお湯が浴槽から溢れだす音が聞こえた。


「誰かいるのか?」


 俺はわざと強めに扉を開けた。


「きゃ――何!?」


 誰かがいることは確定。人数は一人。

 湯船に沈みながら、胸を隠して、俺を睨みつけているのは、紫色の長い髪の女。濡れているせいでおでこに薄く髪の毛がくっついている。睨まれているせいもあるが、目は細長く鋭い。我が強そうな顔立ちをしている。可愛く、美しい。


「だ、誰よあんた……」

「あ~ちょっと待ってて、体洗っちゃうから。自己紹介はそれから」

「は?………あーそうね、そうしましょう」

「湯あたりしないように」

「わ、わかったわ……」


 俺は頭からシャワーで温かいお湯を被り、頭皮を洗う。なんかこれだけでいいや~って思ったので、シャンプーは使わない。体も面倒臭いので石鹸を泡立てずに、適当に洗った。あ、デリケートな部分はちゃんと洗ったよ?脇とか。


「湯船にジャバババーン」


 二度目の風呂からはもう我が物顔で、大胆に入ってしまう紅ちゃんだ。


「ちょっと、顔にかかったじゃない」

「悪い、悪い。でもあんただって、俺みたいな入り方しただろ?」

「見てたの!?」

「いや、音だけ。でもその反応は――人の事言えないねえ?」

「う、うるさいわよ!人がいる時はしてないわ……」


 近くで見ると、体形は小さめ。でも由香里のような子供みたいな体形ではない。ちゃんと学生として成長した上で、小さめというだけだ。

 ずっと胸は隠しているが、腕からはみ出る肉はあっても、そこまでの大きさじゃないことは分かる。ちっぱい、というやつだ。服ごしでは胸のふくらみは分からないが、脱がせたら「あれ、意外とあるじゃん」となる。


「で、あんた誰なの?」

「おりゃは紅ってんだい!こんちくしょう!」

「おりゃ?こんちく?何言ってるの?」

「俺の名前は紅・ファニファトファ。よろ」

「最初からそう言いなさいよ……」

「やっぱり初対面の奴には、ビッグな印象を与えないとだろ?ほら、もうこの自己紹介だけで、俺のこと忘れられる気がしねえだろ?」

「いや、あんたの容姿だったら、誰も忘れられないわよ」

「でへへ~照れること言うなやい!」

「そうね、そのギャップはなかなか忘れられないわね」

「そうだろ?それで、あんたは?」


 ちっぱいはそのちっぱいを隠すのを止めて、体の力を抜きながら湯船に深く浸かる。そして気持ちよさそうに息を吐いた後に、自己紹介を始めた。


「私は怜・エンドロー。あんた一年生でしょ?私は二年、先輩よ」


 怜は気まずそうに目を逸らす。先輩なら胸を張れと思うけど――あ、そっか。


「怜はなんでここにいるんだ?二年の寮は別館だろ?」

「さん付けくらいしなさいよ……」

「嫌だね。目上の女性には、お姉さんとしかつけないのが鉄則なんだ。どうする?怜お姉さんって呼ばれたい?お姉様でもいいぜ」

「………呼び捨てでいいわ」

「おっけ。で、なんでここにいんの?」

「訓練終わりで、二年の風呂は混むのよ。だから私は一年の風呂に来たってわけ」

「……嘘だね。そんなに混んでるなら、その発想になる人がもっといていい。怜だけなんてあり得ない」

「うぐ………」


 怜はバツが悪そうに、自分の嘘を認め、顔を半分お湯に浸けた。ぶくぶくしていた。


「相談なら乗るよ?おっちゃんが何でも解決したげる」

「手をわしわししながら、言わないで」

「でも気まずいことがあって、この風呂に逃げてきたんだろ?この偶然に乾杯して、お話だけでもしていけばいいんじゃないか?」

「信用できないもん、あんたのこと。どうせ私の事、惨めに思うに決まっているわ。それが嫌でここに来たんだし」


 信用できないとか言って、自分でここに来た理由をちょっとお漏らししちゃったよ。

 ふむふむ……自分で惨めに思ったことがあって、それに同情されるのが嫌で逃げてきたと………うんうん、考えてみますか。


 名探偵、紅――参上。

 訓練終わり、惨めで逃げた。

 訓練の模擬戦で全敗したとか?でもそんな奴、他にもいるだろ?結構、プライドが高いタイプとか?あと考えれるのは……今まで全勝だったのに、負けたとか?それなら真希が無敗の女王と呼ばれることはないな。


「なあ、逃げてきたのって何回目?初めてじゃないでしょ?」

「何回でもいいでしょ……別に悪いことしてるわけじゃないんだし」


 そっぽ向かれちゃった。

 じゃあ別に今日の訓練のことじゃないな――じゃあ一つだけ、思い当たることがあるぞ。


 今、学生の中で重要な行事は、クラス振り分け戦だ。俺は今日が一年生の日だとしか聞いていないが、その言い方だと、二年生の日もあったはずだ。そこで怜は惨敗したのでは?それであれば、風呂というプライベート時間に他の人と一緒にいたくなくなる……のか?


 俺には分からない感情だ。

 他にも可能性はあるけど、一回カマかけてもいいな。この人、結構素直だし。


「ねえ、怜って何組なの?」

「何で分かったのよ!」


 ほら、素直。


「俺は多分、六組だろうな」

「え?ああ、そうなの……意外ね」

「意外?俺って強そうに見える?」

「う…………」


 素直。

 俺の神力の大きさを見れば、この学園の誰でも弱そうに見えるだろう。でも俺のことを弱いと言えない怜は、気を使える優しい子なのだろう。どちらかというと、俺は「お前、弱いだろ?」って言ってくれる由香里みたいな奴が気持ちよくていいが、優しさが見える反応も、これはこれでいい。


「ほ、ほら六組っていったら、もっと腐っているイメージがあったから……」

「それ、みんな言うよな~。でも俺は高等部から入学だからそういうの分かんなくてさ」

「へ~珍しいわね。だからそんな淡白でいられるの。一応教えておくけどね、この学園で弱いって結構辛いことなのよ」

「そりゃあ、弱いのは嫌だけど………そっか、辛いんだな」


 俺は俯く彼女を見て、否定することを止めた。


「下を見ることなんて許されない。常に上を見ていないと置いていかれるから。でもね、上ばっかり見てると、崖から滑り落ちる………だって分からないじゃない。下からの脅威を気にする余裕なんてないんだもん。滑り落ちてからじゃないと、強くなった人を見上げることができないんだもん…………!」


「それは………辛い。苦しいな」


「うん、苦しい。上には沢山の人がいて途方もない。それなのに私にはない才能を開花させる人がいるかの知れない圧迫感。もう……毎日が苦しい。クラスメイトに取り繕うのも辛い。同室の友達にも心配されて、『ついてなかったね』『可哀そうだね』なんて同情されて、いつの間にか誰かと一緒にいるのが嫌になる!」


「憩いの時間は、お風呂だけ」


「………誰もいない時間――授業を抜け出してこうやってお風呂に入るの。バレないように一年生の寮で。そうじゃないと……押しつぶされちゃう。無理矢理一人にならないと、心がなくなっちゃうそう」


 声が震えている。目には涙が溜まっている。


 もう爆発してしまいたい。もう何もかもぶちまけてこの苦しさを発散したい。でも、ここで泣いたら、今までやってきたこと全部、無駄になってしまうかもしれない。

 ………そんなとこだろうか。


「別に……泣いても何も変わらない」

「え……?」

「泣いても、苦しい現状は何も変わらない。泣いている暇に何かをしても、多分そんな変わらない。つまりは、泣いても泣かなくても、どっちだっていいってことだ。なら、心のままに選べばいい」

「心のまま?」

「そう。涙と一緒に吐き出して気持ちが好転するなら泣けばいい。我慢して精神力を鍛えたいのなら泣かなければいい」

「……その言い方、泣けって言ってるようなものじゃない」

「泣けよ。慰めてやるから。俺はクラスメイトじゃないし、俺はお前に失望しないし同情もしない。ここでぶちまけても、大丈夫。変わらない。弱くならないし、強くならない――だから、大丈夫だ」


 怜は俺の言葉で目に溜まる涙が大粒になって、今にも零れ落ちそうだった。口をすぼめてまだ我慢している。皮肉で言ったのに、本当に精神力を鍛える気なのか?


 俺は無性に泣かしたくなったので、強硬手段に出るとしよう。

 怜の頭に手を置いて、母さんにしてもらうようにポンポンと叩く。


「紅……」

「ふっ……我慢するなよ」


 意識して息多めで言ってみたが、別にからかっている訳ではない。ふざけている訳でもないので、あしからず。

 俺は言いながら、じゃれ合うように怜の頭を軽く揺らす。


「あっ……」


 すると怜の溜めた涙が、その揺れに耐えきれずにポタッと落ちる。二滴の雫によってできた小さな波紋は、俺たちの身じろぎでできる湯船の波でさらわれてしまう。しかし波紋は一つ、二つ、三つ――と次々に出来上がる。


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