女に頭下げさせる男ってサイテー!! 14
「姉さん、ここにいたんだ」
「茜?もう着替えたんだ」
「きゃーーーー!」
前から歩いてきたのは、碧と巧。
茜は地面が火に焼けて熱くなっているかのような、奇妙な腿上げ走法で俺の影に隠れ、ひょこっと顔を出す。それに首を傾げる二人。
俺は茜に耳打ちする。
「おい、巧が茜のおっぱい見てたぞ」
「巧の変態!」
「な、なんで!?」
「姉さん、変なこと吹きこまないの」
「へいへ~い。それで、なんか用?俺、もう三戦終わったから帰りたいんだけど」
どうせ説教するつもりなんだろ。もう由香里にしてもらったから十分なんだよ!
「三戦していないでしょ。たくさん!話したいことがあるんだ」
「碧~今回は結構反省してるんだぜ?これ以上、説教するつもりなら、それはお前の自己満足だぜ?」
「まだ僕、説教していないけど……でもまあいいよ。今回は姉さん自身も悪いって思ってくれているし。僕から言う事はない。話したいことがあるのは、巧くん」
「巧?」
「少し、いいかな?」
「あー手短にー」
なんか俺――碧、巧、茜の三馬鹿とは話が合わないな~とは思っているけど、一番は巧なんだよな~。碧は俺のこと分かってくれているけど、巧は俺のこと分かっていない碧って感じで、ちょっとな~。
「なんで君が真希さんに勝てたのか、碧くんに教えてもらった。相手に死を意識させて、怯えさせて勝つ………」
ま、簡潔に言えばそうだな。その奥には娯楽が含まれているんだけど。
「なんでそんな思考になるのか、俺には分からない――分かりたくもない。でも最後の十秒、神技を使った真希さんと渡り合った。あんな迫真になって戦う真希さんを俺たちは見たことがない。俺たちにはそこまで引き出せない……」
「何が言いたい?」
「どうやった!神力もない、神技もない君が、どうやったら真希さんと同等に戦える?もし卑怯な手を使ったんだとしたら、君の勝利を俺は認めない」
「巧………」
茜が俺から離れる。
巧の眼には嫉妬の炎が燃えていた。嫉妬で眉が歪んでいた。
気の毒な茜。恋する相手は、どうやら学年一位の女王様にお熱らしい。それが恋なのかは知らないが、こだわりがあるのは確かだ。どうせ、『真希さんの初めては俺が奪う!』なんて思ってるんだろうな~おもしろ。
「あの勝負で、確かに俺と真希の魂は繋がった。二人の共通認識であの勝負は俺の勝ちだ。何が『俺は認めない』だ。お前が決めることじゃない」
「確かに俺の決めることじゃない。でも俺は認めない。これは大事なクラス振り分け戦なんだ。フラッと一試合だけ出て、卑怯な手を使って真希さんに怪我させて。君は――あんたは何を考えているんだ!」
うるせえな。
やっぱりこいつ苦手かもしれない。俺のことをよく知らない碧じゃない。碧に失礼だ。碧はこんな思い上がった性格じゃない。
確か巧は最初、一組じゃなかったって、茜が言ってたな。多分、嫉妬の正体は憧れ。憧れからくる正義感。真希を心配しているようで、そうじゃない。俺みたいな頑張らない奴が、自分より結果を出すのが嫌なだけだ。
よかったな、茜。巧が真希に固執しているなら、恋じゃない。
「うん、ごめんなさい。真希さんにも謝罪しておきます」
俺は頭を下げた。頬にかかる髪がくすぐったい。
「な―――――」
「紅ちゃん……」
「はあ……」
碧のため息が聞こえた。
俺と言い合いして、もっと自分の言いたいこと言いたかったかもしれないけど、俺はそんなことさせない。
こいつは頑張ってきた。一組になるために――真希に勝つために頑張ってきたんだ。そしたら、他の頑張らない奴が許せなくなった。自分ができることを、他人ができない所を見ると、見下すようになった。
いつもはその業腹を隠していたけど、ここで発散しようと思ったんだろ?
ははっ!させるか、ばーか。
「それじゃあ、俺は行きます」
あえて恭しく。相手をイラつかせながら、相手に何も言わせない。
「姉さん」
「すまんな、碧。後は頼むぜ」
「はあ………僕は姉さんのトイレットペーパーじゃないよ」
「普通にケツを拭くって言え」
俺は拳を震わせる巧の横を通り過ぎ、茜と碧にだけ向けて手を振って別れる。
入学早々に因縁を作っちゃったけど、因縁吹っ掛けてきたのは相手だし。これで巧が碧を嫌いにならないといいけど……まあ、碧は努力できるから好かれても嫌われることはないだろう。
「あ~~~いい気分!学園生活なんて、こうじゃないと!」
俺はスキップしながら、寮へ帰った。
あ、上着、茜に預けたままだ。
―――――
全く、姉さんは……人の嫌なこと言ったり、やったり――円加さんが言っていた母さんにそっくり。そのくせ、先に説教しに行った茜さんは懐柔してて……やっぱり、姉さんは母さんの子だ。
じゃあ俺は?
母さんと一緒の髪色じゃないし、母さんと同じような性格もしていない。母さんはどちらかといえば、姉さんを気に入っている。その代わり、ググは気持ちがいい程、僕を贔屓しているけど……僕に母さんとの共通点は少ない。だけど、母さんから持った一つの誇りが僕にはある。
その誇りがあれば、僕は母さんの息子だと自信を持っていえる。そしてこの誇りを胸に、母さんのような強い勇者になりたい……!
『第一コート――碧・ファニファトファ、双葉・エーンロープ、入場してください』
光の差すゲート。
隣にいるのは真っ赤な髪を伸ばして、鋭いつり目で下まつ毛が特徴的な女子。身長は僕と同じくらいで、女子にしては高い。スーツに浮かび上がる筋肉は強い女性を思わせ、その体格の大きさに見合った女性的な胸。
………あまりジロジロと見るのはいけないな。
「よろしく、双葉さん」
ゲートを出る前に、挨拶をした。
「ああ、よろしく」
彼女の素っ気なさと、ぶっきらぼうな態度は、どこか姉さんに似ていた。
「制限時間は三分です。タイムオーバーの場合、勝敗は審判の判断。また時間内の降参も認めます。怪我をした場合は遠慮せず申し出ること。こちらが異変に気付き次第、試合停止します。両者、よろしいですね?」
勇者部隊所属で今日のために審判の役を受けてくれた男性が、すらすらと説明をしていく。最終試合なので二回聞いたことではあるが、念のため。姉さんみたいに遅刻する人もいるだろうし。
「分かりました」
「はい」
「それでは試合を開始します!よーい、始め!」
双葉さんは中等部にいた頃、一組に在籍していたらしい。巧君や茜さんと同じ一組――彼らには僕にはない自信を持っている。僕はそんな自信はない……この力がどれだけ通用するのか分からない。でも欲しいんだ……!彼らみたいな確固たる自信が!
「炎舞」
神技だ――!
彼女の周りには炎が――龍のように長く、蠢いている巨大な炎が現れるた。それはまるでマフラーのように、双葉さんに体に寄り添いながら気流を作っている。
「さあ、宴の始まりだ――!」
双葉さんは情熱的な眼光と鋭い八重歯を光らせて、炎と共に俺へ向けて走り出す――!
「ふーーーーーー」
動揺するな。
これは最終戦。初戦じゃない。
相手は強敵。
まずは防御壁で様子見を―――いや、違う………そうじゃない。
「注意散漫――!玉遊び!」
炎の龍から飛び出すように現れる、大きな炎の球。それは本当に龍が吐いたブレスのようで、勢いよく僕へと襲ってきた。
「防御壁!」
自分の地面でも宙でも、小さくても大きくても、自由に設置できる透明な壁――僕は動かずに、防御壁だけで炎の球を全て防いだ。
「それがおめえの神技か――!」
「簡単には攻撃は通さないよ」
「あっはっは!どんな原理か知らねえが、全部破ってやるよ!」
「破る?違うよ、この壁は守るためにあるんじゃないんだ」
彼女の攻撃は分からない。
炎が描く軌道はランダムで追っていたらきりがない。どういう原理で炎の球が現れたのか、全然分からない。でも分からないままでいい。分からなくても――勝てるから。
双葉さんが走る直線上に一枚の防御壁を――
「……?なんだ?」
彼女は壁にぶつかる直前で止まった。
見えていないはずなのに、感じ取った。すごい、姉さんみたいだ――!
しかしここでは止まったことが重要。彼女の勢いと止められただけで、万々歳。例え、僕の壁を気取られようとも……
「行くぞ――」
言葉に出して、気合を入れる。
ふくらはぎに血管が浮き出るくらいに、踏ん張って、踏ん張って――地面を蹴る。勇者の力によって底上げされている身体能力を存分に使って、双葉さんへ突撃する。
「――な、速すぎ」
面を食らう双葉さん。
こんなのどうってことない。
母さんや姉さんに食らいつくためには、勇者の力を頼る戦い方じゃなくて、利用する戦い方が重要だった。足の筋肉、瞬発力を重点に置いて、勇者の力を有効利用することで、凡人の勇者を置いていくスピードが完成する。
「くそ、避け――って、なんだこれ……!」
もう双葉さんは横にも後ろにも逃げられない、降りの中の小鳥。
逃げられる個所はすべて壁で塞いである。透明でよかった――本当に直前まで自分の退路が塞がれているって分からないんだから。もう対応策を考えたところで、遅いんだから。
「玉遊び!」
炎の球が飛んでくる――
「不可視の防壁」
邪魔なものはすべてこの壁で防ぐ。僕の攻撃が完璧に決まるように。
僕の神技は守るためにあるんじゃなく、攻めるためにある。それが姉さんが好きな戦い方――母さん自身の戦い方。僕はこの力と戦い方に誇りを持っている――!
「――――ぐっ!」
僕の拳は双葉さんの腹をえぐる。
母さんと姉さんと戦ってきたせいで、女性にも容赦なく拳を打ってしまったが、まあ勇者だし、一組だし。
彼女はすぐ後ろの僕の壁に当たり、その場で倒れる。炎も消えて、完全に沈黙した。
「試合終了!勝者、碧・ファニファトファ!」
途端、大きな歓声が会場から聞こえた。
一組の試合を見に来た観客が、この大番狂わせに心を震わせてくれたのだ。とてもありがたい。僕は思わず、喜んでくれるみんなに手を振って応えた。何とも言えない、心が温かくなる気持ちでいっぱいだった。
試合時間は一分未満。
ここまでの完勝。碧・ファニファトファは一組確定だろうと、噂された。