三分は短すぎる。 11
ブックマークありがとうございます
誰がこの展開を予想しただろうか。
ここにいる観客全員が、学年一位の真希・トウミッドに、姉さんが惨敗すると思っていた。しかし結果は違った。
最初に一分は真希さん(今はそう呼ばせてもらう)が、圧倒的な神力量で姉さんを圧倒した。どこに逃げても、どう避けても、瞬間的に迫ってくる刃。これをくぐり抜けただけでも、姉さんは評価されていい。
しかし次の一分は、姉さんによる怒涛の投擲。不思議なことに、真希さんはその攻撃に一歩も動けなかった。皆、姉さんの身のこなしに驚いていたけど、僕は――僕だけは、見ている場所が違った。
真希さんの表情は恐怖に満ちていた。
異変が起こったのは、姉さんが強引に剣を振るい、危険行為だと注意された後。あれで真希さんは姉さんの殺気にやられたんだ。あの人は――殺せるなら、人を殺す。偽物の殺気じゃない。姉さんは相手に、「本当に殺されてしまう」と思わせる。
勝負あった。二人は離れ、真希さんは地面に刀を落とした。
観客席は騒然としていた。
「嘘だろ……あの無敗の女王が」
「ありえない」
「あれ誰だよ」
「なんであんな弱そうなやつに……」
次々と声が上がる。
「真希ちゃん、本当に負けちゃうの……?」
茜さんは拳を強く握りながら、声を震わせる。
「…………」
巧くんは口を手で覆い、目を見開きながらじっと第三コートを見ていた。
信じられないのだろう。
信じたくないのだろう。
今まで一度も勝てなかった手の届かない存在が、三分という短い時間の中で、ぽっと出の訳の分からない人に負けている事実を。それも言葉で取り繕ってはいたが、内心馬鹿にしていた神力がほとんどない姉さん相手に、だ。
でも僕は違う。
皆は真希さんが負ける姿なんて想像つかなかっただろうけど、同じように、僕は姉さんが負ける姿の方が想像つかなかった。
どんなにやる気がなくても、どんなに興味がなくても、ひとたび相手と剣を交えれば、姉さんは何をしたって勝利を掴もうとする。殺す殺さないの段階にいない学生を、死線にまで引きずり出して、恐怖させるほどに。
「碧くん!どうなってるの!?」
茜が動揺しながら、詰問のように僕に質問する。
「俺は何で真希が負けたのか分からない。どうやって紅さんは勝ったんだ?どうして勝てる?」
巧くんも独り言を装って、僕に問いかけた。
「二人とも、魔物とは戦った事ある?」
「ないよ。中等部のまでは魔物との戦闘は禁止だし、高等部なっても実習は二年生からだし」
「周りに人がいる戦闘の訓練をしていない俺たちは、魔物と戦闘するには準備不足。魔物の行動パターンや力量――戦う前に学ばないことはたくさんあるよ。でも一番危険視しなくちゃいけないのは、殺す勇気が必要な事。魔物は虫じゃない。生物を殺すということに一歩引いてしまう人が結構いるらしいんだ」
「巧くんには、その殺す勇気があると思う?」
「……分からない。でもこの学園にいる以上、覚悟は持っているつもりだよ」
「私も。勇者部隊を志しているなら、立ち止まっちゃいけない」
「頼もしいね。でも人を傷つける勇気なんて、案外手に入っちゃうものなんだ。本当に得難いのは、殺される覚悟さ。厳密にいえば、殺されると分かっていても、動ける度胸だね」
「動ける……度胸?」
「殺すって思いながら剣は振るえるけど、殺されるって思いながら剣は振るえないってことだよ。何とかしなくちゃ、と思えば思うほど、体は動かなくなる。事実、真希さんはそうなった」
これは本物の戦場なら、真希さんが取った行動も違ったかもしれない。でも今行われているのは、一組から六組にクラス分けするためだけの試合。そこに殺意を持って、挑んでくる人はいない。
姉さんのことだ、意図的にそこへ付け込んだのかもしれない。
殺される覚悟がない相手に、殺すぞと意志を見せ、怯えさせる。力の差はあるはずなのに、殺される可能性が見えただけで、相手が自分より強いと錯覚してしまう。
全く……策略家なのか、それとも性格が悪いだけなのか。
「それじゃあ、紅ちゃんは真希ちゃんを殺そうとしたってこと?」
「見せかけ……かもしれないけど」
姉さんのことだから、本気で殺しに行った可能性も捨てきれない。
「ただクラス振り分け戦だよ?それで命のやり取りをしているの?」
「命のやり取りじゃない――一方的な虐殺をしようとしていたんだ、姉さんは」
「そんなの……そんなのおかしいよ!」
「そう、おかしいんだ」
姉さんはおかしいんだ。一つネジが抜けているんだ。
人を殺す勇気なんて、姉さんに言わせれば「勇気なんて大それた言い方してんじゃねえよ。あれは衝動だ」だし、自分が殺される覚悟にだって「殺されると思った時からが本番だろ?心臓バクバクで快感なんだよな~」なんて言うだろう。
本当、イカれてるよ。
「姉さんが言っていた。『殺す意志と殺される覚悟は表裏一体。前者が欠ければ、ただの弱虫。後者が欠ければ、ただの傲慢』だって」
「本当に……紅ちゃんって何者」
真希さんには同情する。
彼女はこれから先、このトラウマを背負って生きていかないといけない。それが良いことなのか悪いことなのか――メリットとデメリットはあると思う。でもこれから先、真希さんは姉さんの顔を見ただけで―――って、
「真希ちゃんが……」
「もう一回、刀を持った」
まだ……まだ姉さんと戦う気だ。姉さんの殺気を浴びて、戦場へ連れ出されて、引きずり回されて、それでもまだ姉さんと戦うつもりなんだ。
残り十五秒。
二人はじっと目を合わせ――
残り十秒。
二人はお互いに向けて、一歩踏み出す――
刹那、真希さんの肩に短剣が刺さる。勇者部隊ご自慢の高性能スーツを突き破って、彼女の体から血が飛び出す。
「――――くっ!」
真希さんは歯を食いしばる。踏み出した一歩が、一瞬固まる。
さっきまで殺されてしまうという恐怖で動けなかった彼女は、直接的な痛みでさらに殺される感触を覚えた。今、恐怖の崖際にいる。一歩後退すれば、奈落の底に落ちるだろう。
しかし真希さんは、姉さんへもう一歩踏み出した。
「何だ今の……」
「スーツが破られたぞ……」
「神技が使えるのか!?」
騒々しくなる周り、姉さんに攻撃されても動いた真希さんに注目するのではなく、皆は姉さんの攻撃に注目していた。茜さんも巧くんも固唾を飲んでコートの中に二人を見ているが、驚いている対象は、姉さんの攻撃だろう。
姉さんは今、魔人の力を使った。
こっちからじゃ、赤い眼は視認できない。目を瞑っているのだろう。
短剣を投げる時に、空気を操って砲撃の威力を出した。誰も目に留まらぬ速さで飛んだ短剣は見事に真希さんの肩に刺さった。しかし違和感がある。さっきまで殺す気だった姉さんが、いきなり肩を狙うわけがない。なら――
「避けたのか――急所に当たらないように」
真希さんの緑色の眼――あれは龍神の色だ。
その眼のおかげのなのか、投げた動作すらも見せなかったあの投擲を――あの速さの投擲を、真希さんは見て、躱した。その結果、肩を負傷した。
「中止!戦闘終了!危険行為により、紅・ファニファトファ敗北!戦闘中止!やめなさい!」
審判をしている勇者部隊の女の人がそう叫んでも、二人は止まることなく、一本の短剣と一本の刀を交えた。
残り八秒。
殺陣でも見られない圧巻の剣戟。
残り六秒。
姉さんの身のこなしによる、翻弄。
残り四秒。
未来を見ているように、姉さんの攻撃を全て受け流す真希さん。
残り二秒。
攻撃に転じ、防御に回る――コンマ秒で切り替わる駆け引き。
「すごい……」
僕からも、茜さんからも、巧くんからもこぼれ出た言葉。
残り一秒。
決着をつけようと、動き出す二人。そこには殺される恐怖など微塵もない。どちらも捨て身の突進だった。
ビーーーーーーー!
試合終了。
姉さんの首元には真希さんの刀が――
真希さんの首元には姉さんの短剣が――
触れていた。触れて、血を刃先に垂らしていた。ポタポタと地面に落ちる血液。肩の傷の分、真希さんの下には多くの血が流れていたが、誰もがこの勝負をこう判断する。
――引き分けだ、と。
姉さんは黒い目で、真希さんは青みがかった目で、互いを見つめる。そして二人は奸計を企むような笑顔を向け合った。讃え合ったのだ。
「くそ………」
僕は彼女に嫉妬した。と同時に胸が躍った。
魔人の力を解放したあの姉さんと、たった十秒でも対等に戦って見せた。龍神の眼を持った学年一位の逸材。姉さんにあんな清々しい顔をさせることのできるあの女が、僕が通過しないといけない道の先にいる。
あの人を超えれば、僕も姉さんに――
「早く離れなさい!」
試合が終わると、すぐに審判の人が二人を引き剥がす。それに続いて、控えていた他の勇者部隊の人たちが近寄ってきて、
「とりあえず真希さんは医療室へ!」
真希さんはタンカーによって運ばれた。抵抗はしていなかった。多分、姉さんとの戦いで力が抜けたのだろう。今は興奮しているから感じていないのだろうけど、あとから肩も痛むだろう。
「紅・ファニファトファ!」
「へ~い」
「先ほども言った通り、危険行為により、あなたは敗北――いえ、失格です。今回の試合、あなたに評価点は入りません」
「へいへ~い」
「これは警告です!もう二度とあんなことはしないように。もししたら、退学どころの話じゃありません。犯罪者になってしまいますよ」
「へいへいへ~い」
「本当に分かってるんですか!」
「分かったよ。ま、相手は選ぶことにする」
「分かっていないじゃないですか!」
「ほ~い。んじゃまた」
姉さんは勇者部隊の人の説教を受け流しながら、ホールから出ていく。
その時、ふと姉さんと目が合った。大人の説教には平気な顔をしていたのに、僕に気づいた瞬間、青い顔になって、手を合わせて深く礼をした。何に謝っているのかといえば、今の試合の全部に謝っている。
相手を殺そうとしたことも、魔人の力を使ったことも。
目を瞑って、赤い眼を隠したことは褒めよう。姉さんが半魔だってバレたら、僕も巻き添えになる。それを配慮してくれたんだと思う。
でも!約束は約束!魔人の力はここじゃ使っちゃいけないって言ったのに。それに魔物とかじゃなくて、学園の同級生に。これはちゃんと説教しなくちゃ。
「僕、姉さんのところ行ってくるよ。試合はまだまだ先だしね」
茜さんと巧くんに断りを入れる。勝手にどっかに行くのは、不義理だ。
「俺も行ってもいいかな。少し聞きたいことがあるんだ」
「私も行きたい。私も知りたい」
「じゃあ、三人で行こうか」
僕たちは観客席から離れて、ホールへの入り口付近へと向かうのであった。
読んでいただきありがとうございます。
よかったら画面下にあるいいねや☆の評価をよろしくお願いします。