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紅・ファニファトファってよく噛まずに言えるよな。 10

戦闘なので長めです

 着心地はとてもいい。裸で踊るよりも(踊ったことはないのだが)動きやすい。


 しかしまあ、恥ずかしい。円加お姉さんを見て「恥ずかしい格好」だと思った反動で、より恥ずかしい。なんで他の奴らはこれを平気な顔で着られるんだよ。てか、体を隠す外套が無えじゃねえか。

 コツン、とスーツの上に装着された防具を叩いてみる。


 籠手と腰当はがっちりとした素材だが、動くのにはあまり支障のないようにできている。胸当ても苦しくないように、伸縮性のある軽い素材でできていた。そりゃおっぱいも揺れるわけだ。


「紅・ファニファトファさん、いますか?」

「は~い」

「ゲート中で待機をお願いします。放送が入り次第、コートへ入場してください」

「は~い」


 勇者部隊の男に先導され、俺はトンネルのようなゲートを歩く。メインフロアから漏れる柔い光が行く手を示し、俺の対戦相手の影を濃くする、


「来たのね」

「おう」


 長い金髪を三つ編みで結び、顔つきは厳しそうな印象を持たるが、かなりの美人。俺といい勝負だ。服装は俺と同じ勇者部隊の制服。外套を着ていないので、体のラインがよく分かる。茜ほどではないが、おっぱいが大きい。それでいてスリム。


 こいつが真希・トウミッド。


「―――ってあなた!」


 横目でこちらを見た真希は、一歩後退しながら驚く。


「どうした?」


 俺が首を傾げると、真希は赤面しながら咳払いをする。分かる、驚くのって恥ずかしいよな。


「なんでもないわ。戦う前に余計なことは考えない」

「精神統一ってやつか?意味あるのか?」

「何事も完璧な状態で戦いに挑むのが、勝利への第一歩よ」

「ストイックだね~俺には分かんね」

「でしょうね。遅刻した挙句に、二戦不戦敗。私、弱い人と戦って弱くなりたくないの。どうせなら不戦敗になってくれればよかったのに」

「弱い奴とやって弱くなるって、お前が弱いだけじゃん。人を責めるのはお門違いだろ」

「なんですって………自分が弱いからって勝負から逃げるあなたに言われたくないわ。だから嫌なのよ、弱いくせに口だけ達者な人と戦うのは。私は一瞬でも腕を鈍らせたくないの。弱い人に付き合いたくないの」

「いい訳みたいに、つらつら話すのな」

「挑発のつもり?私の心は乱されない」

「さっき、乱れてたじゃん」

「乱れてない」

「乱れてた」

「乱れたない」

「乱れてた」

「乱れてな――ってしつこい!」


 真希は眉間に皺を寄せて、歯を食いしばり、前のめりで俺に怒った。ちょっと可愛い。


「そのままさ、片頬を膨らませてみて」

「な、なに?こ、こう?」


 ぷく~~。


「うん、可愛い」

「バカにしてるの!?」

「本気で可愛いぞ?」

「バカにしないで!」


 一回で癖付いたのか、真希はむ~と頬を膨らませる。超かわいい。自分からやってしまうおっちょこちょい具合が、ギャップでかわいい~。


「本気でぶっ飛ばしてやる」

「俺は本気でやらないけど、どうする?」

「私だって本気でやらない。片手で捻り潰す!」


 もう挑発も乗り放題だ。


『第三コート――真希・トウミッド、紅・ファニファトファ、入場してください』


 放送が入る。

 さ、学園で一番強いとされている女だ。どんなもんか、見定めよう。うちの弟よりも強いのか、俺が本気を出すに値するのか。勇者になることを宿命づけられた、勇者の卵の一番株はどの程度の実力なのか――知って、馬鹿にして、見下そう。


 あ~~わくわくするぜ。


「んじゃ、行きますか」

「指図しないで」

「行こうぜ、真希」

「指図しないで!気安く呼ばないで!」


 俺は腰に装着しておいた短剣を抜き、手遊びしながらホールに入る。横で激闘が繰り広げられ、上で観客が熱狂している。俺からしてみれば、あんなの子供の遊びのようにしか思えないのだが………まあ当人たちが満足しているのなら、それでいいだろう。


 俺と真希がコートに立つと、ざわざわと観客たちが集まってくる。不戦勝の女が初めてコートに立つ――なんて話題性で人がいるのではなく、真希の戦う姿が見たい奴らが多くいるのだろう。


「時間制限三分。勝敗はこちらで判断します。怪我をした場合は隠さず手を上げて負けを認めること。こちらが異変に気付いた場合、試合は一時停止します。両者よろしいですね」

「はい」

「は~い」


 俺は二刀の短剣を逆手に持ち、構える。

 真希は腰から一本の長細く、鋭い刀を取り出した。


「よーい、始め!」


 掛け声がかかり、先手必勝――その一歩を踏み出した瞬間、


「遅い!」


 すでに真希は、俺の懐にが入って刀を振るっていた。


「いや、フライングだろ」


 冗談も交えつつ、俺は刀を一つの短剣で受け止めながら、体を翻し、避ける。その躱し方は完璧だったはずなのに、まるで俺だけ時間が止まったかのように、彼女はもう俺の頭めがけて刀を縦振りしていた。


「ちょちょちょ、速すぎ!」


 俺は二つの短剣をクロスしてその刀攻撃を受け止める。


「――――!これに対応するなんて!」


 鍔迫り合い。

 真希の刀は鋭く、重い。なら――ゆるりと力を抜いく。


「な―――」


 すると真希の体勢はほんの少しだけ、フワッと崩れる。その隙を狙って弾く――!


 無防備になる真希の腹。

 この高性能スーツは、普通の刃物を刺したところで破れない。ちょっと痛みを感じるだけらしい。この試合では刺したという事実が大事らしいが、それじゃつまらない。


 俺は真希の腹を一発蹴る――と意気込んで、実行したが、ちょー容易く躱された。


「ここ――!」


 地面に片足だけの俺に容赦なく攻撃を仕掛ける真希。

 恐るべき体感を持っている俺でも、真希の攻撃を片足だけで止めるなんて、無理だ。なら――俺は真希に向けて、適当に短剣を放り投げる。


「くそ――」

「あはは。目くらまし!」


 真希は俺の短剣を刀で弾く。その一瞬で、俺は両足を地面に着けた。


「剣、一本になったわよ!」


 右足の指が地に着いた瞬間に、真希はもう俺に刀を振るっている。

 どうなってんだよ、この女の速さは……!


「お前も剣一本じゃん!」


 真希の刀を装備された籠手で受け止める。


「それ、評価点下がるわよ」

「知らねえよそんなこと。使えるもの全部使う!元々俺は、評価点なんか気にしてないんだ――よっ!」


 強引に腕の向きを変えて、金属音を鳴らしながら刀を受け流す。

 真希の体勢が少しでも緩む瞬間、ここが好機――と思ったそばから、彼女は俺の脇下あたりを狙って下から上へ抉るように刀を振った。


「だから――速いんだって!」


 俺は慌ただしく地面を転がり、刀を躱す。


「そんなので躱せたつもり?」


 俺が立ちあがる前に、真希はもう目の前で刀を構えていた。


「これで終わり!」


 膝をつきながら、咄嗟に短剣を前に出して刀を食い止める。あと少しで肩に当たっていた。もしこれが直撃していたら、試合終了だっただろう。


「ここで終わったら、面白くねえだろ」

「私はこんなお遊び、早く終わらせたいわ。なかなか筋がよかったけど、私の敵じゃなかったみたい」

「ははっ!勇者の力でごり押ししてるくせに大口叩くな!品性の欠片もない戦い方しやがって」

「神力がほとんど無いあなたに言われても、嫉妬にしか聞こえないわ。負け犬の遠吠えとして聞いてあげる」

「さっきみたいにその鉄仮面、引っ剥がしてやる――よっ!」


 くそ……重い!押し返せねえ!

 勇者の力――神力が大きいほど、シンプルに身体能力が向上する。

 さっきから真希の異常な速さの理由はこれだ。彼女の神力は正直に言って、えげつない。これが学年一位の実力。碧も神力は大きい方だ。そんな碧ですら、防御壁という神技を使って戦う。彼女は神技を使わなくても勝ててしまう。


 勇者であって、人間じゃない。

 ああ、そうだ。彼女は人間じゃない。人間の域を超えている。


 ―――神力だけは、な。


 俺は刀を押し返すことを止め、体を捻って短剣の角度を変えて、刃同士を滑らせる。刀で宙を切った真希の体勢は少し崩れる。しかし彼女は動じない。

 その隙を狙っても、彼女の反射神経であれば躱されてしまう。それどころか、反撃の機会を与えてしまうだろう。


 しかし俺は立ちあがりながら、短剣で攻撃する――顔を狙って攻撃する。


「なっ―――!」


 狙われた場所が顔だ。真希は面を食らいながら、なんとか俺の剣を避ける。避けられた後が重要。彼女は必ず、持ち前の速さで反撃を――と思ったが、彼女は二歩も三歩も後退する。


「紅・ファニファトファ!」


 審判の勇者部隊の人が俺の名前を叫ぶ。


「あ?なに?」

「さっきの攻撃は、完全に相手に危害を及ぼすものです。次やったら、反則負けとします!」

「は~い」


 つまらない。

 ただ顔を狙っただけじゃないか。それが一番効率的で、一番楽しい場所だから。それを咎めるとか、勇者部隊の底が知れる。


 舌打ちをする。

 水差してきやがって。あとで殺して………っとやめておこう。碧に怒られる。


「あなた……どうかしてるわ」

「何が?」

「迷わず顔を狙ってくるなんて」

「お前だって、俺の頭狙って刀振って来てただろう」

「あれは肩を狙った攻撃よ。普通、顔なんて狙わない」

「普通は狙うだろ?じゃあお前は魔族と戦う時、急所を狙わないのか?」

「あなたは魔族じゃないわ」

「あはは!そんな甘っちょろいこと言ってる奴が、本当に魔族と領土を取り合う勇者部隊になれんのか――!」


 俺は残り一本の短剣を真希へ放り投げる。

 真希は一瞬反応が遅れながらも、俺の剣を弾き飛ばす。一度顔を狙われた彼女なら分かるはず。俺が投げた剣が、またも自分の顔狙ってきていることに。


 俺は走る。


 走りながら、弾き飛ばされたもう一本の短剣を拾い、真希へ投げる。空を切って飛んでくる剣に真希は一歩も動けず、刀で防ぐ。


「きひっ……!」


 不気味な笑顔で、弾かれた短剣を見る。それはくるくると回転しながら、こちらに飛んできている。

 偶然?

 そんなわけないだろ?


 微妙な角度は誤差。真希は俺の投擲にビビり散らかしている。自分に危機が迫っていると頭で察知してしまうからこそ、体が竦む。反応できなくなる。一度目の投擲のように、剣で払い弾くことができない。刀に剣を当てることしかできない。


 なら投げる角度を計算すれば、剣が自分の元に帰ってくるようにするのなんて簡単だ。

 剣を手に取る――すぐに投げる。


「…………くっ」

「あははははは!」


 全てが俺の思い通り。弾かれた剣を拾い、真希の動きを制限しながら自由に立ち回る。

 確かに、正義面して、お山の大将気取っているこの女は、人間じゃない。人間の域を超えている。しかしそれ以外は人間だ。鋼鉄の心を持たない、人間らしい人間。死の恐怖に耐えられない、相手を殺す覚悟ができてない軟弱者だ。ただの人間だ。


 もう一本の剣を拾いながら、二本の短剣を持って真希に突撃する。真希はなんとか刀を使って俺の攻撃を防いだが、その力は軽く、すぐに押し退けてしまえるほどだった――が、俺はそれをしなかった。


「どうした!無敗の女王!このまま怯えて終わるのか?このまま無様に負けるのか?」

「………っ!」

「俺のことを一目見て弱いと思ったな。俺もだよ。俺もお前を一目見て、言葉を交わして、確信した――お前は弱い。見せかけの強さで塗り固められた鉄仮面を一度剥がせば、中にはただの可愛い女の子だ。

 教えてやる――研鑽すべきは力でも技でも魔族を倒す力じゃない、耐性だ。何にも動じない精神を身に着けろ。死を目の前にして、死ぬ気で動く不屈の闘志を己に灯せ。それができなきゃ、偽物の自信で勇敢に敵と対峙する――欺瞞の勇者になっちまうぞ?」

「………あなたには――あなたにはそれがあるの?」


 真希の声は震えている。

 その質問に俺は目を細め、口角を上げて答えた。


「――もちろん」

「――――――」


 息を呑む音が聞こえる。同時に真希の刀から力が抜ける。


 勝った。


 真希はこの問答で、俺の強者と認めたのだ。一度だけ、刃先を眼前に向けられただけで、自分が傷つく未来を想像し――死を想像し、立ち止まった。彼女は神力の小さいはずの俺の背中を遠くに見た。小さく消えそうな俺の背中を見て、届かないと絶望した。


「さて――」


 俺は力のない真希から離れ、コートの端にある残り時間の時計を見る。


「後一分だ、どうする?女王様」

「どうするって――もう私の負けよ。降参するわ」

「いいのか?俺と戦える機会なんて、なかなかないんだぞ。俺もせっかく一位様と戦えたのに、肩透かしと来た。まだ遊び足りないんだが――もしよければ、この平べったい胸、借りるか?」


 すりすりと防具越しに自分の胸を触る。すーーっ、やっぱりないな~。


「耐性なんて、経験の賜物だぜ?」


 真希は一度刀を落とし、手を広げて深呼吸をした。もう一度、吸って、天を仰ぎながら息を吐く。制限時間は刻一刻と迫っている。しかし彼女はなかなか刀をとらない。最大限の時間を使って、真希は恐怖を払拭し、気持ちを整理している。


 そして――


「胸、借りるわ」


 刀を取って、瞼を開けた。

 俺を真っ直ぐ見たその眼は、青でも赤でもない――緑に染まっていた。その色を俺は知っている。ググの――龍神の眼の色だ。これは神技の中でも尋常じゃない神技だ。


「よしきた。じゃあ俺も精一杯、やらせてもらう」


 滾ってくる。

 自分勝手に感情のままに、俺は生きる。こんなに気分が良いのに、出し惜しみなんて出来るかよ。


「――――その眼!?」

「しーーー」


 俺は指を唇に当て、赤い眼を細めながら真希を見つめた。そして誰にも見られないように目を閉じる。これが最大限の配慮だ。


「じゃあやろうか!本気の勝負を!」

「ええ、この勝負――負けたくない!」


 残り十秒――二人は一歩を踏み出す。


読んでいただきありがとうございます

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