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旅の続き

春と修羅


風呂を出て、一応持ってきたパジャマに着替え、ごろりと布団に寝転がりながら宮沢賢治の詩集を読んでいると、賢治の羅須地人協会での生活がイメージとして浮かんできた。賢治は弱い体で過酷な農作業を行って農民達の暮らしが少しでも楽しくなるように尽力したという。僕は農業はやりたくないけど、自然生活というのは惹かれるものがあると感じていた。これから行こうとしている自然公園もいいけど、山もいいな。落ち着いたら近くの山に登ってみたい。あれこれと夢想していると、眠くなってきた。今日はもう寝よう。 

 

三日目の朝


 次の日の朝、僕は大体8時位に目覚めた。やはり疲労がまだ溜まっていたのだろう。いつもより遅めの目覚めだった。朝日を浴びながら伸びをすると身体が若干痛んだ。野宿で無理をしたのがまだ響いているのかもしれない。

確か朝食は9時までだったから、丁度良いくらいに目覚めたものだ。ソファでただ静かに5分ほど目を閉じて座っていた。だんだんと目が覚めてくる。それからチェックアウトに向けて、荷物をリュックにしまい込んだりした後、着替えを済ませ、朝食を取りに行くことにした。

朝のバイキングは結構客が入っていて、少々億劫な気分になったが、しかしメニューを見るとヨーグルトとかオレンジジュースとか、好みの料理もあったから、気分を持ち直した。僕はおかずを少しずつ皿に盛ってきて、食べ終えると、また取りにいって、というのを繰り返して、十二分にビュッフェを堪能した。窓の外を見るといい天気だった。さて今日はどうするか。

 

 部屋へ戻って、さっさとチェックアウトすることにした。ホテルを出て、図書館で本を返し、昨日の公園で計画を練ろうと考えた。昨日メールを送った空き家バンクからはまだ連絡がない。今日もこの辺で泊まることになるかもしれない。まあ焦ることはないか。

 公園へ入って、真っ先に昨日女の子が写生していたベンチに向かった。やはり今日は誰もいなかった。平日だから公園内に人は少ない。考え事するのには丁度良い。とりあえず、今日泊まるところを確保しておこう。少し遠くなっても良いから今日は旅館が良いなと思った。ホテルもいいけど、やっぱり和風な方が僕の好みだ。            

      

不思議な旅館 

 

急ぐ旅でもないし、落ち着く先はいいところを探したかったから、焦らないことにしてもう一泊ここらで過ごすことにした。どこか安い旅館はないかなと、ガイドブックを参考にしつつ、ここがいいんじゃないかと思ってやってきてのは不思議な旅館だった。

ロビーから見える所に庭園があった。旅館に庭園とは中々粋だな、と思いながら受付で名を告げると若い仲居さんが部屋に案内してくれた。彼女によるとこの旅館は結構穴場で僕がガイドブックで見たと言うと、よくお見つけになられなしたねと褒めてくれた。

案内された部屋は狭めだったが、2階から庭園がよく見えた。中央に岩で囲まれた池があり、その周りには丸みのある庭石が敷き詰められていた。よく見ると池には鯉が泳いでいるように見える。感じのいいの宿だなと素直に思った。

部屋でお茶を飲んだり、お菓子を食べたりして、落ち着いた後、静かな部屋の中で、久しぶりに絵を描いてみることにした。絵は幼い頃から好きで、昔はピカソとかシャガールの絵を参考にしてよく描いたものだった。昨日読んだ尾形光琳の絵を思い出して描いてみることにした。鶴の絵を見ていると、一泊したあの公園にも鳶が飛んでいたのを思い出して、その姿を描いてみる。やはり久しぶりで腕はなまっていたものの、絵を描くのは純粋に楽しかった。道具は無かったからスケッチブックと鉛筆でのみだったけど。何時間か集中して描いて、絵を描くのに疲れてくると、椅子にもたれて、この何日にあったことを思い返していた。お姉さんと暮らしていたあのマンションを飛び出して、夜通し移動して、あの公園にたどり着いた。ホテルに泊まった。そして今日は旅館に泊まっている。うん、旅は順調にいっているように思えるね。

 部屋でゆっくりとそんなことを考えていると、先程とは別の仲居さんが布団を敷きにやってきてくれた。ごろりと布団に寝転がりながら疲れを癒やしつつ、風呂と夕飯どっちを先にしようか考えていた。ゴロゴロとしばらく頭の中で色んな事を考えながら寝転がっていると、疲れが取れていった。そんなこんなで疲れもとれた事だし、浴衣を着る前にちょっとだけ外出するかと、フロントに鍵を預けて外に出た。 

表通りをしばらく道なりに歩いた。そうすると、ポロンポロンと心地のいい音色が聴こえてきた。どこから聞こえてくるのだろうと辺りを見回すと、道の左側に一軒喫茶店があって、どうやらその店の中から聴こえるようだ。近づいてみるとメニューが書いてある。そして中から音楽が聴こえた。ここで夕飯にしようと店内に入ってみると、繊細な心地の良いオルゴールの音に迎えられた。少し大きめのオルゴールが客席の手前のテーブルの中央にどっしりと置かれていた。そのオルゴールに目を引かれていると、ウェイトレスの女の子が席へ案内してくれた。席について見てみると、メニューに書かれているのは喫茶店としてはありきたりのメニューだった。オムライスとかカレーとか、サンドイッチとか。値段は少し安めだった。迷ったけど、結局パスタとサラダのセットを注文した。そして、さり気なく店内を観察しながら、見ていると、常連のようなお客さんが目立った。彼らはマスターと何やら話し込んでいたり、本を読んでいたりしていた。僕が気になっているのは、オルゴールだった。あまり客が入っておらず、誰も会話していないためその旋律はよく聴こえた。この曲どこかで聴いたことがあるな、それも結構好きな曲だったはずだ。美しいバイオリンの音色を聴きながら何という曲だったかなと思いながら思いだそうとしていたが、タイトルも作者も思い出せない。まあいいか。水を飲みながら耳を傾けていると、静かな音に心が癒やされ、深い部分が震えるような、なんだか懐かしいような泣きたくなるようなそんな気持ちになった。クラシック音楽はお姉さんが好きだったので、その影響でよく聴いていた。たまに演奏会に連れていかれたりもした。そのうちに曲が変わった。先程とは違うがこの曲もクラシックだ。だけど今度はすぐに曲のタイトルが分かった。ベートーベンの田園。宮沢賢治が好きだった曲だから、僕も家にいた頃はYOUTUBEでよく聴いていた。正直なところベートーベンの曲は騒々しく感じて、大抵の曲はあまり好きではなかったのだけど、この田園は好きでよく聴いていた曲の一つだった。まさに田舎の風景が心に浮かぶような田園という感じの曲だなあと懐かしく思いながら聴いていると料理が運ばれてきた。

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