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公園での目覚め

目覚めると、すぐそこに大木が存在していた。


(大きいな、樹齢何年だろう?)


とても高くて太くて立派な木だ。幹の部分に手を当てて樹の鼓動を探ってみる。この樹がとても長い時間この場所で生きていて、この樹にとても深い叡智が刻まれていて、ここでこの公園の人達や動植物たちをずっと見守ってきたということが手のひらを通して何となく分かった。お姉さんのように樹の意識を感じ取ったり、植物と会話するような能力者には及びもつかないが、いつかそうなれるといいなと思う。こんな風に少しは分かるようになったのも、お姉さんが教えてくれたおかげだ。ともあれ、旅を開始して、2日目の朝、僕は人気のあまりないこの公園で目を覚ましたのだった。


そうだった。僕は昨夜この公園で一晩を明かしたんだった。それほど寒い季節ではないのが救いだった。新聞紙で暖を取っていた身体はストレッチをしてみると結構硬くなっている。ゆっくりと伸びをしながら、慎重にほぐしてゆく。徐々に体は元の暖かさとしなやかさを取り戻していった。

辺りを見回すと東の空から木々の間にほどよい感じの朝日が差し込んできていた。清々しい公園の朝だ。空気も澄んでいる。太陽を見ると大体6時くらいだろうか。目に映る色とりどりの樹木達の葉はどれも朝日を反射していて美しい。


この公園にしばらくいてみるのも悪くないかもしれないな。野宿は大変なことも多いけど、こうして普段の日常では得られない楽しさがある。野生に戻ったような非日常感。子供の頃はよくお姉さんとキャンプをしたなあと思い出した。そうだ、お姉さんにメール送っておこう。


「無事着いたよ。とりあえず、こっちでしばらく過ごしてみる予定」


送信っと。さて、水筒に水を汲まないといけない。朝の散歩のついでに、水を探しに行くとするか。

 

僕が計画を練って故郷を飛び出して、この地へやってきたのが昨夜。夜行列車でこの公園の最寄り駅に辿り着いて、思いつきで公園で一泊してみた。昨夜辿り着いた時には既に暗くて辺りを十分に見て回ることが出来なかったので、この広い公園内のどこに何があるのかまだ分からない。どこかに案内板がなかったかなと思いながら、キョロキョロと歩いていると小鳥達の鳴き声が結構聞こえてきた。なんだか家の周囲の小鳥達の鳴き声とは少し違った風に聴こえる。随分と故郷から遠く離れたから、単純に生息している種が違うのかもしれない。


園内の広い通りに出ると、早朝ランニングをしている人や犬の散歩をする女性に時々出くわした。彼等のように健康的な生活を送っている人たちとの遭遇は、朝の清らかな空気と共に僕を実に爽快な気分にさせてくれるのだった。この時点で僕は既に故郷を離れて良かったと思い始めていた。僕のようなホームレスの人間がテントを張っている姿は見えないけれど、なんとなく僕はもう大丈夫だと思えた。だってこれだけ遠くに来たんだもの。僕を苦しませるような存在はもういない。


10分程歩いたT字路のところに案内板を発見した。見た所、僕が昨日一泊したベンチは広場のすぐ近くだったらしい。多分その広場周辺は休日は子供達や家族連れでごった返すのだろうなと想像した。他には、ここから15分ほどのところに憩いの池という場所があるらしい。確か、事前にネットで調べたところ、ここでは鹿や鴨が見れることがあると書いてあった気がする。


早朝の人気のないこの時間帯なら動物達もいるかもしれないなと、思ってそちらへ足を向けることにした。少し寒さを感じながらも、徐々に日が昇るに連れ暖かくなってきた。さっきから歩きっぱなしだったので、気が付かない内に疲労が蓄積したのだろう、右足のふくらはぎに少しだけ痛みを感じた。何度か立ち止まって、近くの樹木を眺めながら何とか歩き続けているとようやく池にたどり着いた。


池では鴨が泳いでいた。鹿の姿は今はまだ見当たらなかった。5羽の鴨の内一匹は別の方向へ泳いでゆき、僕はその鴨の足の動きに何となく目を惹かれた。一匹だけ他とは違う泳ぎ方をしていた。


(何だか僕みたいだな。群れからはぐれた一匹狼か)


学校にもロクに通ったことがない僕は、まさに一匹狼と言えるのではないだろうか。しばらくその鴨の動きを眺めていた。野生の動物を眺めるというのもたまには悪くない。落ち着いた気持ちになれる。ベンチに座りながら、やっぱり鹿はいないのかなと奥の森の方を眺めていたが、今のところその気配さえ僕には察知することが出来なかった。鴨よりも鹿の姿が見たかったのだが現れない。


腰掛けて疲れた身体を休めながら池の水面をぼんやりと眺めていたが、水自体はそんなに澄んでないように見える。なので、水面を見るのはやめて、正面の木漏れ日をただ眺めていた。やはり日の光で透き通る葉の色が自分は好きなんだなとこの遠く離れた公園で改めて自分の好みを再確認した。光る黄緑色の葉の色にしばし目を細めていた。これだけでもわざわざ遠く離れた土地に来た甲斐があった気がした。


そんな風に過ごしている内に目が覚めてきた。とりあえず今日は宿を確保する意外はやらなきゃいけないことは特にないので、せっかく遠く離れたところへやってきたのだし、あちこち見て回ろうと思った。それからしばらく、ベンチでぼんやりして過ごしていたんだけど、そのうちに鴨は遠くへ泳いでいってしまったみたいだ。僕もそろそろ移動しようかと腰を上げようとした時、向かい側のベンチに誰かいるのに気がついた。


あれ?あそこにもベンチがあったのか。どうやら女の子が一人座っているみたいだった。年は僕と同じくらいだろうか。少女は片手にスケッチブックをもって何やら一心不乱に描いているようだ。スケッチか。いいな。僕も昔はお姉さんに習って随分と描いたものだった。自分と同年代の子供がいることが少し気になったけど、あの子も不登校の子なのかもしれないし気にしないことにした。


(僕も今度画材を持ってきて、この静かな池をスケッチしてみようかな) 


と、これからについて胸をワクワクさせながら、とりあえず、さっきのところまで戻ってきた。置きっぱなしにしておいたリュックサックから水を取り出してゴクゴク飲むと、持ってきた水は全部飲み干してしまったことに気づいた。どこかに水道はないものだろうかと、思案した。先ほどの案内板にはそのような情報は書いていなかった気がする。まあいい。その内見つかるだろう。

さて、どうしたものかな。さすがに体を痛くしてしまうし、今日は屋根のあるところで泊まりたいから、どこかホテルを探そう。そしてせっかくお金を持ってきたのだもの、どこかでのんびり過ごすとしよう。


ベンチに座って、スマホでこの近辺のホテルの空き室状況を調べた。どこもガラガラだった。僕はその内の安い宿をピックアップして予約しておいた。これで、宿の心配はなくなった。さてホテルに行くまでどう時間を過ごそうかな。


事前にネットで旅に関する情報を色々と仕入れた結果、この公園が有名だったので、この場所で降りたのだが、本当はもうちょっと西に行くつもりだった。そこには国立公園がある。公園は昔から好きだ。自然豊かな大きな公園があるならとりあえずその付近に住んでみたいと図書館の地域特集の本を読んで思ったのだった。その辺りで安い家を買って、安住の地にしようと計画していた。家を出る時に軽く相談したらお姉さんもそれでいいんじゃないかと言ってくれた。まず手始めになる住居の確保に向けて僕は動き出すことにした。



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