女には女の政治の仕方があるのですよ、殿下
「イザベル・デヴルー!貴様との婚約を破棄する!」
そう堂々と宣告したのは、婚約者−−−アルバート・ド・エノー王太子殿下。その横には儚げな様子の美少女が寄り添っている。
「まあ、殿下。失礼ですけれど、正気でいらして?」
学院の卒業パーティーに婚約者以外の女をエスコートしただけに飽き足らず、こんな茶番劇まで行うなんて。まったく正気とは思えない。
「正気か、だと?私の愛するフアナに嫌がらせを繰り返した貴様に言われたくはないな」
殿下の眼差しは厳しい。
「いじめの証拠もある。いかに公爵令嬢とはいえ、許されないこともあると理解すべきだな。カルロス、罪状を読み上げろ」
「はい」
控えていた側近たちの列から、カルロス・エレオノール伯爵令息が進み出た。
「デヴルー公爵令嬢、発言をお許しいただけるでしょうか」
「・・・は?」
「許しましょう」
礼節をわきまえた態度に微笑む。わたくしを弾劾したい殿下は驚いているようだけど、仮にも公爵令嬢たるわたくしに向かって話しかけるのだもの。発言の許可を求めるのは当然ではなくて?
「アルバート殿下のおっしゃる罪状は、主に3つです。
1つ目、オルミナート伯爵令嬢に関する誹謗中傷。
2つ目、オルミナート伯爵令嬢の持ち物を損傷させたこと。
3つ目、オルミナート伯爵令嬢のお体に傷をつけたこと。
以上の件について、アルバート殿下はデヴルー公爵令嬢に対し、謝罪と反省の意を求めるとのことです。また、それに伴い、婚約破棄を望んでおられます」
「なんのことでしょう」
「白々しい。3つ目の件については、先日、ダルル公爵家のお茶会に参加した際、フアナを突き飛ばしただろう。ダルル公爵家の人間が証人だ」
「記憶にございませんわ」
たしかにダルル公爵家には足を運んだが、もちろんそんなことはしていない。そもそも茶会は情報収集や取引の場、暴力に訴えてはその後の取引に差し障るでしょうに。
「フアナ様、お怪我をされたとのこと、お見舞い申し上げますわ」
「・・・ありがとうございます、デヴルー公爵令嬢様」
フアナ様−−−殿下の横に佇む伯爵令嬢、フアナ・オルミナート嬢はそっと微笑み、しとやかにお辞儀した。青ざめた顔は庇護欲をそそる儚さで、この顔で縋られたら、守ってあげたいと望む殿方は多いのではないかしら。
とはいえ、彼女の血筋はたしかだけれど、王族に嫁げるような家柄ではない。この国の王妃に擁立することは難しいでしょう。遠い国では側妃という立場もあるけれど、この国にはそういった文化はないことだし。
「フアナ、なにをしているんだ。こんな性悪な女にカーテシーをする必要などない!」
アルバート殿下は大声をだしているけれど、フアナ様は困ったようなお顔で微笑むばかり。
「声を落としてくださいます?そもそも、お怪我をされたばかりのフアナ様を連れ出すなんて」
「貴様が怪我をさせたのだろう!陰口をたたいたり、フアナの私物を傷つけたりしたばかかりか、本人にも怪我をさせるなど、なんて女だ」
「そのようなことはしておりませんわ。お茶会の時でしたら、アデライード様−−−ダンジュー侯爵令嬢とご一緒していました。必要なら証言してくださるでしょう」
ちら、と視線を向けると、アデライード様は柔らかく微笑んでくださった。
「アデライード様、わたくし、そのような蛮行をいたしましたかしら?」
「いいえ。イザベル様はそのようなことはされておりませんわ。
学院でもご一緒する機会は多かったですが、陰口や嫌がらせなどされているお姿など、見たことはございません」
「ありがとうございます、アデライード様」
ダルル公爵家のお茶会でのことだけでなく、他の疑惑に関しても否定してくださるなんて。よい友人を得られて嬉しいわ。
「ダンジュー侯爵令嬢、親しい友人をかばいたい気持ちはわかるが、状況によるのではないか?」
アルバート殿下の声は冷たい。その発言に、アデライード様の目が冷たくなった。
「アルバート殿下。それはわたくしが嘘をついてまで、人をいたずらに傷つけるようなものをかばっているとおっしゃりたいのですか」
アデライード様とわたくしが仲の良い友人であることは、周囲の方はもちろんご存知。とはいえ、アデライード様は正義感の強い方として知られている。高位貴族向けのクラスではクラス委員長を務めていたこともあり、そのような行為を許すはずがないことも、もちろんみなさまご存知でしょう。
今回の件に関わりのない方々はどちらつかずの様子だけれど、アデライード様をご存知の方々は厳しい目をアルバート殿下に向けている。
「そもそも、卒業パーティーという公の場を私物化するなんて、許されざることですわ。まして個人をこのように大勢の場で辱めようとされるなんて」
「な、私が悪いと言うのか!悪事を働いたものには、罰が必要だろう。国民の模範たる貴族、まして公爵令嬢、未来の王妃としてたつものがこのような有り様であることは許されるべきではない!」
「罪には罰を与えるべき、というお言葉には賛同いたしますわ。けれどそれは、法のものにあるべきものと愚考いたします」
つまり、このように人を裁く権利のない人間が、周囲を巻き込んで弾劾するなど、法治国家にあるまじきとおっしゃりたいのでしょう。
さすが法務大臣を多く排出してきたダンジュー侯爵家。きっぱりとした物言いに感心してしまう。
「そもそも、フアナ様。イザベル様がそのようなことをなさったと、心から誓えるのですか」
アデライード様のきつい眼差しに、フアナ様は肩を震わせた。
「フアナ、大丈夫だ。」
そっとアルバート殿下がフアナ様の肩を抱く。
「ダンジュー侯爵令嬢、被害者にそのように詰め寄るのはいかがなものか」
「まあ殿下、被害者の証言は裁判において重要な証拠ですわ。わたくし、疑惑に問われているのですもの。ご本人がどのようにおっしゃっているのか知りたいというのは、おかしなことでして?」
アデライード様にばかり言わせるわけにはいかない。扇越しに目を眇めると、フアナ様の震えが大きくなった。
「・・・デヴルー公爵令嬢様」
「フアナ様、わたくし、あなたになにかしてしまったかしら」
フアナ様はすがるように、わたくしを見つめている。
「デヴルー公爵令嬢様は、・・・なにもされておりません」
「フアナ、もうそんな嘘は必要ない」
「殿下、なんども申し上げたように、デヴルー公爵令嬢様はわたくしになにもしておられないのです」
アルバート殿下はまだ厳しい顔をしていらっしゃる。
殿下は悪いお方ではないのだけど、思い込みの激しい側面もおありだ。怯えるフアナ様が、今後のことを恐れて嘘をついたと考えられたのでしょう。
「アルバート殿下、その被害とはフアナ様が訴えられたことなのですか」
「・・・いいや、オルミナート伯爵だ」
「さようですの」
「それをもとに、調査をした。ダルル公爵家など、複数の家から証言がでたぞ」
「そうでしょうとも」
ぱちん、と扇を閉じる。
「オルミナート伯爵家はダルル公爵家の縁戚。そしてダルル公爵家は、尊王派のトップですもの」
ぱち、と瞬くアルバート殿下はまったくわかっておられない様子。
「そもそも、殿下。わたくしとの婚約がなぜ結ばれたのか、お忘れですの?」
この国には、大きく分けて2つの派閥がある。
1つは、アルバート殿下含む現王家のみが王族として貴族を率いるべき、とする尊王派。
もう1つは、現国王の弟君、わたくしの父でもあるデヴルー公爵が正当な王である、とする王弟派。
国王陛下とデヴルー公爵は血を分けた兄弟。能力的には弟であるお父様を推す声も多かったと聞く。結局、直系長男という理由で現国王陛下が王位を継ぎ、お父様は納得の上で臣籍降下したけれど、お父様が王位を継ぐべきという声が絶えることはなかった。このままでは無用な争いを招きかねないと、国王陛下とデヴルー公爵が考えたのが、自身の子どもたちを結婚させることだった。
「わたくしと殿下の婚約によって、貴族の分裂を防ぐ・・・それがこの婚約の目的でした」
もちろん、反発はあった。特に尊王派にとっては、デヴルー公爵の権力を増大させる結果にもつながることから、今でも反対する声が根強い。婚約は家と家との契約、とはいえ夫婦として成立したわけではない。その契約に利がなくなれば、婚約の解消もしくは破棄という話は、少ないながらないわけではない。
「わたくしが疑惑をはらすことができなければ、王妃としてふさわしくないと別の令嬢を推すこともできるでしょう。そして、わたくしの代わりとなれる家の令嬢は限られております」
「・・・ダルル公爵には、令嬢がいたな」
「ええ、殿下より3つ下のご令嬢がいらっしゃいますわね」
「それが単なる疑惑でない証拠は?」
「わたくしのほうでも調べは進めております。結果の一部はエレオノール伯爵令息にもお渡ししていますから、後ほどご確認いただければと」
アルバート殿下は、ちらりとエレオノール伯爵令息を見た。
「カルロス。嫌がらせなどの証言について、ねつ造の可能性はあるか」
「・・・口裏を合わせた証拠は未査証ですが、一部、別室に保管してあります」
「・・・そうか」
アルバート殿下は目を閉じた。
「カルロス、お前は知っていたのだな」
エレオノール伯爵令息は黙って頭を下げた。
もちろん、エレオノール伯爵令息は、尊王派の企みを知っていた。わたくしが知らせ、一部は彼自身に確認させたのだから。
とはいっても、口裏合わせの詳細は文書で残されることが少ない。エレオノール伯爵令息が、わたくしのもたらした調査結果が正しいと確認できたのは、パーティー直前の会合においてだったでしょう。
本来なら、卒業パーティーを終えた後、アルバート殿下にも知らせる予定だったのだけれど。
パーティーの終わりすら待てず、こんな愚かなことをされるなんて、なにがアルバート殿下を追い立てたのかしら。
「アルバート殿下」
「イザベル・・・いや、デヴルー公爵令嬢。このような場で、すまなかったな」
「あら、王族ともあろう方が衆目の中で謝罪なさるのですか」
「衆目の中であなたに恥をかかせたのは私だからな。真偽はともあれ、ダンジュー侯爵令嬢の言うように、大勢の前でする話ではなかったことは確かだ」
もう少し早く気づいていただきたかったものですが。まあ、反省が早いのは、アルバート殿下の美徳ですわね。
「おわかりいただけてなによりですわ」
「みな、騒がせてすまなかった。この件に関しては、今一度調査を行うことにする」
アルバート殿下は複雑そうな顔で宣言した。
「デヴルー公爵令嬢、調査に協力いただきたい。構わないか」
「ええ、もちろんですわ」
パーティーは続くけれど、場をいたずらに騒がした人間が居残るわけにもいかない。殿下とわたくしのお詫びとしてデザートを追加するようにお願いして、わたくしたちはパーティーから抜けることになった。
その後の顛末は、大方予想通り。わたくしの集めた証拠と、アルバート殿下に寄せられた証言をすり合わせて、最終的には、わたくしの主張が認められた。
虚偽の証言を行ったダルル公爵家以下、尊王派の貴族たちの一部は一族ごと降爵、もしくは関与した人間のみ貴族籍から外され幽閉。王命に背いて次期王妃の変更を企てたこと、臣下にくだったとはいえ王家の血を引く公爵家の令嬢を不当に貶めようとしたことから、この結果となった。
また、調査の中で、一部王弟派の関与も認められた。わたくしが卒業パーティーの後、フアナ様を事故に見せかけて殺害する計画を立てていると、アルバート殿下に進言したという。アルバート殿下が卒業パーティーにエスコートする相手としてフアナ様を選んだこと、またパーティーの間にわたくしを告発すると決めたのは、この進言が影響した結果だった。
アルバート殿下たちは、卒業パーティー直前までわたくし本人を拘束するほどの証拠を集めることができなかった。どのように動くのか具体的な計画がわからない以上、警備を増やしたいところだが、フアナ様のパートナーや周囲が抱き込まれていたら警備の隙をつくことなど容易にできる。当日殿下本人がエスコートすることで、殿下自身の警備含め周囲がフアナ様を守るよう動くことができる。また、心づもりをする余裕を持たせず、人前で断罪することでわたくしを焦らせ証言を取ることができれば、それを証拠とすることができる。王弟派はそういってアルバート殿下をあおった。
王弟派の狙いは、殿下の王としての資質に疑問を抱かせること。権力の乱用ともとれる行動を促すことで、殿下を次期国王の器ではないと示すことが目的だった。もちろん、企みに関与した王弟派についても処罰はなされているけれど。思っていたよりも多くの人間が関与していたことについては、わたくしの見込みが甘かったと痛感せざるを得ない。
疲れを強く感じ始めた頃届いた一枚のお手紙には、魅力的な提案が記されていた。
「イザベル様、ごきげんよう。お会いできて嬉しいですわ」
「ごきげんよう、アデライード様。お招きありがとうございます」
久しぶりのお茶会だった。連日の調査や答弁に疲れてしまったわたくしを気遣って、お茶に誘ってくださったアデライード様は本当にお優しい。香りのよい紅茶をいただきながら整えられた庭を眺めていると、疲れがほどけていくようだった。
「大変でしたわね」
「ええ、本当に。まさかこんなにたくさんの方が関わっていたなんて思いもしませんでした」
「それでも、関わった人数から考えたら順調な方でしょう。もうすぐイザベル様の周りも落ち着くでしょうから、それまでの辛抱ですわ」
「ええ、それはそうなのですけれど・・・」
尊王派、王弟派それぞれに多くの人たちが関わっていた。現状処罰できているのは関与がはっきりしている人間だけだが、それ以上の人間が水面下では関わっているのでしょう。司法と政治にゆだねた以上、学院から卒業したばかりのわたくしが処罰に関わることはありませんが、それだけの敵がいるという事実には不安を感じざるを得ません。
「今後も気を緩めるわけにはいきませんから。よりいっそう、周囲には気を配らなければなりませんわね」
「それは、そうでしょうね。お相手は変わるにしろ、次期王妃、という立場は変わりませんから」
次期王妃、というわたくしの立場は変わらなかった。アルバート殿下の暴走を止めることはできなかったけれど、自身に降りかった不名誉に対して情報を集め対応したことを評価された結果だった。
変わったのは、相手ーーー王太子殿下という立場。
今回は関わった人数が人数であること、最終的な懲罰を司法と政治の手に自らゆだねたことから、アルバート殿下について積極的な処罰は求められなかった。調査が一段落するまでの謹慎や公爵家への謝罪こそ進言があったが、それ以上のことを求める人間はいなかったのだ。
許さなかったのは、アルバート殿下本人だった。証拠も固めないうちから人を断罪しようとした、周囲を巻き込んで司法をないがしろにしようとした責任は重いと国王陛下に進言したのだ。同時に、王太子の地位にふさわしくないと、その地位を自ら返上した。国王陛下はその意思を認め、アルバート殿下は王太子ではなく、陛下のご子息というお立場になった。潔癖なところがおありだったので、その判断についてはさもありなんと思いはしますが。
アルバート殿下が王太子ではなくなった結果、その立場はアルバート殿下の弟君であるジョージ殿下が引き継ぐことになった。ジョージ殿下はアルバート殿下の3つ下、学院を卒業後、わたくしとの結婚式が行われる予定だ。
「ジョージ殿下に信頼していただけるよう、努めるつもりですわ」
「イザベル様でしたら、そのようにご心配なさらずともよろしいでしょうに」
「いいえ、アデライード様」
励ましは嬉しかったけれど、頷くわけにはいかなかった。
「今回、わたくしは負けたのです」
アデライード様の顔が曇った。
「フアナ様に、ですわね」
浮かべた笑みが苦くなる。
「ええ。フアナ様だけが、今回の勝者となるのでしょうね」
王子妃の交代を企んだダルル公爵家以下尊王派は失敗。協力したオルミナート伯爵家もまたいい目を見ることはできなかった。
オルミナート伯爵家は、被害者たるフアナ様のご実家と見做されて降爵されることはなかった。企みに関与したとされる当主のみ貴族籍を剥奪、牢に繋がれることが決定した。
アルバート殿下の立場を脅かそうとした王弟派は、王太子殿下を交代させることこそできたが、現王家の血を継ぐジョージ殿下とデヴルー公爵家の血を継ぐわたくしの結婚という現状は変わらず。
実際にフアナ様を虐めていた方々も、虐めの事実をわたくしになすりつけることに失敗。フアナ様が、人気の高いアルバート殿下と親しいということに嫉妬していたらしい。陰口をたたいたり私物を傷つけたりしていたそうだけれど、王国法において私物を傷つけることは犯罪。罪に問われることとなった。
わたくしもまた、王子妃という立場こそ失わなかったものの、婚約者たるアルバート殿下を繋ぎ止めておけなかった後悔を抱えている。恋ではなくとも、いずれ家族になるのだと信じていた人を失ったことは、わたくしの胸を締め付けた。
周囲が地位や今までの人間関係を失った中で、フアナ様だけが、いじめ加害者の処罰という結果と、愛しい人を手に入れる権利を得た。
ジョージ殿下が王位を継げば、アルバート殿下は臣籍降下することになる。通例に従うなら公爵になるだろう。今回の件で釣り合う家柄の人間が減ったので、軽微でも犯罪歴がなく、かつ年齢のあう方、と考えると伯爵令嬢たるフアナ様はご関係から言っても最有力候補といえるでしょう。
「フアナ様が尊王派の企みを知らせたのは、わたくしだけではありませんでした。そのことに気づかなかったために、卒業パーティーという場でアルバート殿下があのような行いをすることに繋がってしまったのです」
「バーナーズ子爵令嬢が関わっていたなんて、わたくしも、思いもしませんでしたわ」
バーナーズ子爵令嬢は、エレオノール伯爵令息の婚約者だ。親同士の仲がよく、子どもたちの婚約が成立した。数年前に尊王派に属していたバーナーズ子爵令嬢の両親は事故で亡くなってしまい、現在は、後見人たる親族が実質的に家を管理している。親族は令嬢をかわいがっていたが、わたくしの父の熱狂的なファンで、王弟派と親しい。
フアナ様は、アルバート殿下の危機としてわたくしに助けを求めた。同時に、尊王派の家の子息令嬢から嫌がらせを受けていて身の危険を感じる、とクラスメイトでもあるバーナーズ子爵令嬢にも相談した。バーナーズ子爵令嬢は後見人に相談し、後見人はアルバート殿下を追い落とすのに使えるのではないか、と親しい王弟派の家と共謀した。
「どこまで謀っていたか、というのは推察になりますけれど・・・」
王子妃交代を企んでいる人間がいる、と言われればわたくしは動かざるを得ない。
親しいクラスメイトから、助けてと言われればバーナーズ子爵令嬢は悩み、できることはないかと模索するでしょう。関わっているのが複数の家の人間である以上、あまり表立って対立することは避けたい。かわいがってくれている後見人に相談することは、バーナーズ子爵令嬢をよく知っていればたやすく想像がつくでしょう。
後見人がデヴルー公爵の熱狂的なファンで、王位継承の際最後までデヴルー公爵を次期国王陛下として推していたことは有名な話だった。わたくしが王家に嫁ぐという話も、結局王位を継ぐのは敬愛するデヴルー公爵本人ではない、と不満に思っていたらしい。
アルバート殿下は次期国王としての自分を思い描けず苦しんでいた。潔癖なだけでは政治はできない。その苦しみに寄り添ってくれたフアナ様を守りたくて動いたものの、手段を間違えた。王太子殿下としての地位を返上したことは本人の意向だが、手段を間違えたと気づいたアルバート殿下が地位を返上しようとするだろうこともまた、恋人たるフアナ様は察していただろう。
誰がどのように動くか、フアナ様だけが正しく把握できる状態にあった。その誰とも定期的に話をして、経過を見守ることができたのも、フアナ様だけ。
「結果だけ見れば、フアナ様の一人勝ちですわね」
アデライード様がぽつりと呟いた。
「それでも、次はありませんわ」
決意を込めてアデライード様に返す。
王子妃として、いずれは王妃として立つ以上、だれよりも情報を操れるものでなければならない。政策立案するのが男の政治のやり方、情報を操り思った結果に結びつけるのが女の政治のやり方。ジョージ殿下がどのような国王陛下になるにせよ、わたくしはそれを支えうる王妃にならなければならない。
「わたくしは、ジョージ殿下を支え、国をより良くする義務がありますもの。ですが1人では、とてもできませんわ」
アデライード様の手を取り、瞳を見つめる。
「アデライード様、これからも仲良くしていただければ嬉しいですわ。今回もそうでしたけれど・・・アデライード様にどれほど助けられてきたことかわかりませんもの」
「もちろんですわ、イザベル様。わたくしこそ、イザベル様にはいつも良くしていただいていますもの」
返ってきた返答に満足して、わたくしはアデライード様に微笑む。
強く美しい、わたくしの友人。これからもわたくしの友人として、よい取引相手として、アデライード様がいてくださいますように。
わたくしは、女の中で一番優れた政治家でなければならないのですから。