幼馴染の蛙化現象 ~俺のことが好きだったはずの幼馴染は、俺と付き合ってくれなかった~
――ゲコゲコゲコゲコ。
学校からの帰り道、見渡す限りの稲田から、夏の風物詩とも言える蛙達の合唱が聞こえてくる。
田舎では珍しくないその光景、人によっては嫌気が差すのかもしれないが、時間がゆっくり流れている感じがして、俺は案外気に入っている。
隣にいる彼女とずっと一緒にこの田んぼ道を歩いていたい――そう思っていた矢先、不意に彼女から問われる。
「ねえ、ケイは私のことどう思ってるの?」
俺はどう答えたらいいのか分からなかった。自分の気持ちに素直になればいいのか、それとも本心は隠すべきなのか。
少しでも彼女との距離を縮めたいのなら、間違いなく前者だ。だが前者は前者でリスクがあるのもまた事実。
普段彼女とは、昼は何を食べたとか、部活はどうだったとか、そんな些細なことしか話さない。年相応の色恋沙汰に関しては軽く触れる程度だ。
彼女からしたら、何となく聞いてみただけなのかもしれない。もしそうなのだとしたら、いきなり真面目な話をするというのは気が引ける。
素直に「好き」だと言ったとしよう。でもそれが、正しい意味で伝わるとは限らない。
その「好き」が異性としてなのか、友達としてなのか、彼女が俺のことをどう認識しているかによって意味合いが異なってくるからだ。
わかっている。そう遠くない未来に、別れの日がやってくることは。
あと数ヶ月もしない内に進路を決めないといけない。地元に残るか、上京するか、選択を迫られる。
ウダウダしている暇はない。今のこの時間は有限なのだから
「どうって……友達だろ? 俺達」
やってしまった……。
想いを伝える言葉が見つからず、口にしたのは最悪な答えだった。
誤魔化すにしても、もっとマシな言い方があるはずだ。いろいろ考えたくせに、結局無難なことしか言えない自分に腹が立つ。
「そっか……そうだね」
案の定、彼女の表情は暗いものになった。俺の思わぬ返しに動揺したのか、彼女の瞳は絶え間なく揺れ動いている。
明らかに落胆していた。自分が望む答えを得られなかったことに。もしかしたら彼女は俺に失望したかもしれない。
「あ……」
肩を落とす彼女を見て気付く。
もし彼女が俺に友達以上の想いを抱いていないのなら、こうも落ち込んだりはしないはずだ。なら、彼女は俺と同じように、俺のことを想ってくれているのではないだろうか。
俺は決意する。自分の気持ちをはっきり伝えることを。
俺――出浦桂史と、彼女――宮重澄香は幼稚園の頃から付き合いがある。
家が隣同士ということもあって、幼い頃は毎日のように澄香と遊んだ。歳を重ねるにつれて、そういう機会も徐々に減っていったが、今でも時間が合えば一緒に帰ったりしている。
ここ数年、頭を撫でたりだとか、ボディタッチだとか、澄香がやたらスキンシップをとってくるようになった。
意識的にやっているのか、それとも無意識なのかは分からない。ただ、俺達の関係を全く知らない人がそれを見たら、俺達を恋人同士だと勘違いするとは思う。
実際、勘違いする人は少なくなかった。友達や先輩から、澄香と付き合っているのかと何度聞かれただろうか。
澄香は俺が思っている以上に、男子から人気があるらしい。俺の知らないところで、告白されることもしばしばあったようだ。
今、このチャンスを逃せば、幼馴染は他の男と付き合ってしまうような気がする。
両思いだと分かった以上、もう躊躇しなくていい。あとは澄香に自分の想いを伝えるだけだ――。
「またね」
覚悟を決めてからそう何分も経たない内に、澄香の家に着いてしまった。
いつもなら互いに手を振ってお別れするところだが、今の俺には澄香に話さないといけないことがある。
「ま、まってくれ。実は俺、澄香のことが――」
★☆★☆★☆
もういいや。
ケイに告白された時、1番最初に思ったのはそれだった。
長い間胸にあった熱い想いは、急に冷めてしまった。まるで服を着ないまま、極寒の雪国に放り出されてしまったかのように。
彼のことが好きだったはずなのに、一体どうしてだろう。それどころか、今は幼馴染の存在が煩わしく感じる。目の前の男が邪魔で仕方がない。
――ゲコゲコゲコゲコ。
蛙の鳴き声がやたらと耳に付く。何だか分からないけど、私の気持ちを蛙達が代弁してくれているような気がする。
ああ、そう言えば、好きな人が自分のことを好きだと分かった途端、その人に興味を失くしちゃうことを蛙化現象って言うんだっけ?
どうでもいいか。そんなこと。
…………そもそもなんで私はケイのことを好きになったんだろう? 彼が幼馴染だから? たまたま小さい頃から一緒にいた男の子が彼だったから?
「…………」
あぁ! もううざい! ジロジロ見ないでよ! ボーっと突っ立ってないで、さっさと伸ばしたその手をどけて、早くどっか行って!
「待たせてごめん」
キモっ! なんで上から目線なわけ? 今までさんざん私のアピールを無視してきたくせに。
ずっとそうだった。ケイは私が体に触れても、ぶっきらぼうに「やめろよ」と言うだけで、恥ずかしがりもしない。
私は幼馴染以外の男の子からの告白を断ってきた。フッた人の中には、前から気になっていた先輩もいる。
それなのに、彼は私の気持ちに気付いてくれなかった。振り向いてくれなかった。今さら何でこんなことを言ってくるのか、私には理解できない。
『澄香って健気だよね』
ふと思い出す。友人が私に言った言葉を。
そうか…………。私は彼のことが好きだったんじゃない。好きな――と思い込んでる――人のために頑張る自分が好きだったんだ。
自分に酔っていた。私は少女漫画の主人公のような存在なんだと思っていた。
でも、もう酔いからは醒めてしまった。今までのようにケイと接することなんてできない。
だから私は――。
「はぁ!? アンタとなんかありえないんだけど?」
彼を拒絶する。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




