06 村の青年の事情
初めて彼女と出会ったのは二年前のことだった。
彼女はまだ一人前になったばかりの魔法使いで、王都から来たと言う。
わざわざ王都から離れて、なんでこんな何もない村に来たのか。
魔法使いたちは王都に集まり貴族に雇われることが当たり前で、俺たち庶民が魔法の恩恵に与ることはまずない。
魔法は万人のためにある。そんなこと建前でしかないことぐらい子供でも知っている。
なのに彼女はこんな村にやってきた。
ただ単に馬鹿なのか。
それとも、魔法を知らない俺たち庶民からなら簡単に金を奪えるからか。
俺は彼女にどうしてこの村に来たのか訊ねた。
そのときの俺の態度は殴ってやりたいほど険悪だったと思う。
だけど彼女は不思議そうな顔で「魔法はみんなのためにあるものだから」と答えた。
誰かの役に立ちたかったからだと、まっすぐに俺を見てそう言った。
そこからの記憶はおぼろげだ。
覚えているのは妹に「お兄ちゃんちょっと邪魔なんだけど」と嫌そうに言われて始めて自分が家に帰っていたことがわかったことぐらいだ。
その日から、たまに見かける彼女を自然に目で追うようになっていた。
彼女は村の作業を手伝ったり、水が足りないとき魔法で水を呼んだりして徐々に村に溶け込み始めた。
何度か話す機会はあったけど、彼女を前にすると何も考えられなくなった。
変なことを言っていたような気がするけど、あんまり覚えてない。
そのときの妹の冷たい視線は今でも思い出せるのに。
彼女が魔法の素質があるやつに魔法を教えはじめて、俺もそれに呼ばれた。
会話する機会が増えてちゃんと話せるようになった。
年も近いし、魔法も教えてもらっていたから自然と親しくなっていった。
俺は浮かれていた。妹に「鬱陶しい」と足蹴にされるぐらい浮かれていた。
今じゃ顔を見かけたら声をかけて一緒に歩くことも普通だし、彼女のちょっとした相談にだって乗っていた。
村の中では一番親しくなったと思う。自信があった。
なのに、なのにだ。
「ねぇお兄ちゃん知ってる?ルルの家にすっごい美青年がいるんだって!」
「は?」
俺は耳を疑った。
何だって?男?いや幻聴だ、そうに違いない。ルルに限ってそんなこと…。
「だーかーら、ルルが超絶美青年と同棲してるの!」
「…はぁああ!?」
「びっくりした?」
「だだだ誰だよそいつ!?」
「びっくりしすぎー!」
俺を指差して笑う妹に詰め寄った。
美青年?誰だそれ!そんなやつ村にいたか!?
「ちょっと近すぎ!なんか村の人じゃないらしいよ?」
「誰だよ!?」
「知らないわよ!あたしだってまだ見てないんだから!カレナから聞いたの!」
村人じゃないだと!?旅人か?
彼女は優しいからありえることだ。
だがそうじゃないと俺の中の何かがそう言っていた。
「ルルは明日アリソンさんの家に行くらしいから、そのときどういう関係なのか聞いてきてよ」
なんでそんなことを知ってるんだ。
村の女の噂話は本当に恐ろしい。あることないこと、明日の予定まで流れている。
いや、今はそんなことどうでもいい。
今すぐルルの家に行って確かめたいがもう遅い時間だ。
妹の言う通り明日確かめよう。
当然の如く、ベッドに入っても中々眠れなかった。
「お兄ちゃん!いい加減起きなよ!」
いきなり体が寒くなって、俺は薄く目を開いた。
どうやらいつの間にか眠っていたようだった。
「ルルはとっくにアリソンさんのところに行ったみたいだよ!みんな騒いでるんだから!」
そうだ!ルルだ!
俺はベッドから降りると急いで服を着替えた。
妹が「年頃の女の子の前で着替えんな!」と壁に立てかけてあった剣を投げつけてきた。
それ重いんだぞ!?頭に当たったらただ事じゃ済まないんだぞ!?
第一、お前が女の子とか他の女の子に失礼…悪かった。剣を抜くのはやめてくれ!
歯を磨くのもおざなりにして家を飛び出す。
目指すのはアリソンさんの家だ。
なぜか村人たちがアリソンさんの家に近づくほど多くなっている気がする。
なぜだ?例のおかしな事件のせいか?
女の子が異常に多いのも気になる。
すぐ先に人だかりになっているところを見つけた。
女の子が騒いでいる。
彼女たちの後ろから中心を覗き込むと、…彼女がいた。
彼女はすぐ後ろの男と話していた。
その男を見て、不覚にも息を呑んだ。
男は見た事がないほど美しい顔をしていた。
その造作はどこにも非の打ち所がない。
体も細身だったが鍛えてあり、引き締まった理想的な戦士の体だった。
そしてなにより黒髪黒目だった。
女神と同じ、神聖な色。
それは、何より美しい色、だった。
初めて黒を持つ人間を見た。
「どうしてですか!?」
驚きすぎて停止していた思考がルルの声で引き戻された。
彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
さっきとは違う意味で何も考えられなくなる。
前にいた女の子たちをかき分け、男の死角から男に向かって走る。
一発お見舞いしてやる!
だがあっさりとかわされてしまい、男の向かいにいたルルとぶつかってしまった。
あいつがよけなければこんな事にならなかったのに!
男は外見は良かったが中身は最悪だった。
ルルを泣かせる上に、人を気遣うこともできない。
今も泣きながら走って行ったルルを追いかけることもしない。
俺はルルの後を追いかけた。
途中足を挫くなんてドジなことをしたが構わず走った。
ルルは村はずれの大きな木の下に座り込んでいた。
顔が膝に伏せられていて、泣いているのかわからない。
俺はルルの隣に座った。
「あのね、本当はわかってるんだよ?」
「なにが?」
話し出したルルの声が涙混じりだったことには触れないで置く。
ただ、あいつを一発殴ると決める。
「アキラさんが言ってることも正しいんだってこと」
「はぁ?どこか正しいんだよ。あんなやつの言う事なんか聞かなくてもいいって!」
「ううん。私はまだまだ未熟だもん。なのに私のつまんない見栄でみんなが傷つくのは嫌だよ」
「ルルだってめちゃくちゃ努力してるだろ!それを誇って何が悪いんだよ!」
俺は夜遅くまでルルが勉強してるのを知ってる。
次の日目の下に隈を作って努力してるのにルルが悪いなんておかしいだろ!
「でもさっきみたいに、何もできないときは必要以上に傷つけちゃうんだよ」
「でもルルが悪いってことにはならない!」
「シド…」
ルルの肩が震えて、鼻をすする音が聞こえた。
ちくしょう、あいつやっぱり二発殴ってやる。
「シド…ありがと」
ルルが立ち上がって笑ったから、俺も笑った。
元気になったみたいで良かった。
「戻るか」
「うん」
走ってきた道を戻ろうとしたとき、視界の端に黒いものが映った。
何気なく目をやるとそれは突然ルルに向かって飛び掛った。
「危ない!」
「え!?」
とっさにルルを庇った。
胸の中に黒いものが入ってくるのを見た。
苦、しい。
俺の意識はそこで途切れた。
「おい起きろ」
誰かの声…?
低くて艶やかな…あいつと似た声。
「お前が起きてることはわかってるんだ」
話し方もあいつとそっくりだ。
「シド、起きて」
ルルの声もする。
起きなければ。
「う…」
目を開くと声から想像した通りの二人がいた。
体を起こし周りを見ると、どうやらルルの家みたいだ。
「大丈夫?どこか痛いところはない?」
「大丈夫みたいだ」
あの黒いものが入ってきてから記憶がない。
なんでルルの家で寝てたんだろう?
「ごめんね、私を庇って…」
「いいんだよ、俺が勝手にしたことなんだから」
謝るルルに手を振る。
むしろ庇った自分を褒めてやりたいところだ。
「俺、なんで寝てたんだ?」
「例の被害者と同じ状態になっていた」
「どういうことだよ?」
俺は倒れた三人と同じように苦しみだして倒れたらしい。
「どうなってんだ?なんで俺は起きてるんだ?」
三人とは違い昏睡状態にはならなかったのか?
「あの三人もすぐに目を覚ますはずだ」
「本当ですか!?」
「なんでそんなことわかるんだよ?」
やつは無表情だがやけに自信に満ちた声で説明しだした。
この事件の原因は精霊の仕業で、精霊が人間に乗り移り、それを受け入れられなかった人間が一時的に眠り込んでしまっただけだと言う。
俺はやつの話を信じられなかったが、ルルはすっかり信じ込んで「そうだったんですか」と頷いている。
俺は男を睨んだ。
やつも俺を見下ろす。
その視線が痛いくらいまっすぐで強くて、俺は目を逸らしてしまう。
こいつは無表情で言葉も少ないくせに、目は雄弁だ。
今も「何か文句でもあるのか」と言いたげな視線だった。
「それが本当だって証拠でもあるのかよ?」
目を逸らしてしまったことが悔しくて、つい文句を言ってしまった。
だがやつは全く表情を変えずに答えた。
「三人がすぐに目を覚ませば、正しいという証拠になるだろう?」
表情こそ変わらないが、俺は確かに見た。
やつの目がこれでどうだとばかりに輝いたのを。
こいつの性格が掴めない。
厳しいのかと思えば今みたいにちょっと子供っぽいところもある。
人を気遣えないやつだと思っていたら、さりげなく挫いた足に包帯が巻くなんてことをする。
ルルはこういうことには不器用だから、多分こいつがやったんだろう。
ルルは気づいていないみたいだから、男の沽券を考えてルルに内緒で手当てしてくれたのかもしれない。
二発ほど殴ってやろうと思ってたけど、これに免じて許してやろうと思う。
だからって、別にお前を見直したわけじゃないからな、アキラ!




