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03 原因不明の奇病

 朝、まだ暗い時間に起きて顔を洗う。鏡に映る顔は相変わらず無駄に整っていて違和感がする。



 何もしてないのにシミ一つないとか女の敵としか思えない。



 服を着替えて髪をまとめ、蝋燭に火を点す。

 この身体は闇の中でも目が利くので火は必要ないのだが、起きてくるルルティアには火が必要だ。


 椅子に腰掛け、日課となりつつある読書を始める。

 こちらの世界の文化や常識を知るのに、本は最適だ。何も問わず与えるだけだから。字が読めて本当よかった。


 ルルティアに何でもきいていると怪しまれる。自分が異世界の人間だということは安易に話して良いとじゃない。もし異世界から来た人間は殺す、なんて常識があったらたまったもんじゃない。

 自分を守るために、最低限の常識は必要だ。


 三日間ずっとこの家居たのでこの家の本は読み尽くし、残るはこの一冊だけになった。

 どうやら異世界人は存在していないようだった。

 そもそもこの世界には異世界という概念がない。少なくとも一般レベルでは。

 国家機密とかならありそうだが、そんな奴等には会う予定も正体を明かすつもりもないので今のところ安全と言える。


 本をめくる手が重くなる。


 ルルティアは魔法使いなので魔法関係の本が多いが、歴史の本や女の子なので恋愛小説なども置いてある。

 この本もそうだ。


 ストーリーとしては典型的な恋物語だ。身分違いの二人が周りから引き離され、悲しみの余り女は世を儚んで自殺。それを知った男も女を追って自殺。二人は女神の元に召され、生まれ変わって再開し結ばれる。


 どこかで見たことのある展開だ。こういう話は、好きではない。


 他の小説も読んだが、同じような傾向だ。ルルティアの趣味らしい。


 これらの本からわかったことは、こちらの世界は、世界を創造した女神を強く信仰しているってことだ。

 魔法や歴史関係にも神が出てくるのだから、その信仰心はよっぽどだろう。

 あと、人は死ぬと生まれ変わるというのも常識の一つのようだ。


 この国はアルファス王国といい、聖なる国と呼ばれている。何でも、もっとも神に近い祭壇があり、そこでは聖人という選ばれた者が女神から信託を授けられるらしい。

 わたしは神を真剣に信じたことはないが、信仰の篤い国なら神を否定するような言動はできない。


 文明はあまり発展しておらず、人々は自然と共存して生きている。歴史書には、そうするよう女神の託宣が下ったからとあるが、本当なのか違う理由があるのかはわからない。


 驚いたことに、こちらの世界は向こうの世界、特に日本との共通点が多い。

 例えば暦。十二ヶ月で一年。それぞれの月には名前がついていて、一月は睦月。二月は如月。三月は弥生だ。一ヶ月が三十日と三十一日から成り立っているのも同じだ。

 この奇妙な共通点がこの世界と向こうの世界の関係性を示している。異世界の概念が無いのに、ここまで類似点があるなんて、何か裏がありそうだ。もしかしたらわたしと同じようにこっちに来た人がいたのかもしれない。なら、帰る方法もあるかもしれない。


 その他にも得たものは多かったが、キリがないのでここでは割愛する。

 だが本は所詮は知識でしかない。百聞は一見に如かずだ。


 ルルティアについていくと言い出したのもそのためだ。確かに周りに知られたから、というのもあるが、それより周りに関わり情報を得てももう大丈夫だと判断したからという方が大きい。


 本をパラパラとめくる。内容がすぐに頭に入るのは前からだが、ここまで速くはなかった。この身体のスペックは異常だと思う。すぐに読み終えてしまった。




 さて、ルルティアが起きてくるまで少しある。


 居間の広く何もないスペースで腰の剣を抜く。

 毎日ルルティアがいないときに練習していたから、すでに身体の一部のように扱えるようになっていた。


 もちろん剣なんて触ったことはない。格闘技は達人レベルの親友がいたが、私は見ているだけだったから経験なんてない。


 だけどわたしは剣を思うさまに振るうことができた。

 剣を握ると身体が自然と動くのだ。

 自分でも美しいと思える太刀筋に思わず見惚れてしまう。

 身体の持ち主は相当な手練れに違いなかった。



 二階でルルティアが目覚めた気配を察し、剣をしまう。

 一時間は休みなく振るっていたのに息一つ乱さない体が、少し恐ろしい。

 この身体の持ち主の職業が気になる。暗殺者とか普通に有り得そうで怖い。


 何事もないように木で作られた窓を開けて村を眺める。

 山から朝日が昇ろうとしているのが見える。

 日が昇るより大分前から起きている自分が言うのもおかしいが、村の朝は早い。

 畑や家畜に合わせて生活しているからなのだが、慣れの問題だろうか村人たちは朝から何かとテンションが高いのだ。

 身体が変わっても朝に弱いわたしにはついていけそうにない。



 階段を下りる音がして、ルルティアが起きてきた。

 やはり起きたばかりなのにテンションが高い。


「おはようございます!いい天気ですね!」

「ああ…」


 こうもテンションに差があると気が滅入る。



 ルルティアは朝食の用意を始めた。

 手伝いはしない。料理は、その、不得意というか才能に恵まれなかったと言うか…。

 昔、兄に作ったことがあるが、大変なことになった。

 思い出したくない黒歴史だ。


「今日はまずアリソンさんのところから事情を聞きましょう」

「わかった」


 朝食を終え、そう切り出されたが、アリソンさんが誰かは知らないので適当に頷いておく。

 初めてこの家から出るのだ。好奇心が暴れていたが、無表情で押し隠した。





 村の道は当然舗装などされておらず、地面は土で凸凹していた。

 今は春だが、朝は肌寒い。日差しもまだ弱々しい。


 すれ違う村人の視線に耐えながら、目的地にたどり着く。

 ルルティアが木で出来た扉をノックした。


「アリソンさん、ルルティアです。お話を伺いたいんですが、いいですか?」


 アポは取ってないらしい。まぁ村だし門前払いはされないと思うが。

 予想に違わず、扉はすぐに開いた。


「ああ、ルルちゃん!待ってたわ!」


 中から出て来たのは妙齢の女性だった。


「あら?あなた、初めて見る顔ね…」


 凝視されている。

 この容姿が目立つのはわかっていたが、ここまでとは。

 舐めるように見てくる女性にルティアが首を傾げた。


「アリソンさん?」

「え、ああ、何でもないわ。さ、上がって」


 とか言いつつ視線はわたしにロックしたままだ。

 ついでに言うと後ろに人だかりが出来はじめている。早く中に入れてくれませんか。









「アルがね、いきなり苦しみだしたの」


 女性は結婚していたらしい。

 本名はマルタ・アリソン。夫はアル・アリソンだ。


 その旦那さんが被害に合ったらしく未だ目覚めないそうだ。

 ルルティアが魔法で彼の体を診察したが、どこにも異常は無かった。


「一昨日、台所で朝食の支度をしていたらね、アルの叫び声が聞こえて…」

「どんな様子だったんですか?」

「すごく苦しんでたわ…。駆け寄ったらアルが倒れてきて…ぐすっ」

「あ、あの!何か兆候はありませんでしたか?」

「いいえ…。いつも通りだったと思う。おかしいところは無かったもの」

「じゃあ台所で支度している間に何かあった…?」

「…わからないわ。でも変な物音なんてしなかったのよ」


 ルルティアとマルタの会話を聞きながら、ベッドに横たわるアルを観察する。顔色は悪くはなく、脈も正常。ただ眠っているようにしか見えない。


「そうですか…。あの明るいアルさんが…」


 ルルティアはアル・アリソンと知り合いらしい。


「私、どうしたらいいのかしら…」

「大丈夫です。必ず私たちが解決しますから!マルタさんはこの気付薬をアルさんに飲ませてあげてください!」


 ルルティアは懐から薬の入った紙包みを出すと、涙ぐむマルタの手に握らせた。


「でも、これでもしアルが目覚めなかったら…」

「大丈夫!その時は魔法で何とかします!」


 おいおい。そんなこと言っていいのか?

 わたしの見立てではルルティアの魔法使いとしての能力はそんなに高くない。

 この状況を何とかできる力はないはずだ。


「じゃあ、私たちもう行きますね」

「ええ、ありがとうね、ルルちゃん」






 再び移動を始めたルルティアの後ろを歩きながら話しかける。


「原因の検討はついているのか?」

「…いえ、全く…」


 ルルティアは足を止めてうなだれた。


「あんな安請け合いをしてどうするつもりだ?」

「だって、そう言わないとマルタさんが可哀相じゃないですか…」


 予想通りの返答が返ってくる。ルルティアは、甘い。


「だからといって魔法使いのお前が簡単に、何とかするなんて口にするべきじゃない」

「どうしてですか?!慰めちゃいけないんですか!私は、ただ…」


「おい!お前!!」


 背後から誰かが走ってきたのでかわすと、顔を赤くして怒っていたルルティアと衝突した。


「うわっ!」

「きゃあ!」


 二人して地面に倒れ込む。走ってきたのはルルティアと同じか少し上くらいの青年で、ちょうどルルティアを押し倒す形になった。


「危ないぞ。女に怪我をさせるなんて男の風上にも置けんな」

「お前が避けるからだろ!」

「人のせいにするな。大丈夫か、ルル」


 青年に押し倒されたままのルルティアに手を差し出し立たせる。頭を打ったのかふらついている。


「大丈夫か?」

「はいぃ~。大丈夫です~」


 目を回したらしい。腰に手を回し、寄りかからせて支える。


「お、お前!どこ触ってるんだ!」

「お前が押し倒したせいだろうが。紛れもなくお前のせいだ」

「わ、悪い、ルル!って、違う!お前、ルルを泣かせんな!」


 さっきのやり取りを見ていたらしい。

 わたしがルルティアをいじめて泣かせていたと思って止めさせようと突っ込んできた。

 そんなところだろう。


「別にいじめていたわけじゃない」

「嘘だ!」

「嘘じゃない。そうだろ?」


 さっきから意識が回復していたルルティアに尋ねる。

 顔が赤くて呆けている。


「きゃぁ!き、気づいてたんですか!?」


 更に真っ赤になって離れた。よくわからないが慌てている。


「…そうだよな?」

「はい?あ?え?その、は、はい!」


 聞いていなかったのか、何のことかわかっていないようだったがとりあえず頷いたので言質を取る。


 次いで青年を見ると、顔を真っ赤にしてこっちを睨んでいた。




 で、こいつ誰?







12/28 修正

世界設定と主人公の優しさを変更

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