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02 小さな魔女の事情

 夕暮れの村を足取り軽く歩く。鼻歌でも歌ってしまいそうだ。

 今日の夕飯は何にしよう。

 三日前から一人じゃなくなったから、自然と手の込んだものを作るようになっていた。

 誰かと食事することはとても楽しい。


 露店に並ぶ野菜を眺めながら献立を考えていると、いつもよくしてくれる近所のおばさんと会った。


「ルルちゃんじゃないか!聞いたよ、いい人が出来たんだって?」

「はぇ?!あ、あの人はそんなんじゃ…!」


 そんな風に見られてたなんて!は、恥ずかしい…。

 村には娯楽が少ないから、こういう噂話はすぐに広まってしまう。

 それにしてもいつあの人を見たんだろう。あの人は家から一歩も出ていないのに。


「照れなくてもいいよ!ものすごくいい男なんだってねぇ」


 確かにあの人、アキラさんはすごく綺麗な人だ。

 男の人だから格好良いって言うべきかもしれないけど、アキラさんは不思議な人で男の人っていうよりも綺麗な人っていう印象だ。性別を超越した中性的な美しさというものかもしれない。…よくわからないけど。


「一体どこであんないい男捕まえたんだい?」

「うっ、それは…」


 召喚しましたなんて言えない。

 それを言って、どんな噂が立てられるか考えたくない。

 彼氏にするためにいい男を召喚した、なんて噂が流れたら村を歩けなくなっちゃう。


 実はお師匠様と兄さんに、何故かはわからないけど召喚術は使っちゃいけないって言われてた。

 けど私だけ駄目なんておかしいよ。

 私だって自分の使い魔が欲しい。


 だから一人立ちして二人のいないこの村に来てから召還術を猛勉強した。

 ここでならばれずに召喚術が使える。

 私はここに来てからは何回も召喚術に挑戦していた。


 全然上手くいかなかったから、やっと召喚が成功したときは嬉しくてたまらなかった。


 でも現れたアキラさんを真正面から見たとき、そんな喜びはどこかに行ってしまった。


 アキラさんはすごく綺麗だった。でも、それよりもアキラさんから溢れる力が怖かった。

 アキラさんから感じる力は、私なんかとても敵わないほど強くて、私はもしかしたら殺されるかもしれないと思った。

 初めて見る黒髪と黒目。片方だけならいないことはない。でも髪も目も黒い人なんて初めて見た。


 この世界、アルカディアは漆黒の女神によって創造された。

 女神は黒い髪に黒い目を持ち、闇を統べるという。

 そのため、黒は"聖色"と呼ばれ人々から尊ばれた。創造主たる女神の色は人だけでなく、精霊や世界そのものから愛され慕われるので絶大な力を持つと言われている。



 とんでもないものを喚んでしまった。そう思った。



「何をした?」


 黒い瞳に冷たく見下ろされ、身体が震えた。

 …怖い。


「あの、私、使い魔を召喚したら…」

「したら?」

「ひっ、ご、ごめんなさい」


 冷たい声に促され、とっさに謝ってしまった。


 しかも名前まで取られてしまった…。召喚した後、絶対に先に名前を教えちゃダメだって、本に書いてあったのに!どうしよう、従属の魔法が発動しちゃう!

 一瞬にして私に光の枷が巻きつけられた。間違いない、従属の魔法にかかってしまった。彼は何も感じた様子はない…。従属の魔法は下僕の精神に枷を嵌める魔法だから、支配者は何も感じないのだ。




 うぅ、私これからどうなっちゃうのかな…。

 使い魔に名前を取られた召喚者は魂を取られるって本には書いてあったけど、そうなってしまうんだろうか。

 彼の動き一つに怯えてしまう。

 自分が情けなくて、怖くて、不安で涙が出てくる。

 驚いたのか、彼は無表情を少しだけ崩して戸惑ったような表情をした。


「どうした?」

「うっ、う、だ、だって名前っ、取られちゃって…」


 泣いてしまった。もう頭の中がぐちゃぐちゃでどうにもできなくて、何も考えられない。

 私死んじゃうんだ。お父さんとお母さんの顔も知らないまま死んじゃうんだ。一目でもいいから見たかったよ。

 約束を破ったから罰が当たったんだ。

 お師匠様、兄さん、約束破ってごめんなさい…。


「泣くな。悪いようにするつもりはないから」


 でも彼は、泣き出した私に困った顔で涙を拭ってくれた。冷たい顔とは違って暖かい手だった。


 私はきっとひどい顔をしていたんだろう、彼は私を見て笑った。


 その顔がびっくりするぐらい綺麗で優しくて、もしかしてそんなに悪い人じゃないかもしれないと思えた。

 悪いようにしないっていう言葉も嘘じゃないかもしれない。

 自分でも単純だと思ったけど、気分が浮上してきた。

 そうだよ、アキラさんだって勝手にこんなところに連れて来られたんだから怒って当然だよね。

 私が勝手に呼び出したんだから、責任を果たさなくちゃ!




 アキラさんに言われて還そうとしたけど、なぜかできなかった。

 どうして?

 何もできない自分が嫌になってしまう。


 何度やっても失敗して、結局都にいるお師匠様を頼ることになった。召喚術を使ったことがばれて怒られるけど自業自得だよね…はぁ。




 アキラさんが慣れるまでこの村で過ごすと言ったので、しばらくここにいることになった。

 一体何に慣れるんだろう?

 すぐにでも都に行きたいはずだよね?

 アキラさんは「ここでやることがあるから」と言ってたけど、何かしている素振りはないし…。


「そういえば、ルルちゃん、あの話、知ってるかい?」

「えっ!?さ、最近何かありましたか?」

「なんでも人が突然叫び出したり苦しみ出すらしいんだよ。その後倒れて意識が戻らないんだと。三日前から起き始めてもう三人目らしいよ。何とかできないかねぇ」

「ええっ!?」


 そんなことがあったなんて…。

 どういうことなんだろう?


「…悪いねぇルルちゃん。でもこの村にはルルちゃんしか魔法使いがいないだろう?私らも頼っちゃってねぇ」

「そんな、気にしないで下さい!」


 すまなさそうに謝るおばさんに、慌てて手を振った。




 魔法使いは世界に漂う魔素や精霊を使役して魔法を使う。


 この世界では魔法使いは稀少で、何かと頼りにされるのだ。魔法使いたちも人の役に立つために力を奮うことが正しい在り方だと思っている。


 だから事件があればまず魔法使いに頼るのは当たり前なのだ。


「明日被害者の家にお話を聞きに行ってきますね」

「ありがとうよ。頼んだあたしが言うのもなんだけど、あんまり無理するんじゃないよ」

「ありがとうございます!でも大丈夫ですから!」


 おばさんは手に持っていた荷物の中から、肉と魚を分けてくれた。


「明日のために精をつけとくれ!」

「わぁいいんですか?ありがとうございます!」


 これと家にある野菜で夕飯が作れそう!



 おばさんと別れて家に帰ると、アキラさんが居間に立っていた。


「どうしたんですか?」

「いや…。おかえり」

「あ、ただいま…です」


 アキラさんは目を伏せ顔を逸らした。

 なんとなく寂しそうに見えるのは何でだろう?


 一つにまとめてある髪がサラリと流れるのを見て、なんだか頭がクラクラしてきた。


「さ、さっき近所のおばさんに鳥と魚を貰ったので、夕飯は鳥と魚ですよ!」

「ああ」


 




 夕飯後、おばさんから聞いた話を話すとアキラさんは考え込んでしまった。


「それで、明日は調べに行くのか」

「はい。被害者の方に事情を聞いて、原因を調べるつもりです」

「俺も行く」

「え!アキラさんも、ですか?」

「ああ。そろそろ外に出てもいい段階だからな」

「どういう意味ですか?」

「家に引き込もっているのも退屈だから」

「答えになってないです!」

「さあ?そうでもない」


 誤魔化された…。

 アキラさんはいつもこうやって煙りに巻いてしまう。

 誤魔化し方が上手すぎて、後になって誤魔化されたと気づくことも多い。今も誤魔化されたことに気づいてないことも絶対あると思う。

 …私には言いたくないことなのかな。

 信頼されてないんだ、落ち込むなぁ。


「…俺の存在がばれているなら、別に家に隠れている必要はないってこと」

「あ…」

「下手に人前に顔を見せずにいると逆に怪しまれる」

「そ、そうですか」


 もしかして、私が落ち込んでるのを見て話してくれたのかな?

 もしそうだったら、とっても嬉しい。

 顔が緩むのが自分でもわかってちょっと恥ずかしい。


「あの、明日朝から出かけますから!」

「そうか。じゃあ少し早いけど火を落とすか」


 この家は二階建てで、私は二階、アキラさんは一階の居間で寝ることにしていた。一階の火を落とすなら、二階に上がって寝る準備をしないと。


「じゃあ私は上に行きますね」

「ああ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 明日どうなるんだろう。

 事件も気になるけど、アキラさんと一緒に出かけるんだって思うと落ち着かない。

 デートみたいだなぁとか思ったり、して…はわわっ!


 恥ずかしくなってベッドの中でジタバタする。


 私何やってるんだろ…。


 とりあえず、寝なきゃ。

 無理矢理目を閉じて眠りが訪れるのを待った。

 いつもはすぐに眠れるのに、なぜかこういうときに限って中々眠れなかった…。






12/28 大修正

世界設定を足しました。

主人公からどんどん優しさが消えていくのはなぜだろう…?


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