表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

01 召還

「やったわ!召喚成功よ!」



 気がつけば妙な落書きがある床に立っていた。

 目の前には栗色の髪をした女の子がいる。

 なぜか興奮している彼女の青い目はキラキラと輝いてわたしを見上げている。


 …見上げている?

 そんなに首を反らすほど身長差がなぜ存在している?

 わたしは女の子に見上げられるほどの大女ではない。


「あなた、名前は?」


 女の子が覗き込んできた。

 身を引こうすると自分の体が目に入った。

 見知らぬ服に包まれている長い手足。

 くせ毛で絡まりやすいわたしの髪とは違う、サラサラのストレートで背中半ばまである黒髪。

 わたしの密かな自慢だった胸…のない胸。

 手は骨張っていたが綺麗で、肌は白い。

 おまけに腰に剣のようなものを下げている。


 結論。

 わたしの身体じゃない。

 というか、これ、男の体じゃね?


「ねえ、聞いてる?」


 女の子が苛立ったように進み出た。


 まさか、こいつのせいか?


「ね、おい」


 自分の声が低く、やたら艶があり過ぎて鳥肌がたった。

 ねぇ、とか言うの止めといて本気でよかった。


 女の子は黙り込んだ。


「何をした?」


 頭の中がパニックで上手く言葉が出て来ない。

 まさか…。

 まさかね…。

 嫌な予感しかしない。


「あの、私、使い魔を召喚したら…」

「したら?」

「ひっ、ご、ごめんなさい」


 女の子は真っ青になって謝った。

 嘘を吐いているようには見えない。

 どうやら女の子は本当にただ使い魔を呼んだだけで、わたしが男になったことには関係してないみたいだ。


「名前は?」

「えっ?!」

「だから名前は?」

「あ、あの」

「……」

「ル、ルルティア・マッケンローです!」


 女の子、ルルティアの顔は今にも泣きそうに歪んでいた。

 別に名前をきいただけなのに。そんなに名乗りたくなかったのか。

 …一瞬ルルティアの体が光ったような気がしたが、多分見間違いだ。


「ここは?」

「ううぅ、ここはアルファス王国のカルナ村です…」


 知らん。

 …アルファス王国なんて国は地球に存在しない。

 夢だったらよかったのに。

 ため息を吐くとルルティアが怯えた。

 なんでこんなに怖がられてるんだろう。

 一々ビクビクされるのは鬱陶しいんだが。

 じっと見つめると、ルルティアは泣き出した。


「どうした?」

「うっ、う、だ、だって名前っ、取られちゃって…」


 名前?

 名前を取るってどういうこと?


「どういう意味だ?」

「恍けないでください!名前取ったくせにぃ!う、ひっく、ふぇっ…」


 いまいち要領が掴めないが、ルルティアが名前をきいてきたのと関係があるかもしれない。

 よくわからないのでルルティアに根気強く問いただしてみると、どうやら名前によってわたしとルルティアの間に主従関係を結ぶ魔法が発動したらしい。先に名前を名乗った方が僕として主に従わねばならないとか。…先に名乗らなくて良かったぁ。


「私、これからどうしたらっ、ひっ…」


 素直だな。嘘がつけないタイプだ。

 きっといい子なんだろう。

 そう思うといじめすぎた気になってくる。


 ルルティアに近づいて涙を拭ってやる。


「泣くな。悪いようにするつもりはないから」


 最初は涙が止まらなかったルルティアだが、拭ってやり続けると落ちついてきたのか、泣き止んで見つめてきた。


 顔が赤い。目も赤い。


 顔中真っ赤で、思わず笑ってしまった。



 ルルティアは大きな目を更に大きくして固まってしまった。


 呼びかけても反応がないので、窓際から外の様子を伺う。





 この部屋は二階だったようで、窓からは広い表通りが見えた。

 村といっても規模は大きいようで人も多い。活気のある村だった。


 だけど、ここは知らない国だ。知らない空気だ。知らない空だ。


「はぁ、どうなっちゃうのかなぁ」


 小さく呟いた自分の低い声が余りに言葉に似合わなさ過ぎて気持ち悪かった。

 絶対に女言葉と弱気な言葉は使わないと心に誓う。元からそんなキャラじゃないけど。

 鏡は見ていないからどういう外見かわからないが、女らしい仕草は危険だ。

 やたらいい声のオカマになる。うわ、想像しただけでも恐ろしい。鳥肌並みの恐ろしさだ。



 そういえば。

 こちらに来てから何語を話してるんだろう。

 口から出るのは聞いたことのない言語だ。話せるし聞けば理解できてしまう。

 身体が覚えているんだろうか。

 そもそも、この身体は誰の身体なのか。

 元の持ち主はどうなったんだろう。死んだとか?もしそうだったら目覚めが悪すぎる。元から死体だった?それも嫌だ。そんなリサイクル認めたくない。


 いや待てよ。

 そもそも呼ばれたなら還してもらえばいいじゃないか。

 命令に逆らえないってルルティアも言ってたし、断られないはずだ。


「ルルティア、元の世界に還してくれ」


 呆けているルルティアの頬を軽く叩く。


「あ、はいっ!わかりました」


 ルルティアは素直に応じてくれた。

 どうやらできるらしい。これで万事解決だ。

 わたしは元の世界に帰れるし。

 ルルティアは逆らえないなんてことが無くなるし。

 この身体は多分元の持ち主に返せるはずだ。…多分。死んでなければ。


「じゃあ、この魔法陣の中に入って下さい」


 大人しく魔法陣と称された落書きの上に立つ。

 魔法陣をよく見てみると、不思議と何が書いてあって、どういう魔法なのかがわかった。

 これも身体の記憶なのだろう。便利過ぎる。

 どうやらこの魔法陣は望む者を召喚することを目的としているようだ。目的の内容は書かれていない。


「精霊よ。我が元に来たりて路を拓きたまへ。森羅万象の理を正し、あるべきものをあるべきところへ還したまへ」


 ルルティアが杖を振り上げて言い切ると陣が光りだした。

 だがすぐに消えてしまう。


「あれ?なんで?」


 ルルティアがもう一度杖を振り上げる。


「精霊よ。我が元に来たりて路を拓きたまへ。森羅万象の理を正し、あるべきものをあるべきところへ還したまへ」


 しかし光るだけで何も起きない。


「どうして?なんで発動しないの?」

「…どういうことだ?」


 本当は聞きたくない。

 帰れないっぽいオーラが出まくってるし。


「ふ、普通なら今の呪文で返還できるはずなんです。でも向こうに届かなくて…」


 しょんぼりしているルルティアが小動物に見えた。が、それぐらいで許すわたしではない。

 ルルティアに問いただそうとしたが、あることが思いつき口を閉じた。

 もしかすると、帰れなかった原因はわたしにあるかもしれない。ルルティアはどうやらわたしを此方の世界の住人だと思っているようだが、わたしは魂だけとはいえ異世界人だ。しかも知らない人の身体を借りている。

 もしかしたら、ルルティアは何万もの可能性から偶然の事故でこの状況を作り上げてしまったのかもしれない。だから帰るのも偶然の事故じゃないと帰れないのかも。でも、もしそうなら最悪だ。そんな偶然が都合よく起こることなんてまずありえない。なんでわたしがこんな目に遭うんだ。


 理由はなんとなくわかったが、気分は重くなり、前髪をかきあげた。サラサラ感に心が慰められる。


「何か他に手はないのか?」

「ごめんなさい、私ではこれ以上はわかりません…。でも、お師匠様なら何か知ってらっしゃるかもしれません!」


 拳を握り力説するルルティアの提案が、希望を与えてくれた。

 そうだ、まだ帰れないと決まったわけじゃない。

 ルルティアには責任を取ってもらおう。


「そのお師匠様とやらは近くにいるのか?」


 ルルティアは再びしょんぼりした。


「お師匠様は…、その、首都にいらっしゃいます」

「…首都までどれくらいかかる?」

「徒歩で一ヶ月半。馬車で一ヶ月ほどです」


 遠い。

 向こうに帰れるまで時間がかかりそうだ。

 しかもその師匠に会っても方法がわからないかもしれないし。

 簡単に希望を持てない自分の冷静さが恨めしい。

 

 それにしても、この異世界にも一ヶ月って単位があるのか。

 意外に地球と接点があるのかもしれない。


「首都か…」


 ちゃんと帰れるか不安になってきた…。


「私が責任を持ってお返ししますから!っ、きゃぁ!」


 何も無いところで盛大に転ぶルルティアに、ますます不安になるばかりだった。





12/28 修正

主人公の性格が少し変わりました。

より非情になったようです(ぇ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ