デート商法にひっかかった王太子が婚約破棄とかしてきたので、現実見させてやりました
私はアネット・オールセン公爵令嬢。
この国のオーブリー王太子の婚約者。
自分で言うのもなんだけど、名門公爵家の長女という身分もさることながら、10歳でオーブリー様の婚約者に選ばれてからは、王太子妃としてふさわしくあるために、これまで勉学も淑女教育もきちんとこなしてきた。
愛嬌、という点に関しては少し足りないかもしれないけれど、王太子の横に立っても恥ずかしくないように、それなりに見た目だって気を遣ってきた。
だから、今や未来の王太子妃として一目置かれる存在になったと自負している。
そして!
婚約者のオーブリー様といったら!
とってもイケメンなの!
いつも私には紳士的に対応してくれて、パーティに出席するときはきちんとエスコートもしてくれる。
オーブリー様は落ち着いていてとても優しい。穏やかな笑みを浮かべていて、私を覗き込む茶色の目はとても聡明で、この国の将来を見据えているかのよう。
年配の臣下にたいしても礼儀正しく、かといって堂々とお話しになったりする。
この王太子様こそは非の打ちどころがないのではないか、と王宮の皆が信頼を寄せているのだ。
しかし最近、この私の婚約者がなんだかうきうきしている。
あっかるくって、にっこにこ。
「楽しそうですわね。いいことありました?」
と私が聞くと、
「え、ええ? そ、そうかな?」
とにやけ顔のまま少し歯切れの悪い言い方をした。
私だってバカじゃないから、これは何かあるなとピンときた。
だけど、その場ではオーブリー様には何も言わない。
私もにっこり笑って、
「笑顔が素敵ですわ」
とだけ答えておく。
そして、オーブリー様と離れたら、私はすぐにオーブリー様付きの侍従長のダニエルを呼んだ。
太った壮年のダニエルは額に汗をかきながら、急いでやってくる。
「お呼びでしょうか、アネット様? ちょうどよかった、私も少しアネット様にはお話ししたいことがございました!」
「話したいこと?」
私は思わず聞き返した。
「ええ。オーブリー様の支出の件です」
ダニエルはオーブリー様関連の支出の帳簿を私の目の前で開いた。
「こちらです」
ダニエルが丸い顔に収まりきらない眼鏡をずり上げた。
「宝石店や服飾品のお店から請求書がいくつか届いておりますよね。こちらの金額はご確認なさいましたか?」
「え?」
私は指し示される請求書に見覚えがなく、戸惑った。
しかしダニエルは、これらの支出はオーブリー王太子がアネット嬢のためにプレゼントした数々だと信じて疑わない。
私は少し動揺していたけど、敢えて冷静を取り繕って請求書を眺めた。
「あら、えっと、少し記憶が曖昧だわ。今、確認させてくださる?」
自分に見覚えのない請求書は2ヶ月前から始まっていた。
最初は花屋の花束。この金額だと薔薇20本分くらいかしら。
次は有名な洋菓子店。チョコレート細工のお菓子でも買ったみたい。
そして服飾店の帽子。この金額からだとちょっと高級な帽子くらいかな?
それから、茶器セット。店の名前は良く知っている有名店。王室御用達の店だ。この金額だと、その店の物でも自慢の一品を買ったと思われる。
この辺まではまだなんとか贈答品で済ませられる物かもしれない。
しかし、そろそろ雲行きが怪しくなる。
有名デザイナーが構える店のドレス! この値段だとイブニングドレスかしら! もしかしたらバッグや靴も揃えたかもしれないわね。
で、ついにお目見え宝飾店!
宝飾店の請求書は少し数があるわね。しかも良質な石を使う有名どころばっかりよ。私だと気に入ったお店があったらそこの信頼できる方に見繕ってもらうのが多いけど、この請求書を見る限り、あっちこっちの宝飾店で買っているみたい。
最初は、比較的可愛らしい値段のお品を買ったみたいだけど、どんどん値段が吊り上がっていくわ。
直近の物だと、少々値の張る馬車でも買えそうね。
さすがに王族のエンゲージに使われるほどのお品物じゃなさそうだけど、でもこれは相当よ。こんな頻繁にプレゼントするレベルのものじゃあないわよ。
ダニエルは口をへの字に曲げている。
「ね? アネット様。少々こちらはやり過ぎでございます。いくらオーブリー様がアネット様を愛しておられるからといって、アネット様の方も節度を守ってですね」
ダニエルの口調がどんどん説教じみてくる。
「安心して。ダニエル。これね、私じゃないの」
私はダニエルに言った。
ダニエルは「ん?」といった顔をした。
が、まだ信じ切れないように、眉を顰めている。
ええ。私だって信じられないわ。
このお品書き。
どう考えたって、浮気でしょう。
別の女がいるとしか思えない。
「ダニエル。本当に私じゃないのよ、誓うわ。でも、オーブリー様の名誉に関することかもしれないから、少し他の人には黙っていて?」
ダニエルは疑い深い目で私を見ていたが、私が『誓う』と言ったので少し落ち着いた顔をした。
「さて、どうしましょうかね」
私は思わず呟いた。
2.
さて、私がオーブリー様の浮気を知ってから数日後のことだった。
今日はスタントン公爵家主催のお茶会が催される日。
スタントン公爵といえば、オーブリー様の叔母の嫁ぎ先。
そのため、王家縁の者がたくさん参加することになっていた。
スタントン公爵家の、手入れの行き届いたひろ~いお庭。
一点のシミもない、張りのある真っ白なテーブルクロス。
目を見張るような色とりどりのオードブル。
磨き抜かれた銀食器に、曇り一つないグラス。
そんな中、遠目にオーブリー様がピンクブロンドの可愛らしい女性を連れて到着したのが見えた。
私は思わず緊張した。
あの娘、ですのね?
なるほど。
私とは正反対のタイプでしょうか。
ふわっふわの髪、ぷっくりした唇、垂れ目、バラ色の頬。
愛嬌の塊のような笑顔。
でも、オーブリー様からの貢ぎ物は、愛嬌で済ませられるほどの金額ではありませんわ。
私はむかむかしたけれど、そこは王太子妃候補としての威厳、顔には出さないように努めた。
周りに不審がられないように極力自然な仕草で私はすっと席を離れた。
スタントン公爵のお茶会は人々の笑顔と陽気な喋り声に包まれて進んでいった。
人懐っこく恰幅の良いスタントン公爵は、あちこち挨拶に渡り歩いては冗談を言って訪問客を楽しませていた。
スタントン公爵夫人は控えめな性格だったが、それでも執事や侍従たちにあれやこれやと指図して、お茶会が円滑に進むように気を配っていた。
本当に楽しいお茶会だわ。
オーブリー様が変な女を連れ込んだこと以外は。
そのオーブリー様は私の前にはやってきませんけど。
ええ。知っていますよ。オーブリー様が今日何をしようとなさっているか。
ここ数日で、調べましたもの。
さて、宴もたけなわといった頃、急にオーブリー王太子がチンチンと銀食器でグラスを叩いた。
参加者たちは「あら、なあに?」とオーブリー王太子の方を見やる。
オーブリー王太子は、畏まって一礼をすると、
「私事で恐縮ではございますが、今日は皆さまにお伝えしたいことがございます! 私はここに、アネット・オールセン公爵令嬢との婚約を破棄いたします!」
と宣った。
「!!!」
「は?」
「ええ!?」
参加者たちの表情が凍り付く。
スタントン公爵夫妻も口をあんぐり開けて、ポッカ~ンだった。
私はオーブリー様の宣言を聞いて、始まったかと覚悟を決めると、すっと群衆から歩み出た。
「一応理由をお聞きしましょうか」
「アネット……」
オーブリー王太子は私の顔を見るや否や、みるみる罪悪感でいっぱいの顔になった。
「すまない! 申し訳ない! 君にはどんな償いでもする! だが、他に好きな人ができてしまったんだ!」
私は、はあっとため息をついた。
「それは、今日オーブリー様がお連れなさった、ふわふわのピンクブロンドのお嬢さんかしら?」
「そ、そうだ……」
オーブリー王太子はごくりと息を呑んで頷いた。
「で、その方は、今どちらに?」
私は冷静に聞いた。
「ん? あ……あれ? 私の側にいるはずだが」
オーブリー王太子は驚いてキョロキョロとあたりを見渡した。
私はしばらく様子を見ていたが、何も起こらないので、オーブリー様にぼそっと言った。
「……たぶん逃げ出したと思いますわよ、オーブリー様」
「え? は? に、逃げ出した??」
オーブリー王太子は目に見えて狼狽し、もう一度目で周りを捜す。
「はい。先ほどオーブリー様がお忙しく挨拶に回っているときに、ちょっと彼女とお話をいたしましたの。『オーブリー様は今日あなたとの婚約を宣言するおつもりです』とお伝えしたら、彼女、真っ青になっていらしたわ。だから逃げることにしたんでしょうね」
私は淡々と言った。
「は? 彼女と話した? い、いや、で、なんで……逃げるのだ……?」
オーブリー王太子は、一人滑稽なほど取り乱している。
「オーブリー様、簡単に申しますと、『デート商法』ですわ」
私は仕方なく言った。
ぷっ、ぷぷぷっ
くくくくくっ
ふはっ
お茶会の招待客たちから笑い声が漏れ出した。
笑いごとではないのだけど、非の打ち所がないと思われていた王太子があまりにも情けない顔で佇んでいるので、皆、笑いが堪えられなかったのだ。
「デ、デート商法……?」
オーブリー王太子は掠れた声で聞き返した。
「はい。……ねえ、彼女、ティルマン男爵家のバーバラと名乗ったのでしょう?」
私はすっと振り返り、名を呼んだ。
「バーバラ?」
「はい」
呼応するように一人の黒髪の聡明そうな令嬢が前に出た。
「私がバーバラ・ティルマンでございます」
「オーブリー様、こちらが本物のバーバラ・ティルマン様よ。バーバラ様、領地から、わざわざご足労、申し訳ございませんでした」
私はバーバラに深く礼をした。
「いえいえ、アネット様。このように親しくお声がけいただいて、ありがたく思っておりますわ」
バーバラはにこやかに返す。
オーブリー王太子は本物のバーバラ・ティルマン男爵令嬢を虚ろな目で眺めた。
「ピンクブロンドさんへの高額な貢ぎ物もすぐに売りに出されていましたわよ。あんな高額な物を取り扱える業者さんなんて限られておりますからね。すぐ見つかりました」
私はにっこりした。
そのとき、私の傍に、警備兵に拘束されたピンクブロンドちゃんが引き出されてきた。
私はそっと問いかけた。
「本当に恋愛関係でしたら罪には問えないかもと思ったんですけれども、こうして『婚約』と聞いて逃げ出すようでは、『ロマンス詐欺』確定ですわよねえ?」
今日はこうなるだろうと思って、私は自分の屋敷の警備兵を連れてきていたのだ。
もしピンクブロンドちゃんが逃げ出すようなら拘束しなさいと命令しておいた。
ピンクブロンドちゃんは悔しさで唇を噛んでいた。血が滲んでいる。
「くそっ! 引き際を間違えたわ! できた王子だし、婚約破棄するまで思い詰めてたなんて思いもしなかった。そこそこのところで手を打って、さっさと手を引けばよかったわ! ああ、こんなところで捕まるなんて。悔しい!!!」
オーブリー王太子は、もう言葉もなかった。
真っ赤になりながら顔を背ける。
さすがにこの深刻な状況に、もう招待客から笑い声は起こらなかった。
私もちょっと気まずさを感じた。
だから敢えて明るい声を出した。
「さ、皆さまもデート商法にはお気をつけあそばせ! 彼女たちはプロですからね」
「アネット、すまなかった……」
オーブリー王太子は頭を垂れ、謝った。
「オーブリー様。なんて顔しているの」
私は笑った。
「一気に目が覚めたでしょう? もうこれ以上は何も申しませんわ!」
スタントン公爵夫妻はピンクブロンドちゃんを警備兵たちに連行させた。
「私どもの甥っ子がたいへん可笑しな余興を披露したようで!」
スタントン公爵は額に汗を浮かべてはいたが、大きな笑顔を作って腕を振り上げた。
「ささ、気を取り直して、どうぞご歓談ください!」
こんな事案が起こったにもかかわらず、ピンクブロンドちゃんが目の前からいなくなると、「解決したならいいのかしら」「甥っ子さんですものね、何事もなかったことになさりたいのよね」「スタントン公爵のお顔も立ててやろうか」と招待客たちは何事もなかったようにお茶会を継続することにしたようだ。
しかし、すっかりこのお茶会での話題はロマンス詐欺一色になった。
「そういえば、儂にも色目を使ってくる女がいたかな」
「わはははは、おたくみたいな醜い男に言い寄って来るのは、完全に詐欺ですなあ!」
「詐欺と言うな、『金目当て』と言ってくれないか!」
「それ、何が違うんだ」
「わたくし、若くていい男だったら、お金払ってでもデートしてもらいたいわ!」
「でも本気になちゃあいけませんわよ~」
お茶会は驚くほど何事もなかったかのように、人々の笑顔と明るいお喋りの声で楽しく過ぎて行った。
私は、気まずそうなオーブリー王太子にぴったりと寄り添っている。
「このこと一生言ってやりますからね」
私は冗談のように笑って見せた。
「とりあえず、場の空気を乱しましたもの、スタントン公爵夫妻に謝りにまいりましょうか。わたくしも一緒に謝りますから」
最後までお読みくださりありがとうございます!
とってもとっても嬉しいです。
暑くて寝付けなかったらなんかこのお話を思いついて、筆をとってみました。
ところで一つ疑問なんですが、こういう騙された婚約者、皆さま許しますか? 縁を切りますか?(汗)
本作品、もし少しでも面白いと思ってくださり、ご感想やご評価☆☆☆☆☆をいただけましたらとても励みになります!!!
重ねて、最後までお読みくださり、どうもありがとうございました!