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第22話 目には目を

 黒の森の様子がおかしくなって半年。

 森の勢いが増してこれはいよいよ国が動くかという段になって森は閉ざされた。


 数年に一度、こういった現象が起こるので、森の近隣の住民や自警団もそれに関しては『今回は早いな』ぐらいの感覚だった。森に入れなくなって3日あけて、森は再び人が出入りできるようになった。


 しかし、森の様子は随分と様変わりしていた。

 森に立ち込めていた瘴気が消えたのだ。冒険者たちは大いに沸き立った。

 森に住む魔物たちは健在で、弱くなったわけではない。その魔物からとれる素材は貴重で冒険者たちも命がけである事に変わりはないが、瘴気がないというだけで生存率は確実にあがる。


 瘴気は人の身体に害をもたらす。身体が重く、判断力も鈍り、道中倒れる者までいる。

 瘴気に長時間晒され続ければ、無事に帰ってきたとしても数日寝込む者もいる。


 しかし、瘴気がきれいに取り払われている今、その心配はないのだ。


 早速狩に出ようとしたそんな冒険者の出鼻を挫いたのは国の騎士団である。


 黒の森は国の管轄であり、瘴気の消えた森の現状の調査の為に派遣されたのだという。

 そうなれば、冒険者たちには手も足も出せない。


 彼らは国に雇われていいる訳ではないのだ。

 収入源を黒の森に依存している冒険者がいるなら国に掛け合って多少の目こぼしは貰えるだろうが、そんな頭のおかしい冒険者はいない。


 彼らの狩場は別にある。


 特別でもなんでもない魔物を狩って素材を集め、それで糧を得ているのだから。

 切り替えの早い者は早々にいつもの狩り場かギルドの発行する目ぼしい依頼を受けて動き出した。


 一攫千金のチャンスを目の前で騎士団によって潰され、腐る連中は酒場で管を巻く。


 そんな管を巻く冒険者の中に彼らはいた。


 4日程前に活発化した黒の森に足を踏み入れ、生還した4人組の冒険者パーティーである。

 黒の森の中の調査は命の危険が伴う為、強制ではなかった。

 しかしちょっとした情報でも破格の報酬が提示されており、4人は計画を練った。


 まず、後腐れのなさそうな駆け出しの冒険者の子供を雇い入れ、森の周辺のみのはぐれ狩りだと言い、少し上乗せした報酬を提示した。

 子供は少し考え、それでも報酬につられて了承した。


 子供を連れて黒の森からはぐれて出た魔物を狩りつつ、森へと近づいていった。

 それに難色を示した子供はそれでもついてきた。途中で放り出してしまえば報酬はゼロ。完全な草臥れ儲けだったからだ。


 そうして注意を払いながら森に足を踏み入れれば魔物がぞろぞろと顔を出してきた。

 それを見計らって少年を魔物の群がる中に放り込み、できる限りの魔物の様子を観察しつつ森から脱出を果たし、報酬を得たのだ。


 子供に襲い掛かる魔物の様子や種類を報告すれば、報酬は上乗せされて4人の懐は温まった。

 勿論、子供を餌にしたなどとは言わない。一番非力で足の遅い子供が逃げ遅れ、魔物に群がられ助けきれなかったのだと報告した。


 力量が釣り合わない上に臨時で雇った非力な少年という事で多少のペナルティは食らったが、わずかな罰金を払うだけで事は済んだ。


 そうして今度は瘴気の消えた黒の森である。

 これはいよいよ自分達に運が向いてきたぞと他のパーティーと先を競って黒の森に向かったが、それを邪魔したのは国の騎士団だった。


 先の報酬の出所も国であった事と、多少後ろ暗い事をした事もあって彼らはすごすごと引き換えし、場末の酒場で管を巻く事しかできなかった。


 気が付けば、酒場には彼ら以外の客もいない。


 気兼ねなく大声で文句を言い、酒が回り気が済めば、あとはふらふらと自分のねぐらに帰るだけである。


 キィ


 軋んだ音を立てて扉が僅かに開いた。

 そこから身を滑り込ませるように店に入って来たのは外套を深く被った子供である。


 背格好からして10代を超えたあたりの少年か少女だ。ずいぶんと細い体つきに細かな判別はつかなかった。


「なんだぁ?」


 冒険者の男の一人がその怪しげな子供に声をあげた。


「…………」


 子供は無言でかれらのテーブルに折り畳まれた紙片をそっと置き、来た時と同様に扉の隙間に身体をを滑り込ませるようにして出て行った。


「なんだったんだ? 今の」


 別の男が紙片をつまみ上げ、畳まれた紙を開いて中身を確認して動きを止めた。


「おい、その紙、なんだってんだ?」


 隣の男が紙を覗き込み、同様に動きを止めた。


『おい、これ』


 声を潜めて紙を開いた男が他の仲間にも見えるように広げて見せた。

 全員が一斉に息を詰めた。


 それは黒の森の警備態勢を示すメモだった。

 ご丁寧にも侵入経路も書かれてある。


 酒で回らぬ頭で欲に目が眩んだ男達はその濁った目を見合わせて頷き合った。



 §



 はあ、はあ、はあ、……


 激しい息遣いが静かな森の中に響く。


 複数の獣の足音と一人の人間の駆ける足音。


「ひぃっ……!!」


 男が立ち止まり、背後を振り返る。飢えと怒りに満ちた魔物が涎を垂らし、逃げ場を断つように周囲を囲い込む。


 三日の間、森は閉ざされた。その間、黒の森に住む生き物は全て深い眠りについていた。

 森が開かれ、徐々に目を覚ます獣たち。


 騎士団は彼らを刺激しないように、不審な者が近づく事のないように周囲を厳重に見張った。

 森に踏み入って良いのは2日後。それまでは何があっても立ち入る事のないようにと厳命が下っていた。


 そこに侵入した4人組は見つけた魔物が隙だらけなのを良い事に、目覚めたばかりのそれらを狩り始めた。

 突然の強襲と煙る血の匂いに刺激され多くの魔物は怒りとと共に目を覚まし、不調法な彼らに一斉に襲い掛かったのだった。



§



 三日も眠っていたのだ、さぞ腹を空かせていたことだろうと、それを木の枝に足を掛け見下ろしてザイは思った。


 ある者は腕を食いちぎられ、またある者は武器をその場で取り落とし、運よくその場から逃げられた者も魔物が仲間を呼び、すぐに追いかけていってしまった。

 ザイを魔物の群に放り込んだ男は喉笛を食いちぎられ早々に絶命した。あとの二人は足を噛まれ、肩を裂かれその場に引きずり倒され、無様な悲鳴と共に魔物の餌食と成り果てていった。


 強い血臭を放つ彼らに魔物たちは釘付けで、木の上に隠れる小さな子供には見向きもしない。

 折角彼女が整えた森を乱すような真似は気が引けたが、ゴウキによれば小物が森で自滅する分にはフェイは気にしないらしい。


 騎士団は何があっても2日は森には立ち入らない。

 騎士団の警備は厳重だった。そこにゴウキがほんの少し隙間をあけてくれるように頼んでくれたのだ。


 この国にも法は存在する。人間の法で裁けるものはそうするが、異種族が絡むとそうはいかない。なので、異種族とのいざこざは表沙汰にさえならなければ黙認される。


 亜人は亜人の正当な理由でしか動かないからだ。


 オーガや鬼人はやられたらやり返すのが基本だ。

 相手が殺そうとしてきたなら殺す。

 魔物の餌にしようとしたなら、魔物の餌にされても文句は言えない。

 餌に成りそこなったとしてもきっちり殺して魔物の餌にしてやるつもりだ。


 彼らはザイの息の根を止めるべきだったのだ。止めそこなったからこういう事になる。


 ピュイ――


 ザイは小さな鳥の鳴き声のような口笛の音を拾った方角へ目を向ける。

 そしてその目が捉えたものに向かってザイは木の枝を蹴って跳躍した。



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