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第13話 やわらかい

 ザイは御使いが消えたその場をしばらく茫然と見つめ、自身が腕に抱く柔らかな感触に我に返った。

 捕まえるように抱きしめたそれは、彼の知らないとてもいい匂いがした。


 ひたと見つめる黒い瞳から目が離せない。もっとその声で名を呼んでほしい。

 ずっとこうして抱きしめていたい。


 そんな欲が次々と出て来る事に、さっさと放せと急かす理性に身体がいう事をきかない。

 ザイの喉が鳴った。


 彼とて経験がないわけではない。

 食うに困った時は食事や金銭を条件に一夜を明かした事は何度かある。

 この容姿や年頃を好む女は意外と多い。その手の女は互いに深入りする事を嫌うのも都合が良かった。


 それについて特にどうと思った事はない。


 なのに。


 ぎしり、と動きが止まる。どう動いていいかがわからない。かと言って彼女を掴んだその手は強張ったまま放せないでいる。

 胸が早鐘を打つ。彼女の顔がずいと近づく。ザイの心臓がひと際跳ねた。


「ザイ」


 今度はその小さな唇に目が吸い寄せられる。


「ザイ、そろそろ放してくれないか?」


 眉尻を下げた彼女の困った顔を見てザイの思考は止まった。

 彼の一方的な欲望よりも彼女を困らせてはいけないという思いが勝った。

 ザイは自分自身よりも出会ったばかりの他人を優先させた内心の変化に驚いた。


 ぎこちない動作でゆっくりと手を離し、腕を解く。


 ほっと息を吐いた彼女を見て、彼が抱きしめる力が強くて苦しかったのだと考えが及んだ。


「ごめん」


 殊勝な言葉が口をついて出る。

 生まれてこの方、他人に対して使った事のない言葉だ。


 彼女を困らせた。それだけでこんなに素直に言葉が出るとは思わなかった。


「どうした? どこか具合が悪いのか?」


 内心の戸惑いが表情に出ていたのだろう、こちらの顔を覗き込み、頬に柔らかな手が当てられる。胸にもどかしさが去来する。


 触れて欲しいのはそこではない。


「フェイ」

「どうした?」


 ザイは一旦口を噤み、目を伏せ、ぼそりと呟いた。


「つの、が、いい……」


 フェイが驚きに息を呑む。自身の頬が熱くなるのを感じた。


「だが……」

「いい。フェイ、なら、いい」


 頬に触れた手がびくり、と震えた。


「そう、なの、か?」


 どこか困惑したような、わずかな震えを帯びた彼女の問いに、ザイは顔を伏せたまま小さく頷いた。

 顔に熱が昇り顔が上げられない。


 細い指が額を探り、恐る恐る触れる。本当に触れて良いのかと、ゆっくりと。その指に突起を押し当てるように額を指に寄せると指が一瞬止まり、今度はどこか安心したように角を撫で始めた。

 ザイは目を閉じる。顔はまだ熱い。


 ふと、目を開けると彼女の膝が目に入った。ぐらり、と身体が傾ぎ、気が付けば彼女の膝に頭を預けていた。彼女の動きが止まった。驚いたのかもしれない。だが、一旦離れた白い手が額に降りて来る。彼女の膝の柔らかな感触と額を撫でる手の感触の心地よさにザイは瞼と一緒に意識も降りていった。






  §






 ああああああああああーーーーーーーーっ!!!!!!!!


 私は心の中で大絶叫をあげた。


 何っっっっっっだこの生き物!!!!!!!!


 私を殺す気か!?

 私をその可愛さで殺す気なのか!?!?!?!?


 私は心の中でのたうち回る。


 もう1,2年も経てば大人らしく成長するだろうに、それでも背伸びしたい年頃なのだろう。

 子供という単語に激しく落ち込み、それにきょうだいが面白がって煽り、追い打ちをかけて元気づけるというよくわからない事をして去っていったのはつい先ほどの事だ。


 ザイがきょうだいから私の身柄をひったくったまま、離す様子は全くなく、大事なぬいぐるみを奪われぬようしっかりと抱きしめる幼子を思いだした。


 やっと解放してくれたザイの様子がおかしいのでどこか体調が悪いのかと様子を見ようとその頬に手を当てて確認しようとしたら、頬を染め、可愛らしい仕種で角がいいと強請る。


 ああああああああっっ!!!もう!!


 撫でてやる!! 撫でてやるとも!!気の済むまでいくらでも!!!

 内心鼻息荒く、しかしその衝動を極力逃し、やり過ぎてしまわないように細心の注意を払って角に触れる。


 そろりそろりと触れればものたりないのか額を押し付けてくる。


 その可愛らしさに胸が高鳴る、確か異世界あちらには『キュン死』というものがあった気がする。ならば私は本当に死んでしまうかもしれない。と真剣に悩みだした頃、「そんなワケないでしょう」というきょうだいの幻聴ツッコミが聞こえた気がした。


 分かっている。分かっているぞきょうだい。我らに死の概念がない事くらい

生まれた時から理解している。だが、心が叫ぶのだ。


『可愛すぎて死んでしまう』


 落ち着け、落ち着け、と一旦角を撫でる手を止め己に念じ、心を落ち着かせる。

 そうして改めて角を撫でてやれば程なくしてその細い身体が傾いだ。


 その頭が私の膝に載る。


 その額に手を当てれば、やはり熱がある。


 あのまま大人しく眠っていれば問題はなかったのだろうが、きょうだいを相手に警戒したり怒ったりと色々忙しかったのだ、仕方ない。


 つい昨日の事なのだ。


 荒れ狂う瘴気の満ちるこの森の中で魔物に襲われ傷だらけのところを蛇の毒を受けたのは。

 神経はすり減り身体も限界だった筈だ。年頃と思われるそれよりも幾分細く小さいその身体にはこの森に入る以前の疲労もあったにちがいない。


 安心して身体を休められた場所がヒトの住む街ではなく黒の森というのも皮肉なものだ。


 きょうだいはこの子との邂逅を指して神の導きと言った。

 それはヒトの聖職者が言葉にするあやふやなそれとは全く違う。


 ゲームのシナリオを今一度振り返る。

 登場人物は結構な数がいたが、私とザイに該当する人物キャラクターはいなかった筈だ。

 ゲーム自体の開始はまだ先だが、黒の森の様子を見るに既に舞台の下地作り(・・・・・・・・)が始まっているのだろう。


 ここはゲームではないのでシナリオ通りに進める必要はない。

 私が彼らに直接関わる事がないのなら、私は彼らがシナリオを進めやすいように舞台の下地に手を入れよう。


 膝を枕にして眠るザイを見る。

 きょうだいが揶揄ったとは言え、私に対してとんでもない懐きぶり(・・・・・)を発揮した可愛らしい子供。邂逅は神の導きであってもその先はわからない。育ち、力をつけて、それでも私と共に行く事を選ぶなら、連れて行ってもいいのかもしれない。


 だが今は。

 彼の額に唇を寄せる。


「今はゆっくり休みなさい」


 私は深く眠る子にそっと囁いた。

この温度差よ・・・。

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