ニンゲンロン
……距離が近い!!!
パーソナルスペースは守りましょう。
「そうです、けど」
「うわあ、お久しぶりです」
と僕の手を握ったまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねてる彼女は、すごく可愛らしい。
照れて愛想笑いをしながら僕は後ろへ一歩下がるが、
「ところで先輩、何で敬語なんですか?」
とできた距離をすぐに埋めてくる彼女。
「何で、って」
そりゃあ、、、知らない人だから。
「ナツ先輩、私ですよ。もしかして、分からないんですか?」
と彼女は少し悲しげな表情を見せてくる。
「え、いや、待って、そんな、オレオレ詐欺、みたいな」
目が泳ぎまくって、彼女の足元にある小さい花と目が合った。
「はあ、酷い人ですね」
一瞬、彼女の顔を見ると、うんざりって言っている。
「……ごめんなさい」
顔を手で覆って、自分の失態も覆い隠してしまいたかった。
「中学の時、部活の後輩だった渡辺です。覚えてませんか?」
「え、ひまりん?」
渡辺 陽葵。中学時代は眼鏡をかけた地味な子って印象から随分と変わっている。
「そうですよ、コンタクトにしたから分からなかったですか?」
「うん、すごい変わったね」
彼女の変化に圧倒されて、ありきたりな返答しかできない。
「先輩は、そのまんまですね」
と笑われる。
「そんなあ、変わってない?」
「んーちょっぴり?大人っぽいかも。身長とか」
「身長?」
中学時代は少ししかなかった身長差も、だいぶ今では広がった。
「ほら、こうすると───」
いきなり、彼女に抱きしめられた。彼女の頭が肩の位置にある。
「ちっちゃくなったね」
と照れ隠しに笑いながら冗談を言うと
「先輩が大きくなったんですよ」
と若干、拗ねた様子だ。
どんぐりの背比べがもうできない。ノスタルジックな気分で、彼女の頭を撫でた。
「ふふっ、懐かしいですね。その手」
「え?」
「私のことを優しく撫でてくれる手、すごく好きでした」
抱きしめたまま、表情は見えないが、心臓の音は聞こえる。これが僕のか彼女のかは分からないけれど。あの時と同じ、愛おしいという気持ちが蘇る。
「今は?」
「好きですよ、ずっと」
素直な言葉で伝えてくれる彼女に僕は少し驚きながらも嬉しさで唇を噛み締めた。彼女をさらにぎゅっと抱きしめて、僕の胸の痛みまで伝えたい。
「ずっと、こうしてて良い?」
「もっと、大人っぽくしてください」
と可愛い我儘を言われた。
わかってはいる。けれど、できそうにない。
そんな、子供のままの僕では、大人な彼女とは釣り合わないだろう。
何だか、幸せなはずなのに虚しさを感じてしまって、さらに悲しくなった。
「顔見せて」
と見つめ合う。僕に期待している彼女とは裏腹に、僕の心は窮屈でまだ苦しいまま、閉じ込められている。
「先輩」
彼女が僕に唇を差し出してくるが、
「もう僕は先輩じゃないよ」
とシニカルに笑う僕は、ああ、性格悪ぃ。
申し訳程度に額を唇で触れた。
「じゃあね、渡辺さん」
もう二度と会いたくない。けれども、好きだったよ。
最後、きょとんとした彼女の顔が忘れられない。人間は、変わるものだ。
「僕は変わってないけど、ね」
ベッドに寝っ転がって、一人で大反省会。
とは、いかなかった。四人もいる。
「ナツは良くやったよ」
と褒めてくれるのがハルさん。
「キスもろくにできねえのかよ」
と貶してくれるのがアキ。
「兄さんに彼女なんていらないよ」
と論点が逸れているのがフユ。
僕のベッドの周りで好き勝手に論争される。
僕の専門家達は、いつもと変わらない。
この世界は、僕の脳内世界で、彼女がああやって具現化したのも、僕の妄想、夢の中だ。
最悪なのは夢のせい。
傷つけても失敗しても、現実じゃないのならば、彼女は傷ついていないし、僕は失敗していない。
「そうでしょ?」
「それもそうじゃないみたいだけど」
とハルさんがニヤついた。
「どういうことですか?」
「ナツ、ここに珈琲を持ってきてくれるかい?」
とテーブルをコンコンっと指の関節で叩いた。
ここは僕の脳内だから、珈琲ぐらいは……
「ふふっ、出ないでしょ?」
僕の腹の内を読まれた。と同時に、ハルさんの考えも僕に伝わった。
「ここは僕の脳内じゃないかもしれない、ってことですか?」
「んなの、ありえねえよ。俺達がその証明だ」
「もし、天国があるとしたら?」
「あははっ、とうとうイカれちまったか?天国も地獄も存在しねえ、天使も悪魔もいねえもんなあ」
「天使と悪魔はいなくても、ここの空間はナツが創造したものじゃなさそうだけど」
「だからあ、ありえねえって。誰がこの部屋の家具間取りまで知ってるって言うんだ?ほら、言ってみろよ」
「……僕の記憶を盗まれたとしたら?」
「はあ?」
「夢の中で物理法則が当てはまるのは?僕の知らない人がたくさんいるのは?冷蔵庫の中身が空っぽなのは?」
次々と疑問点が浮かび上がってきた。
「おい、何言ってんだよ」
「不自然なくらい、父さんも母さんもいないもん。やっぱりおかしい」
フユが懐疑心を煽ってくる。
「じゃあ、このスマホは?服は?」
大袈裟にアキが僕の所有物じゃないものをアピールして、創造だということを主張した。
「君の魂が求めたんだろうね。ほら、私も高そうなスーツを貰ってしまった」
ハルさんは呑気に笑いながらスーツを自慢している。
「これは兄さんの創造?」
ゲーム片手にフユに質問される。
「そうだとしても、この空間を操れるわけじゃない」
操れるのはこの肉体のみ。
現実世界と何も変わらないじゃないか。
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