レアキャラぢゃん
「言いたいことって言おうとした瞬間に忘れるよね」
ハルさんがそう言って笑った。
ああ、勘違いして欲しくないから言うけど、これは共感して欲しいわけじゃなくて、事実として今この瞬間、こういうことが起きたという報告だから。まあ、内容がないのには変わりないんだけどさ。
苦笑いした。
僕は甘々のショートケーキよりも唐揚げが好みの人間だから、その苦笑いに愛想笑いをした。
「覚えてねえのかよ」
甘党のアキくんが辛口で僕に言う。
そんなことを言われても、何を覚えてないのかも覚えてないんだ。わかるわけがない。
「兄さんは、睡眠薬と酒を飲んで」
フユにそう言われると、気持ち悪いくらい、あのときの記憶が鮮明に蘇ってきた。
「無事、死んだ?」
僕は頭がおかしいから、平気で死を受け入れて喜べるよ。天国か地獄かと言われれば、ここは天国だと思う。
「……植物状態」
訂正、地獄か。
ハルさんがさっき言おうとして忘れたのがよく分かった。言いにくいことは僕も、忘れたと言って誤魔化していた。
お通夜よりも暗い雰囲気。
「なんだ、生きてんのかあ」
無駄に。
「さっさと殺しちまえばいいのに、なあ?」
このアキの言葉には共感しかなかった。
死んで償え。迷惑だ。生きてんのも気持ち悪い。
もう僕は死ぬしかないのに。
「ナツ、私はナツが生きててよかったと思っているよ」
「何なんですか?その言葉、すごくいらないです」
椅子の上に靴を乗せて、体育座りで泣いている顔を隠した。自分のことでいっぱいいっぱいな人間には他人の気持ちを考える余裕など一ミリもない。
「ハルはナツの気持ちが全然わかってねえな」
言うなれば、フルマラソンのゴール直前で脚が骨折するみたいな絶望を脳内に入れ放題したあとにまたフルマラソン走ろうぜって言ってるようなもん。
アキが優越感に浸りながら嘲笑う。
「でも、本当に私は」
ハルさんは言いかけた言葉を飲み込んだ。
沈黙が続く。ナツの咽び泣く声と、フユのポテチを齧る音がよく響いた。
「ナツ、いつまで泣いてんだよ。そろそろ、うざってえんだけど」
テーブルにスマホを乱雑に投げたアキが口を開く。
「ごめんなさい」
謝っても涙を止められるわけではない。
「ううん、泣いていいんだよ」
ハルさんがアキとは違う意見を主張する。
アキがそれに対してムッとした表情を見せた。
「兄さん、ポテチ食べる?」
「いらない」
「じゃあ、寝る?」
「うん、永遠に寝てたい」
そう言うと、フユに何処から持ってきたのか分からない毛布をかけられた。
そして、驚いて顔をあげるといつものベッドと抱き枕。さらに驚いた。
「サメちゃん!!!」
僕の愛しているサメの抱き枕をきつく抱きしめて締めつける。
「僕は正真正銘のゴミになったよ、燃やせないゴミに。……さっさと焼却炉へ入れてくれ」
泣きながら訴えて、サメちゃんを絞め殺す如く、抱きしめた。サメちゃんは何も言わない。だから良い。
思いっきり泣いて、泣き疲れるまで泣いて、人の目も何も気にせずに泣いた。
「静かだ」
泣き喚いていた僕が嘘みたいにただ息をした。
脳内には誰もいない、攻める声も慰める声もない。
空っぽになって、全てが消えている。
「兄さん、泣き疲れた?」
フユがリビングの方から僕の部屋へやってきた。
「フユ、五月蝿くしてごめん」
「ううん、一緒に寝よ」
と僕のベッドの中に入ってきて、僕が抱き枕を抱きしめるように僕を抱きしめてきて、でも痛くないようにギュッとされた。
「今日は休もう、また明日からやればいいじゃん」
後ろから抱きしめられているので、後ろから声が聞こえて何だか不思議な気分。
「明日から何をするの?」
「これから何をするか、考えるところから」
「ふふっ、死ぬしかないよ」
「兄さん、暇つぶしも苦手なの?」
自由に死ぬことを許されない僕は人生の時間を潰すしかないみたいだ。
時間は死ぬほどあるから死んだように寝てしまおう。
「フユ、それ楽しい?」
結局、寝れなかった。僕はフユがやっているスマホゲームに興味を持った。
「そこそこ」
「あっ、勝った」
WINという文字がスマホ画面に大きく映る。
「こいつら、最強なんだよ」
と使っているキャラクターを見せられる。
「SSRばっか」
「勝つも負けるもキャラ次第だから」
僕は生まれた時点でザコキャラ。
「何か、残酷だね」
どれだけ育成しても、レアキャラには勝てない。
ドラクエみたいに、みんなが勇者じゃないんだ。
「そうかな?」
何食わぬ顔をしてゲームを続けるフユ。僕にはドラクエの方が向いている。
漫画の主人公はみんなギフテッド。僕は違う。
主人公に僕はなれない。
家から出ると、そこには変わらない景色が広がっていて、歩きながら美人に視線を奪われる。あっ、目が合った。……キモイかな、僕。
「あの」
多分、目が合った綺麗な女性。
「あっ、すいません」
今度は目も合わせられず、地面だけ見つめて逃げようとした。
「え、ちょっと」
突然、僕の手を掴んできたので、フレーメン反応した猫のような顔でまた目が合ってしまった。
「ふふっ、何ですかその顔」
笑顔が可愛らしい女性だ。
「それは、その、手が」
「あっ、すいません。つい」
僕が指摘すると、すぐに手を離してくれたが、本音としてはそのまま掴んでいて欲しかった。
「じゃ、じゃあ?」
その手を上にあげて、ぎこちないパーを作る。
「いや、待って」
と肩に手を置かれ、
「やっぱり、ナツ先輩ですよね?」
顔を見合わせて、彼女が嬉しそうに笑う。
パーにしていた手は、彼女に指を絡めて握られたことにより、グーに変えられた。
「え」
暫くフリーズして、最初に出た言葉がこれだから、僕はゴミだ。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、してもらえたら嬉しいです。
作者のモチベに繋がります。