勇者さまと駆けっこ 其の七
「勇者さん、勇者さん。どうぞ呼ばせて下さいなっと」
もはや四の五の言うつもりはない。
言い逃れられやしない。力の差は歴然。
あなたを勇者と認め、敬服します。
「こんな筈ではなかったとか言わないのだな」
え?
おいらが素直に敗北を認めたから拍子抜けした様に
彼がつぶやいた。
「……」
◇
彼はその後、おいらにこんな話を打ち明けてきた。
昔はおいらと同じ……。なんと、おいらと同じであっ
たと語ってくれた。
「だけど、あなたの体格、風格、凛々しき瞳。銀の二枚羽
ないけれど、富士の山の不動の如く、どっしりずっしり
空の雲など見下ろすかの様だ」
それが幾年か昔、こんなおいらと似たような境遇だったと。
勇者さんの昔の姿は、なんと! 売れ残った果実だそうな……。
「そう、あれは確か……」
敗者は勝者のどんな言葉も受け止め、生涯を捧げる約束だ。
何でも聞かせてもらうさ。
『果樹園の木々の中、一番立派な樹に果実として産まれた』
……満足だった。体つきや健康状態に最も恵まれ、誰人より
も輝いていたわたし。
太陽に一番近く、誰人をも見下ろしていた。
誰人よりも心地良い風に吹かれて、誰人よりも暖かな日差
しをその身に受け、誰人よりも清々しい曙をその瞳に照り
返して、誰人よりも脚光を浴び続けて居た……。
やがて収穫の時が訪れた。
わたしを一番に刈り取ってくれるであろう「その手」は幾日
過ぎてもわたしの所へは届きはしなかった。
…………誰人にも見上げられていた至福の毎日、皆の眼差しに
酔いしれ、自惚れに明け暮れる日々。
満足していた。
やがて冬が近づいた。
熟れても同様に残った仲間も居はしたが、心と体は共に枯れて
逝き、堕ちて逝き、そして土に還って逝った……。
誰人よりも恵みを受けて生きてきたわたし。
その永い寿命の故に苦痛と淋しさ襲う中、今日まで朽ち果てて
逝く者たちの見届け役になってきた。
誰人よりも永き寿命の故に。
哀しき宿命をもって産まれたわたし。
幾ばくも無い余命を皮肉にも悔し涙が潤し続けた。
やがて訪れるであろう《死》の世界を待ち望む様に人生を恨み、
諦め、俯いてばかり居た日々。
そんな真冬の厳しさに打ち震えていたある日。
読んで下さってありがとう。