異世界召喚の転移陣!簡単に捕まると思うなよ?~異世界召喚大国日本で生きていると転移陣に勝てるようになりました~
六限目の始業のベルと共に目の前の女の子が消えた。
「え! さゆり!」
友人が突然消えた怪現象を目撃した女子生徒が驚きの声を上げる。しかし、次の瞬間にはその生徒も忽然と姿を消すことになる。
「な、何が!」
現代日本で突然人が消える光景など誰が予想できようか。
――――――否
神邑天威こと俺自身にとってはよくあることであった。
次々とクラスメイトが消えていく中、親友である月村真が話かけてきた。
「天威! これなんなんだ!」
真は赤く発光する幾何学模様から必死に逃げていた。
「わからん」
「というかなんでお前は平気なんだよ!」
真や他のクラスメイトは模様に追われ、捕まると姿が消えていく。
「真がんばれ。捕まったら二度と戻れないぞ?」
「天威! お前これ何か知ってるのか!」
我が親友は、幾何学模様から華麗に逃げながら俺の周りを器用に周っている。
「最近流行りの異世界転移陣だ。捕まると剣と魔法の世界に召喚されて魔王と殺し合いが待ってるぞ」
「まるで行ってきたかのようなセリフだな!」
「勿論、俺は異世界帰りの勇者だ。こんなお粗末な転移陣には捕まらないさ」
真と話している間に他の生徒は転移させられたようで、周りに残っている人間はいなかった。
「出来れば助かりたいんだけど親友さん!」
限界が近いのか、額には大粒の汗が浮かんできており、息も絶え絶えだった。
「安心しろ、これは全員転移しないと成功しない類のやつだ。つまり俺が逃げ切ればみんな元通りになるよ」
「最初から言えよ勇者様ぁ! 後は任せたぞ!」
自分の頑張りが無駄だと悟った真は逃げることを諦め素直に転移陣を踏んだ。
「ふぅ……真意外に凄いよな」
一般生徒たちはあっという間に呑まれていったのに対し、真は逃げるという選択肢を素早く取り、実際逃げ続けていた。
「あいつは勇者になるな」
他の者とは明らかに違うポテンシャルを持っている真は勇者になるか、もしくは努力で無双するタイプの転移者だろう。
真が転移したあと今までの喧騒が嘘のように静寂が訪れた。
「最後はやはり俺か」
余裕をかまして未だ席に座っているが、教室の前方には今までの転移陣とは明らかに違う色のものが出現していた。
『今回こそは来てもらうからね!』
その転移陣から声が聞こえた。どうやら今回は気合が入っているらしい。
「異世界に来てくれってか? 俺の役割はもう終わっただろ」
『そんなこと知らないわよ!』
余りにも一方的な意見を押し付けられて辟易とする。
俺は一度異世界に召喚され世界を救っている。
そして元の世界へ帰還したわけだが、何故か異世界から再度召喚されようとしているのだ。
親兄弟や友人のいる世界を捨てるわけにもいかないので、全力で拒否し続けているのだが一向に収まる気配がない。
捕まらない俺に業を煮やしたのか、最近は音声付きの超高性能転移陣が使用されるようになった。
「その転移陣使うの大変だろうに……よくやるな」
『アンタが逃げるからでしょ! 今の状況を説明しても来てくれないし!』
「次行ったら帰れる保証がないっていうのに行くわけないだろ」
『それでも……この世界にはあなたが必要なの!』
「他の奴にしろよ! 俺に家族を見捨てろというのか!」
『っ!!』
息をのむ音が聞こえる。無駄に性能が高いのもどうかと思うが……。
「わかったなら他を当たってくれ!」
『当たったわよ!!』
急に大声になりびっくりする。
『あなた以外の勇者にお願いをしたわ』
それは、この勇者召喚大国日本から他の人物が異世界に行ったということだろう。
『ダメだったの……でも、あなたを呼び戻したいのはそういう理由じゃないの。私のわがままだってわかってる! あなたのことが好きだから! 何も言わないでいなくなるなんて酷いじゃない!』
「すまん」
想いに応えてやることはできない。
この世界に帰る前、彼女の想いには気づいていた。
日本に帰ると言ったら全力で止めるだろうとも……だからこそ言えなかった。
俺は彼女と争うことが嫌だったのだ。
『このわからずや!』
もう話すことは無駄だと言わんばかりに転移陣が動き出す。
「すまん……」
もう一度謝ってからこちらも動き出す。
異世界の現状を聞いて再度助けてやりたいと思ったが、勇者は二度目の召喚例がない。
この転移陣は本来俺には適用されないはずなのだが、彼女がどうにか改良を加えて俺を召喚するための転移陣を作成したらしい。
凄い執念だと思うが、あの世界を忘れると覚悟を決めた俺からしたらいい迷惑だった。
ここからは怒涛の鬼ごっごだ。
迫りくる転移陣を避けながら教室の前の方へ避難する。
『捕まったら観念しなさいよ!』
「捕まえられたらな!」
こうなってしまってはあの世界への想いも完全には断ち切れない。
嫌でも記憶が蘇るし、かつての仲間からのアプローチだ。
異世界の仲間たちとも過ごしたいし、日本の家族も大事だ。
どちらをとっても悲しい別れになってしまう。
「そんな難しい転移陣なら長いこと持たないだろ?」
『今回はリリィも手伝ってくれたわ』
どうやら厄介なパターンらしい。
「リリィか! 今回は本気みたいだな!」
『毎回本気よ!』
リリィとは、異世界での仲間の一人なのだが魔法に長けており、俺の師匠でもある。
流石師匠が手伝っているだけあって、いつもの転移陣より滑らかな動きをしている。
『これならいけるでしょ!』
流石に避けるだけは辛くなってきたので妨害も加えていく。
『ちょっと! 机を使うのは反則よ!』
「反則なら罰してみろよ!」
転移陣は意外にも物理的な妨害が有効だ。
直接破壊は出来ないものの、物や壁などを通り抜けることが出来ないのだ。
なので、もし転移陣に追いかけられることがあったら是非試してみて欲しい。
机の上を渡り歩くとこちらは飛び飛びで移動できるが、転移陣は一度地面に降りてから登ってくるので、地面で逃げるよりも時間が稼げるのだ。
しかし俺は勇者だ。
転移陣という不思議魔法がここに存在している以上、勇者の力というものが存在できるのもまた道理なのだ。
仕組みは知らないが。
「残念だがその魔法陣は不合格だ!」
黒板の方へ移動して赤いチョークと黄色いチョークを取る。
『やった! 捕まえたわよ!』
転移陣の主から喜びの声が上がった。
「リリィに言っておけ! 干渉されるようでは甘いってな!」
『なっ!! アンタ何やってるのよ!』
俺の足元に入り、転移のために光を強めた陣へチョークを突き刺す。
「現代日本で最強の転移陣作成ツールだ! 文化祭とかで人気だぞ!」
『そんなものがあるわけ、え、きゃああああ!』
向こうで弾かれたのだろう。
チョークによる書き換えにより、転移陣が崩壊を始めてしまった。
『あ……た…ぜ……さい!』
崩壊している陣から途切れ途切れの言葉が漏れてくるが、何を言っているのかわからない。
「頼むからもう来るなよ」
――――――光とともに世界が戻ってきた。
「神邑君! 席に座りなさい」
「はーい」