9 不殺のタクティクス2
馬車で揺られながら、私はベーブルースの伝説を思い出していた。
父が彼のことを高く評価していた。
かつて父は、最高クラスのモンスター――鬼神ヴェルザークに一度は勝利している。当時の私は、父がどれ程すごかったのかよく分からなかったが、相当な使い手だったことは幼心でも分かっていたつもりだ。
そんな父が、ベーブルースのことをこのように言っていた。
――球界、最期の救世主、と。
ベーブルースは球界の勇者だったのだ。
こんなエピソードがある。
今日のようなよく晴れた日だった。
ベーブルースはジョニーという少年と病院で約束を交わした。
ジョニーは重い病気におかされており、歩くこともできなかった。
そんな彼に向かってこう言ったのだ。
「君の為にホームランを約束する」と。
ジョニーは真っ青になった。
野球という殺人ゲームでホームランなんて打ってはダメだ。
一塁には強力な重装備をしたファーストがいる。
それを倒しても二塁付近には、セカンドとショートと呼ばれる次なる守護が立ちはだかっている。
セカンドの多くはシーフや忍者属性の者が多く、素早さに重点を置いたツインダガーや軽量で破壊力の高いミスリルダガー、小太刀やクナイなどを装備している。ベーブは見た通りの巨躯。素早さにものをいわせた高速攻撃をさばききれるだろうか。
更に脅威は三塁地点だ。
ベーブの足だと、おそらくサードだけではなく、レフト、そしてセンターまでが三塁までがやってきているかもしれない。きっとピッチャーまでが加担して道を阻むだろう。
たった一人で、サード、レフト、センター、ピッチャーを攻略できるだろうか。
そんなジョニー少年の心配をよそに、ベーブは力強く励ましているのだ。
「必ず君の為にホームへ戻る」
昔はそうとうやんちゃをしてきたのだろうが、今はその面影もないくらい優しさに満ちた顔をしている。
ジョニー少年はベーブの手を握った。
その時の少年はまだ、ベーブを疑っていたのかもしれない。――僕はベーブさんが好きだ。カッコいいと思う。だけど野球は何でもありの殺し合いだ。だから僕は……。ベーブさんは好きでも野球という殺人ゲームは嫌いだ。殺さずなんてやっていたら、いつか殺されてしまう。
そんな気持ちから、ふと心に湧いた疑問を問うた。
「ベーブルースさん。どうしてあなたは殺さずの野球をやっているのですか?」
「ジョニー君。本当はね、野球は健全なスポーツなんだ。いや、健全なスポーツでなくてはならない。誰ひとり死ぬことのない楽しいスポーツ。それが野球の本当の姿なんだ。だが……」
何を言おうとしたのだろうか。
ベーブは一瞬、声を詰まらせた。
これは憶測でしかないのだが、おそらくこれ以上言うと野球連盟の上層部に睨まれてしまうのではないのだろうか。野球から殺人を取り除けば、刺激が減り、それがファンの減少へとつながり、その結果、マニアックなスポーツになりさがってしまう。それは例えるなら剣闘の試合で、真剣ではなく模擬用の剣を使うようなものである。
球界の発展を考えるなら、野球から殺人部分を取り除くなんて、口が裂けても言えない台詞だったのかもしれない。
そんな閉鎖的な社会を変えるべく、ベーブルースは孤独な戦いを続けていた。
そして少年と約束した次の試合で――
ベーブルースはバットの先を場外へ高く掲げ、予告ホームランを言い放った。
敵チームは大喜びして、背中の大剣をギラリと抜いた。
何度も言うが、この野球と言うゲームでホームランは意味をなさない。すべての塁を通ってホームベースまで戻ってこなくてはならないのだから。
ベーブが塁に出たら、この剣でぶっさしてやる――敵陣の選手はそう考えていたに違いない。場内はそんな殺伐とした空気に包まれていた。
ジョニーは叫んだ。
「ベーブ! 打ってはダメだ!」
だが。
ピッチャーの投げる剛速球。
もちろんピッチャーは、ベーブに打たせるつもりなどない。
ピッチャーの狙いは頭部。
デッドボールで一人殺せば、敵陣殲滅へと一歩近づく。
時速200キロ以上の脅威なる弾丸が、ベーブの額へ向かって放たれた。
目にもとまらぬ高速弾丸。
それを勇者ベーブは、縦一文字に切り伏せた。
玉はぐんぐん伸びる。
そして見事場外ホームランとなった。
敵陣の装備は剣だけではない。
キラーボーに矢をつがえるライトがいる。
魔法を詠唱しているセンター。
召喚魔法を念じているレフト。
そしてファーストは背中のギガトンアックスを抜いて、ニカリと笑って大きく構えている。
「無茶だ! ベーブ、行っちゃだめだ!」
だがベーブルースはバットを投げ捨てて、颯爽と走りだした。
「見るがいい。これが真の野球だ! スポーツマンシップにのっとったフェアーなプレーだ!」
敵の放つ攻撃や弾丸、ドラゴンの炎をかいくぐりながら、一切の反撃をしなかった。
ただゴールを目指し、直進を続けた。
何度となく敵の攻撃を浴び、血が噴き出た。
観客たちは、最初は「反撃しろ! おめぇに大金をかけているんだぞ」と煽っていたが、何があろうとベーブは反撃をしなかった。
その姿に一人、また一人、心を打たれ、いつしか球場すべての者がベーブを応援していた。
そして遂にホームベースを踏んだ。
その時ベーブは大声を上げた。
「ジョニー君。いかなる困難の壁が立ちふさがろうが、絶対にできるという強い信念さえあれば成し遂げることができる! 私は約束を守ったぞ! 次は君の番だ!」
ジョニーは号泣し、思わず歩いていた。
いや、ベーブが敵の攻撃に耐えながら塁を回っている最中、ジョニーも同じ気持ちで必死になって進んでいたのだ。
歩けないと医師に宣告されたはずなのに――
それでもジョニーは自らの足で立って、ベーブと一緒に戦っていたのだ。
その後、ジョニーは病を完治させベーブのような強い勇者を目指したらしい。
私は球界の勇者が、どことなくこのカノンを操縦していた前任者と酷似しているような感覚に襲われていた。
非力な老人をかばい、弱者を守るために軍まで立ちあげた。
その勇気は称えるが、果たしてそれが良かったのだろうか。
その行動の結果、たくさんの人々をあやめてしまうのかもしれない。
球界を変えようとしたベーブもそうだ。
その後、彼にあこがれて殺さずの野球を始めた者もいる。
だがその結果は言わずと知れている。
ベーブほど強ければ、偉業を果たせたかもしれないが、皆が皆、天才と言う訳ではない。
戦争の真っ最中で、一人だけ殺さずを誓ったところでどうになるものでもない。
ひとり縛りプレーをやっているだけだ。
すぐに殺されてしまうのがオチだ。
実際、そのまま殺されていった野球選手だって少なくない。
果たして勇者は人々にとって必要な存在なのだろうか。
もし勇者がいなければ、人々は悩まなくても済んだのかもしれない。
今向かっている場所は、人の命を賭けて盛り上がる胸糞の悪い場所。
だけど大衆はそれを望んでいる。
面白ければそれで良い。それが大衆の心理なのかもしれない。
父が鬼神を倒して何人の人間が喜んでくれたのだろうか。逆に鬼神を倒すことで鬼神を慕う多くのモンスターに恨みを買ったと卑下する者までいた。
大衆は勇敢なる正義を認めない。
自分に益を出してくれるものなら悪だろうが歓迎する。
だから野球が生まれた。
それなのに私はどうして球場に向かっているのだろうか。
アイゼンハードの西部に位置する、マッダ新球場へ到着した。
熱気あふれているすり鉢状の球場内へ歩を進めていった。
ゲームは既に始まっており、ターンは3回表。
兵士の一人が妙な事を言っている。
「カノン様。今日の試合はちょっと異様です」
「どうした?」
「私はかつてギャンブル中毒になり、野球もかなりのめり込んだクチなので、3回まで進んだらどうなっているか大体分かるのですが……」
「どうしたんだ? ハッキリ言え」
「えーとですね。まだ死者がでていません」
それは良いことだが、言われてみれば確かに相手を殲滅させれば勝ちというルールの中、それは奇妙なことなのかもしれない。
場内の観客は親指を下に向けて「殺せ! 殺せ!」と狂気に湧いているというのに、それに逆行しているかのような見事な試合が続く。
いや、片方のチームは相手の殲滅を狙っている。
目では見えないが、私は6歳まで勇者の両親に育てられてきた。その中で、洞窟などの暗闇を想定した訓練もあった。
そのとき習得したスキルは、今でも体がしっかりと覚えていたようだ。
選手が放つ強い気で、だいたいの行動が憶測できる。
チーム名――ゴブリンズの打者は、三振されたというのにバットをピッチャーに投げつけてきた。
ピッチャーはそれを優雅にジャンプでかわすと、大声を上げた。
声は女のようだ。
声の張りからすると16、7くらいか。
「どう? 見た? 野球は殺さなくても面白いんだよ!」
観客は少女に野次を飛ばしている。
「ざけんな姫菊! 俺達はお前のような美女が悲壮感漂う顔をしながら死ぬところを楽しみにしているってのによ!」
なんと胸糞の悪い観客なのだろうか。
だが、ここはそういう場所。
姫菊と呼ばれた少女は更に大声を上げた。
「私はこの汚れた野球を正義のスポーツに変えてみせる。だって私は球界の勇者の血を受け継ぐ者だから」




