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57 ゆとり教育と野球5

 金四郎はバットで肩をとんとんと叩くと、グランドに置いた白いベースを指さして野球のルールを説明していった。


 投げたボールをバッドで打ち返して、その間、次々ベースを攻略していくハードアクションタクティクスゲーム。それが野球だ。子供心をくすぐるトークで金四郎はルールの解説を続けた。子供たちの目はまるでこれから初めての遠足、初めての旅行、初めてのデート前日を迎えるかのように、キラキラとした瞳でルールを聞いていた。



「おい、お前。先公のくせになかなか楽しそうな事を知っているな」


 口は悪いが、金四郎はみんなの興味を引いたようだ。



 そして半数ずつに分かれた。

 13人と14人。

 ゲームルール上、一度に参加できる人数は各チーム9人。

 ゲームに参加できない者の中には、ぶーとふてくされてはぶてる者もでたが、後半に交代させると約束してなんとか納得させ、いよいよゲームは始まろうとしていた。



 そこで事件は起きた。

 突如、金四郎の足元にらせん状の粒子が生まれ、次の瞬間、彼の視界は変わっていた。


「な、なんだ? ここはどこだ?」


「先生。あなたはここで高みの見物をしてもらいます」


「え?」


 金四郎はあたりを見渡した。

 ここはどこだ?

 どうも高い塔の上のようだ。

 どういう訳か体はロープでぐるぐる巻きにされている。

 見下ろすと、子供たちが遥か下のグラウンドで野球を始めようとしている。



 これはスポーツ用品店オーナーの差し金か?

 どうしてこんな真似を?

 どうして私だけを隔離するのだ?



 疑問に思う金四郎とは裏腹に、子供たちは金四郎に習った通りそれぞれの持ち場につきゲームを始めようとしていた。


 ほぼ同時にオーナーの声が辺りに轟く。


「いよいよこれから新感覚で斬新でエキサイティングでスリリングなスペシャル野球が始まろうとしています。観客のみなさん、見えていますか?」


 金四郎は首を傾げた。


 観客?

 それはいったいどういうことだ?


 フェンスの外には王様と犬を散歩させていた強面な近所のおっさんがいるくらいだ。王様はフェンスを握ってしっかり見ているが、おっさんは昼間だと言うのに酒をちびちび飲んでいい感じに赤くなっている。わざわざ呼びかけて確認する必要などもないだろうに。


 その時だった。

 学校のグラウンドの周りが、地響きを上げて揺らいだ。砂塵と一緒に何やら浮上してきた。それはパネルのようだった。ドーム状にグランドを覆ったのは無数の水晶パネル。



 その水晶パネルには、金四郎の教え子たちと同世代の子供たちが映っていた。

 ゆとり教育に毒されて夜盗と化したゆとり戦士のようだ。

 手にはたいまつがあったり、鉄パイプがあったりと様々だ。

 民家を放火中の子や、強盗中の子なのだろう。

 

 パネルに映った子は顔を近づけてくる。おそらく遠隔地に水晶玉でも設置して、この場所を中継しているのだろう。カメラをマジマジと見つめるように顔を近づけてくるゆとりたち。


「ねーねー。これから何が始まるの?」


 オーナーははつらつとした声で、彼らに返す。


「ゆとりのみなさん、これから面白いショーをお見せします。すごくスリリングでエキサイティングですよ。応援してくださいね」


「ダリー」


 口では面倒と言いながらも、ゆとり戦士の子供たちは興味津々に水晶玉を覗き込む。



 ピッチャーになった子がボールを大きく振りかぶり、そして投げた。


 初めての投球。まともに飛ぶはずもなくボールはふわりと弧を描き、バッターの足元にぽんと落ちた。


「おいおい、これじゃぁ打てないぞ」


 呆れたバッターの少年と、ドンマイというキャッチャーの少女。


 観客のゆとり戦士たちも「なんだ、なんだ。ちゃんと投げろカス」と毒づく。それとほぼ同時だった。



 ボールはぴかりと光ったかと思うと、すさまじい炸裂音と共に爆発したのだ。

 金四郎は目を疑った。


 たった一瞬。

 ピッチャーのゴンキチがボールをぽんと投げた。それだけだった。ただそれだけ。それだけで2人のクラスメートが真っ黒になり、服は溶け、そして横たわり……絶命したのだ。



 ゴンキチは真っ青になる。



「ククク。これが野球です。ボールは爆薬、バットにはロケットランチャーが仕込んであります」


 金四郎は言葉を失った。喉から血が出るかの如く叫んでいた。ロープを引きちぎろうと無我夢中で腕に力を入れた。

「エリカァァ!! 三太ァァァ!!!」

 

 いくら頑張ってもロープを引きちぎろうとしても、体の自由は奪われたままだ。どうしたというのだ。この私が……二宮金次郎の血を受け継ぐ熱き教育者正統後継者この私が、こんなロープごときで……


 きっとこの塔一帯には力を抑える術でもほどこされているだろう。魔法教育のプロでもある金四郎が、得意の火炎魔法を詠唱してもキャンセルされる。


 くそったれ。

 この男はいったい何を始めようとしているんだ。


 金四郎はとにかく叫んだ。


「みんな! 逃げろ! 今すぐ逃げろ!」


 ゴンキチはグローブを脱ぎ捨てて、グランドの端へ走る。


 だが野球用品店オーナーな不気味にケタケタ笑いながら言った。


「ククク。無駄ですよ。逃げても無駄。逃げるなんておやめなさい」


 ゴンキチに続き、数名の子たちもグランド端まで走って行ったその時だった。

 地面が盛り上がり派手に爆発したのだ。



「ゴンキチィィー!!!!」




「あははははは。だから逃げても無駄と教えて差し上げたのに。人の話をちゃんと聞かないからそうなるのです」



「キサマァァ! 我が教え子をどうするつもりのだ!!」



「だから言ったでしょう。これから脱・ゆとりを始めると。さぁみなさん野球を再開するのです」


 子ども達は完全に震えあがっている。散々暴言を吐いたアツシも例外ではなかった。真っ青になってガクガク震えていた。


「どうして怯えているのですか? 君は確かアー君でしたね。覚えていますか? あなたは先生のご自宅を放火して、奥様とお嬢様に酷いことをするとか言ったのですよ。ちょっと自分が逆の立場になっただけで、怖気づくのですか? それでもゆとりですか? ゆとりとはその程度なのですか? ゆとりはすごいのでしょ? 最強なんでしょ? 自由自在の発想で、何だってできちゃうんでしょ? ゆとりの力を見せてくださいよ」



 水晶玉を眺める別のゆとり世代の子供たちは、わくわくした表情で絶叫している。


「なにこれ。超おもしろい!! もっとやれ!」




 金四郎の口元には血が、そして目からは涙まで流れていた。悔しくて悔しくて強く歯を食いしばったに違いない。血が出るほど強く。何もできないことがもどかしてくて、涙しか流せない自分が情けなくて。油断した自分が許させない。こんなやつに、我が教え子を好きにされてたまるか。それなのに自分はなんて無力なんだ。それでも力の限り叫んだ。


「やめろ! やめてくれ! 頼むからやめてくれ……」


「どうしてやめなくてはならないのですか。やめませんよ。あなただって望んでいたではないですか? 脱ゆとりを。これは脱ゆとりの儀式。脱ゆとりの宴。イニシエーションは始まったのです。これからなのですから。これより、この世界に絶対的な幸福と最高の秩序をもたらせてあげます。脱ゆとり、そしてその先にあるまだ誰も見た事のない新世界の再来を。我が、究極のタクティクスによって」

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