49 殺人野球の心
『熱い感動がここに! たくさんの死者を乗り越え、勝利するのは誰だ!?』
壁一面には野球観戦を促すポスターが貼られてある。
行き交う人々は、その刺激的なポスターに目を奪われる。
血みどろのボールを握る選手の足元には、たくさんの死者が山のように連なっている。美少女投球士が血まみれになり、装甲も破壊され半裸になって死んでいる姿を激写する熱烈な野球ファンもいる。
小さな子供が父親の手をとり、ポスターの前までやってくると、
「ねーねー、お父さん、週末は野球観戦に行こうよ」
「そうだな。今シーズンはかなり面白いしな。ダークムーンのゲルフィッシュなんて超絶好調だし、もしかして殺傷数最多記録がでるかもしれんしな」
「まだまだ分からないよ。知ってる? お父さん。サンライトアローに牛尾選手とレオ選手が移籍したんだよ」
「あの殺さずとか言う時代遅れのクソチームにいたあの二人が?」
「そうなんだ。甲子園では最強殺人タッグだったあの二人が、サンライトアローに移ったんだよ!」
「スゲーな。超見ものだな!」
「ねーねー、今週は野球観戦に行こうよ!」
「あぁ、もちろん!」
「約束だよ」
そのような会話が飛び交う大通りで、姫菊とアークは街頭演説をしていた。
ビールケースをさかさまにしてその上に立ち、ボール紙で作った簡素な拡声器を片手に大声を張り上げている。
「みなさん! 野球はみんなが楽しむための健全なスポーツです。人の命を粗末に扱うところではありません! 今こそみなさんの強い意志で殺人野球を放棄し……いたぃ」
沢山の石が飛んできた。
「辞めろ! 辞めろ! この非国民!」「何が殺さずだ! そんな野球で金をとる気かよ!」「消えろ、ゴミプレーヤー!」「あぁ、早く俺は、姫菊がボロボロにされて泣かされながら、髪を引っ張られて顔を持ち上げられ、私が間違っていましたとかバットで殴られながら力づくで言わされて、惨たらしく殺される姿が見てぇぜ」
そのような汚い言葉が飛んでくる。
それでも姫菊は、涙目になりながら必死に訴え続ける。
その姿を遠巻きから見ていた男がいた。
野球用品店オーナーにして野球連盟最高権力者とも通じる、名うての大商人――ゴンザークだ。
「……何が殺さずだ……。
この偽善者が。
クソの役にも立たない戯言を言っているんじゃねぇよ」
気に入らないといった表情をしたまま、そのような言葉を吐き捨てた。
ゴンザークには確信がある。
この混沌と無秩序に包まれた闇の世紀を救うには、殺人野球しかないということを。
だから小声でぶつぶつと続けた。
「国は渋々ではあるが、カジノを許している。
故に、市民のフラストレーションを解消できるのだ。
国は渋々ではあるが、免許を与え風俗営業を許している。
故に、市民の性犯罪を抑制できるのだ。
人は過ちを犯すという。
だがその過ちという概念そのものがおかしい。
過ちとは、すなわち法よりはずれし行為。
法など、その時代の支配者が好き勝手に作ればいいだけの都合の良いルール。
だが法とは便利な道具。
それに従わない者は死刑という行為でこの世からドロップアウトさせてやることができる。
法は皆に何をすべきかを教えてくれる。
法は皆に居場所を作ってやることができる。
法に従う者には、壁の中の世界に。
法に従わぬ者には、壁の外の世界に。
すべては秩序と均衡によって作られている。
その最終形態の法が、殺人野球なのだ。
殺人野球には、確かに残酷な一面もある。
だが、それだから良いのだ。
何故なら潔癖な正義は、悪よりも恐ろしい。
必要悪という言葉がある。
殺人野球こそ、まさしくそれである」
そこまで言うと、一度姫菊を見上げた。
「お前たちは学ばなかったのか?
かつてのアヘン戦争。
その教訓により我々は学んだハズだ」
アヘン戦争。
かつてこの世界に、その名で呼ばれた凄惨な戦いがあった。
この戦争に、正義などなかった。
古き伝統と歴史を持つシーン王国と、アイゼンハード随一の大国であるエゲレンツ帝国との卑劣な攻防戦がそれである。
シーン王国の茶や陶芸品は、目を見張るものがあり、エゲレンツ帝国の庶民の間で大ブレイクをしていた。だからシーン王国から大量に輸入していた。
しかしエゲレンツ帝国には、それに代わる特産物がなかった。
このままではエゲレンツ帝国は貿易赤字となり、銀はシーン帝国に吸い取られていく。じりじりと銀はなくなっていく。エゲレンツ帝国は窮地に立たされていた。
エゲレンツ帝国はこのように思っていただろう。
歴史だけ長いだけの弱小国家に好きなようにされてたまるか!
そこでエゲレンツ帝国が目につけたのは、植民地だったイード島で栽培できるアヘンだった。アヘンは体に良くないものであることは知っているが、お前らだって茶で成功しているんだ。似たようなもので儲けて何が悪い!
イード島の農民を酷使し、ケシの量産に成功した。
これでエゲレンツ帝国にも、シーン王国の茶に匹敵する特産物ができた。あとは交渉に持ち込み、利益を獲得するだけ。
だけど真正面から持って行っても、奴らはアヘンを購入してくれないのだ。
くそったれ!
俺達は大量に茶を購入してやっているのに、貴様ら調子に乗るな!
こうなったら密輸だ!
だがこれが大ブレイクした。
シーン王国に住む低所得のみんなは、アヘンを欲しがっていたのだ。
やったぞ。これでwin-winの関係になれた。
そうエゲレンツ帝国のトップは思っていたに違いない。
だがアヘンが大量に出回ることで、シーン王国は大混乱を招いた。
庶民たちは麻薬漬けになり、やる気は衰え、働くことを放棄し、犯罪に手を染める者が急増していった。治安も最悪となった。
――ここで立ち上がったのが、我が祖父、リーソクジョーだった。
彼は貧しい幼少期を育ったが、正義感溢れる若者だった。
国を衰退へと導くアヘン極滅の為、戦った。
アヘンを扱う商品は卑劣かつ狡猾だ。
袖の下で誘惑してくる者も多く、その額だって破格だ。
だが当然の如く、祖父はそれに屈しなかった。
アヘンを扱う輩は悪だ。
その悪を一匹たりとも逃がしはしない。絶対に根絶やしにしてやる!
まるで殺人野球の極滅を願う姫菊京香のように、祖父はどこまでも純粋に戦ってきた。
リーソクジョーは取締りを強化し、密輸する業者に重い罪を与え、アヘンを徹底的に没収して破棄したのだ。
だがエゲレンツ帝国の将軍は逆切れして、戦争を仕掛けてきた。当時最強と謳われていた東インド傭兵団のフリゲートを派遣してきたのだ。
シーン王国は歴史こそ長いが、軍事力は時代に大きく取り残されていた。
エゲレンツ帝国は最新鋭の魔法や武具、そして新型戦闘術、更には圧倒的兵力をもって報復に成功した。王国の主要都市ひとつをもぎ取り、更に多額の賠償金を負わせたのだ。
祖父はこの聖戦に敗れた。
まさしく外道の外道による外道のための難癖。
それがアヘン戦争。
シーン王国が悪くないように思えるが、実は違う。
どうしてこうなったのか?
それは潔癖な正義は、悪よりも卑劣ということを歴史が証明してくれただけなのだ。
エゲレンツ帝国は本音を言えばアヘンを売りたかった訳ではなかった。
シーン王国と互角に貿易がしたかっただけだ。
だが、その方法を知らなかっただけ。
それを教えてやればよかっただけなのに。
だが目先の勝敗に執着するが故、根柢にある問題から目を背けてきた。
それがこの戦争の教訓だ。
殺人野球も同様。
大衆は、他人の成功を妬み、他人の不幸を喜ぶ哀れな生き物。
だが国は99%の大衆から成立する。
大衆に正義など不要。
大衆は正義など求めていない。
例えば授業中――
発表者が間違ったらクスクス笑うだろう。
もし立派な答えを言って、先生に褒められたら悔しいだろう。
そいつの靴に画鋲でも仕込もうと思うだろう。
社会人になっても同じだ。
同僚が出世したとき、表向きにはおめでとうと言うだろうが、こっそりそいつの茶に青酸カリを仕込むだろう?
それが大衆の心理だ。
だから大衆には適度な毒と甘い蜜を与えてやらねばならぬ。
それこそ殺人野球だ。
時代が求めている、正義と悪を超越した次世代の哲学。
殺人野球こそ、すべての衆生を救う最高の法なのだ!
ゴンザークは姫菊の演説に半分程耳を傾けながら、己の哲学を心の内で語っていた。
石を投げられても涙ながらに訴え続ける姫菊同様、ゴンザークの意思だって固い。
「美しいことを言うのは簡単だ。勝手に心が高揚し気持ちよくなれる。それを自己満足という。姫菊京香。キサマがそこでやっているのは、公開オナニーと同じだ。気持ちいのは自分ひとり。誰の心にも響いていない。
だから俺がそれを教えてやるよ。
俺は祖父を尊敬していた。
まっすぐに生きた偉大なる指導者。それが俺の知る祖父の姿だった。
でも最後は戦争を引き起こした原因を作った戦犯にされちまった。
愚民の為に一生懸命戦ってきた祖父の晩年は、苦労の連続だった。
左遷され、後ろ指を指され……
だから言ってやるぜ。
お前らのやっていることは、圧倒的に小さい。何が殺さずの野球だ。あまりにもくだらんわ。この世界のルールは、愚民を喜ばしてなんぼってのによ。プロになりたい奴は、どうせ金に目がくらんだ愚か者。ほっておいたら犯罪……いや戦争をも始めちまうだろう終わった奴らさ。そして観客も同様。人の不幸が楽しい奴らばかりだ。頑張っている人が地に落ちるのを見て興奮するどうしようもねぇクズ。殺人野球があれば、こんなクズどもを球界という小さな世界に閉じ込めておけるのだ。
殺人野球こそ最高の娯楽にして、究極の監獄。
どうしてそれが分からない。
どうしてそれを認めようとしない。
クズにはクズの居場所がいるんだよ。
アヘン戦争を起こす前、貿易で負け続けたエゲレンツ帝国に行き場がなかったように。
姫菊よ!
その程度の浅知恵で、俺の崇高な哲学を覆せると思っていること自体が愚行!
だがな。その前に一つ忠告してやるぜ。
そろそろ逃げた方がいいんじゃねぇの?」
ピーと笛の音がなった。
憲兵達がやってきたのだ。
「やばいですよ。姫菊さん」
「待って。アーク君。まだ言いたい事があるの!」
アークに強引に手を引っ張られ、姫菊は人ごみの中に走っていく。
憲兵達が槍を手に、「待て! 危険思想者!」と追いかけていく。
その姿をゴンザークは冷ややかな目で見つめていた。




