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4 背徳の勇者カノン2

 この兵舎は谷に位置すると言っていた。


 なるほど。

 夜になり人の声がやむと、獣の慟哭が耳にながれてくる。その寂しそうな遠吠えは決して嫌ではない。

 まるで故郷を想い出す。

 そこには頼もしい父がいて、優しい母がいて、そして……

 

 

 だがそこは――

 

 

 だからなのか。

 獣たちの声が、まるでやすらかな鎮魂歌のように聞こえてくる。

 

 

 私は8人のカノンをやり過ごした安堵感からか、少しばかり感傷にひたっていた。だからなのだろうか。カノンの本体に意識を集中し、見えぬ目をいっそう深く閉じ、獣たちの唄声を聞き入れたいという心境にかられていた。




 このカノンの肉体の主導権は私にある。

 このままダイブするのは容易である。




 だが――

 私は視線を感じ、意識の分断を止めた。

 

 

 その視線は、重くも鋭くも冷たくもない。

 ただ私をじっと目視しているだけ。



 我々がカノンの肉体を制御する場所は、脳幹の中でも最も下部に位置する後頭部にある延髄。その場所を、寄生虫やつらは『エテルノ』と呼んでいるらしい。イタリア語で永遠の場所という意味らしいが、肉体を持たない者がいうにふさわしい言葉なのだろうか。



 その垂れ下がった毛細血管の向こうからじっとこちらを直視している。



「……どうして気付いた、アクア」



 声音で分かった。

 寄生虫の中でもっとも地味とされている、アースか。



 恨めしそうな顔で睨めつけている。



「どうしたの? アース」


「アクア、また点数稼いじゃったね。そんなにみんなに好かれてどうする気?」



 無個性なアクアならこの質問にどう答えるのだろうか。




「……別に」

 と無難にそっぽを向いた。




「そうね。あなたは冷たい子。私のような地味な子になんて興味はないもんね」



「ええ、ないわ。だからとっとと消えてくれる?」



「そうしたいんだけどさ……

 私にもようやく友達ができそうかなって思って」



 何かぶつぶつ言っているけど、この手の話に付き合っていてはきりがない。

 だって相手は、カノンに巣食う寄生虫の一人なのだから。



 視線の主が、デタラメな性格をしたゴールデルやフレイヤでなくて良かった。

 私は面倒な話をそうそうに切り上げようとしていた。

 だがアースは視線をどこか遠くに向けて、妙なことを口走った。



「ねぇ、とこであなたは何子ちゃんなの?」



「……私はアクア。何を言っているの?」



「ふーん、私は見たんだ」




 見られたのか!?




 私はオリジナルのアクアを殺した。

 後ろから手刀で一突きにして仕留めた。

 そして憑依した。




 それをこいつは見た。

 そうなのか!?





 再度アースの顔に視線を戻した。

 全寄生虫から地味の烙印を押されたこの女は、あどけない表情でにんまりと笑っている。

 



 殺るしかないのか!?




 一定の距離を保ち真正面に対峙している以上、攻撃を悟られず一撃で仕留めることは不可能。


 相手は地味とはいえ、私より長い人生を歩んでいる。

 おそらく地味タクティクスなんてのを戦闘術にまで昇華させ迎撃してくるに違いない。

 


 私が知っている限り、地味程恐ろしいものはない。

 地味の究極体である職業プロニートなんて、極めたらかなり最強クラスになってしまう。ニートタクティクスに勝てる者はそういないだろう。地味とはすなわち、それに付随する未知数のタクティクス。



 対する私は――


 悔しいが、今の今まで眠っていた。



 もし使えるタクティクスがあるとしたら――

 それはこの肉体と共に経験してきた悪女タクティクスしかない。

 心で泣きながらいつも見ていた。

 

 珍念という立派な僧侶にこんなことを言った。彼は托鉢で手にしたお金を貧しい子供や可哀そうな野良猫の為に使っていた心優しい少年だった。

 そんな彼に――ヴァルナはワイバーンに殺されるから、無料で葬式をあげてやりなって。ヴァルナは、勇気を奮って私をパーティに誘ってくれたというのに。

 そして大笑いをした。

 そんなことばかりしてきた。

 

 あの二人が、のちに聖騎士と大僧侶になれたというのを知って、心からうれしくなったが、他のカノンは皆面白くない顔をしていた。

 

 

 そんな悪の体で私は生きてきた。

 だから私が熟知している確かなタクティクスは、悪。

 冷静な目で、悪とは何かを見てきた。

 悔しいが、悪のタクティクスなら一定以上の効果を発揮できる自信がある。

 

 

 果たして悪女タクティクスなんて、言っている私も痛々しいと思えるスキルが、戦闘術として役に立つのだろうか。


 だが。


 もし職業プロ地味のアースが容赦なく牙をむけば、私はそれに迎撃するしかない。


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