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38 鬼神の目的

「いらっしゃいませ」


 奴が伊藤か。

 スタイリッシュなスーツを着こなした若者が丁寧に頭をさげてきた。

 店内はこじんまりとはしているが、錬成された見事なデザイン空間だ。 


 どこから話せばいいのだろうか。私の正体を伝えれば、彼の助力は困難になるだろう。ととりあえず自己紹介をしておく必要はあるだろう。



「鬼頭と申します」



 学園で支給された名刺を伊藤へ手渡した。伊藤はそれをシャープな手つきで受け取ると、眼鏡の中央に指を添える。



「鬼頭先生は、回復魔法専門学校の講師をされているのですね。さて、本日はどのようなご用件ですか?」



 この男は些細な発言や行動だけで、物事の本質を見抜くと噂されている。

 それは魔界の王ですら、すべての財宝をなげうってまで参謀に迎え入れていれたいと望むくらいだ。


 なんて尋ねれば良いのか、皆目見当もつかない。

 下手に言えば、素性がバレてしまう。

 

 少しの間、冷静になって考えてみた。

 思考を張り巡らせる。

 そしてひとつの戦略を思いつく。



 ……このように聞くのがベストだろう。

 

 

「……伊藤氏よ。私の悩みが分かるか?」


 このように問うと、伊藤の次の発言から、奴の実力が分かる。

 そしてここから話を展開させていけば、口を滑らせて素性がバレるリスクが未然に防げる。

 

 少しの間をおいて、伊藤は口を開いた。


「いいえ。……ただひとつ分かることは」


「……分かることは?」


「あなたは冒険者ではない。そしてあなたがここに来たのは、武器を買いに来たのではない。あなたはどこかでわたくしの噂を聞き、それを勝手に妄信して、ここがどのような所か知りもせずやってきた」


 私が目を丸くしたのは言うまでもない。

 ズバリ言い当てた。


 もしかして伊藤には予知能力があるのだろうか?


「……ど、どうしてそう断言できる!? 伊藤氏は未来を見ることができるのか!?」


「いいえ。

 わたくしは商人、職業柄、数手先を予測することはありますが、未来が見ているかと問われれば、Noと応えます。

 未来とは不確定要素の集合体。

 ちょっとした出来事で、未来というステージは大きく変化していきます。ですから、この世界は面白いのです」

 

 伊藤は眼鏡の中央に指をあててそう言った。

 

「さて、どうして? ――とお顔をされていますね。それは簡単です。あなたはこの店に入り、ほぼわたくししか見ていない。冒険者であるのなら、店の主よりもこの店に置いている武器にまず、注目するでしょう。そして疑問を抱く。どうしてここには、とある一種類の武器しか置いていないのかということに。あらかじめここがどういった物を扱っている店か予習してきた場合なら尚のこと。

 ですが、それをしなかった。

 おそらくあなたは武器を必要とされていない。

 なら冒険者ではございません。

 そして自己紹介をされた。

 それは、わたくしとの会話を望んでいるということ」




 伊藤は冒険者ではないという言葉を使って、直接的な表現をごまかしているのかもしれない。


 ――冒険者ではない。

 

 もっと言えば、人間でも……

 ふふふ。さすがにそれはないか。

 まさかたった数分で、そこまで見破れるはずもない。


 ただ奴も、所詮人間だった。

 ひとつ重大なことを読み違えている。


「私は武器を必要と感じてなどいない。武器は大切だ」


「なるほど。あなたは武器を必要と感じている……。それなのに武器屋の店内を見ようはしない。……つまりあなたは、この世界の武器にあまり関心がないのかもしれませんね」



 ……この世界の武器……


 まるで誘導されるかのように、私の口から暴露してしまった。人間界に置いてある武器に興味がないという意図ともとれる言葉を発しただけはあったが、これは致命的な発言だ。

 奴はそこを見逃さない。


 そして奴は口にした。

 ――この世界……と。


 まるで私が違う世界からやってきた表現だ。

 完璧に見破られている。



 やはり伊藤はただ者ではなかった。



 それに――



「もしかしてそなたは私のことを……」



 伊藤は私に沈黙をさせるかのように、スタイリッシュに人差し指を立てた。


「それをお聞きしてしまうと、わたくしはあなたをお客様として接することができなくなるかもしれません」



 こ、こやつ……


 そこまで言うと、伊藤はニッコリと目を細めた。



「鬼頭先生は回復魔法の学園に勤務されている。そしてお困りごとが起きた。それは本来であれば、あなたの力をもってすれば、解決できるようなレベルのお悩みだった。

 先生の全身からあふれ出ているバイタリティーを見れば、それは分かります。

 でも、あなたはそれができない。

 何らかのしがらみによって」



 ……その通りだ。



「わ、私は……どうしたらいい?」


「まずひのきの棒を2本ご購入ください」



 ひのきの棒、1本、5ゴールドもする。

 2本で10ゴールド。


 10ゴールドなんて大金、今の私にはとても払えない。

 どこかでバイトをするしかないのか……



「……金はなんとかする。でも、ひのきの棒なんかで一体どうすればいいのだ? 私の課題は小さくないのだぞ?」



「はい。そうでしょう。ですから、あなたの絶対的な最終目標を達成させるために、強力な武器が必要なのです」



 私の最終目標。

 それは人類を屈服させること。


 良いのか? 伊藤。

 私に手を貸すということは、そういうことなのだぞ。


 確かにその目的を成就させる為には、強力な武器はいるだろう。

 二人の勇者を倒し、その娘を封じ込めるには、この愛刀の魔剣だけでは不十分だ。

 そのために9つのカルマを集めている。


 だが伊藤が購入を勧めているのはひのきの棒だ。

 攻撃力たった1のゴミくず。



「あまり有名ではございませんが、ひのきの棒は最強の武器なのです。そしてひのきの棒タクティクスを極めた者はありとあらゆる敵を、一瞬で粉砕できます」



 ……私がひのきの棒タクティクスとやらを極めたら、人類を一瞬で粉砕できる……

 伊藤はそう言っているのか?


 私は不安になってきた。


「本当に良いのか? 私は頑張ってバイトをして10ゴールドを貯めたら、必ず買いに来るぞ。そしてひのきの棒タクティスとやらを会得してしまうかもしれないのだぞ。本当にそれで良いのか?」



「はい、わたくしはお客様の幸せを心から願っております。それではまたのご来店をお待ちしております」



 そう言うと、伊藤は丁寧に頭をさげた。

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