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3 背徳の勇者カノン1

 ハディスがアクアにくだした命は――現状調査である。

 ハディスは、ゴールデルとフレイヤを通じおおよそは見当ついているのだと思うが、アクアを派遣した理由は、もっと詳しい状況を知りたいからなのだろう。



 今の私にとって最もありがたい任務だ。



 脳幹の表面を手で触れた。

 ふわりと赤く輝きだす。

 そのまま私は脳幹内へと体を沈めていく。

 これでカノンと完全にシンクロした状態となった。


 耳に神経を集める。コツコツと階段を歩く音、咳き込む声、様々な音が耳に入っていくる。どうやらこの建物は、わりと大きいのかもしれない。

 


「カノン様。カノン様」


 男の声が聞こえてくる。



「先ほど大きな音がしたので、勝手に部屋に入らせていただきました。桶につまずかれたのですか?」


 首を縦に振っておいた。


 遠くから小声が聞こえてくる。

 こちらを見ているのだろう。私の話をしている。


「ちげぇよ。うちの大将は発狂しちまったんだよ。きっと戦況が悪化しておかしくなったに違いない。先日だって、何も見えないとか言いながら、エリエル参謀殿の頭をボカスカ殴っていたしな」


「しぃ! 聞こえるぞ」


「大丈夫だ。もうあの人格者だったカノン将軍ではないんだよ。だってここんとこ、カノン将軍はクルクルパーになっているから、こんなヒソヒソ話なんて聞こえるもんか」



 なるほど。

 前任者は相当な人物だった――

 だがその後、何らかの理由で精神の入れ替わりが起こり、後任したゴールデルとフレイヤがグチャグチャにしたのか。



 鼻梁に力を入れる。

 ムゥとする消毒の臭いに、鼻を抑えた。



 数こそ分からないが、この建物には傷ついた兵士がたくさんいるようだ。

 何と戦っているのかまでは分からないが、戦況は最悪……ってことか。

 そしてエリエルという男が、カノンの側近なのか。


「エリエル参謀はどこだ?」

「あ、はい。ここに控えておりますが」



 また小声が聞こえる。


「ほら、将軍は狂っている。さっきから声をかけている者が誰かすら分からないようだしな」


 先程の男達のようだ。

 遠巻きから私を見ているのか。

 距離を置き、もう一段回声を潜めている。

 常人ならとても聞き取れない微量な音だが、脳髄の奥から外界を見続けた私にとっては、十分に聞き取れる音量だ。


「この戦いはもうだめだな。俺、逃げようかな」

「おい、先日、カノン将軍は逃げたら殺すとか言っていたぞ」


「だったらよ、いっそのこと、カノンを殺さないか?」

「お、おい! 大それたことを言うな!」


「いや、だってよ。俺は奴がこの時代を変えてくれる英雄のように思えてついてきたんだ。だけど、実際はこの有様。部下を殴ったりわがままを言ったり、もう無茶苦茶だ。あいつ、もう大義もへったくれもないんだろ」


「それは俺も感じた。マジでやるか?」


「おう」




 私は声のする方に歩を進めていった。



 男たちは黙り込んでいる。


「しょ、将軍様。どうされましたか?」

「お前たち。私を殺す気か?」


「え、え、え、いえ。ど、ど、どうしてそのような事を!?」


 相当慌てているのだろう。

 私は腰の剣を鞘ごと抜くと、男に手渡した。


「どうせ私には使えない代物だ。これで殺せ」


「え!?」


 誰かが物凄い勢いで駆けてくる。

 この足音はエリエル参謀か。


「い、いけません! カノン様、一体何をおっしゃっているんですか!」

「私は謀反を起こされて当然の振る舞いをした。だから剣を渡したのだ。私を斬れ」




 私の言動を8人のカノンが注目しているのを感じる。

 ゴールデル……フレイヤ……

 特にハディスからは、物凄い殺気を感じる。

 

 だがハディスは絶対に表舞台にでない。

 いや。

 出られないのだ。

 カノンは性格によって目の形が異なる。

 誰だって多少の変化くらい起きる。置かれた状況や気分などで目つきが変わることは、それ程おかしいことでない。

 だがカノン・ハディス。

 奴の目は、まるで邪神でも乗り移ったかのように恐ろしく尖っている。

 姿こそ同じではあるが、まさに悪魔だ。

 

 だから余程の状況にでもならない限り、出てこない。

 

 他のカノンに指示しようにも、この状況を収められる者はハディス以外にはいない。ゴールデルはダダをこねて泣くだろうし、フレイヤは逆切れして無計画に斬りかかる。

 それにハディスはアクアを冷静沈着な奴と評価している。

 感情に身をゆだねて後先を考えていない行動はしない。

 だからもう少し様子を見よう――

 奴は苛立ちながらもそう思っているだろう。

 そう見越して、私は大胆な行動をしている。



 男が剣を引き抜く音が聞こえた。

 大勢の足音が聞こえる。沢山の者たちが、私の周りに集まって来ているだろう。

 皆の視線がカノンの全身に突き刺さっているのを感じる。


 男の次にする行動は読める。



 この場で剣を抜いてすること。

 それはダメ元で私を貫くか、それとも自害。



 だから言ってやった。


「お前、私を殺して死ぬ気だろ?」

 

 男は何も言わない。

 いや、何も言えないのだろう。



 だからこちらから言ってやった。

 


「今、カノンは死んだ。お前に殺されてな」



「しょ、将軍?」



「そうだ。私は今、死んだのだ。悪いカノンはお前に斬られ、絶命した。そして生まれ変わった。今までかなりの傍若無人な振る舞いをしてきたことを心から詫びる」



 遠くから小声が聞こえてくる。



「カノン様はどうされたのだ。まるで以前のカノン様のような……」

「いや、俺たちを試していただけなんだろう」


「試すって何を?」

「そりゃ、どんなことがあってもついてくるかどうかに決まっているだろ。戦況はデタラメに悪いんだ。だから一致団結しなくては敵を打破することなんてできやしない!」


「そんな深い考えがあったなんてさすが英雄カノン様だ。俺はついて行くぞ」

「もちろん俺もだ」




 私はエリエルに問うた。


「軍備の状況は?」

「相当数の剣が折れ、兵士分足りておりません」


「誰かにアイゼンハードまで調達を頼めるか」

「はい。どういった物を買い揃えましょうか」



 欲しいのはただひとつ。

 伊藤さんのひのきの棒のみ。

 だがそれを言うと、奴らに怪しまれる。



 私は知っている。

 かつてカノンとパーティを組んだあの男が、今はどうなっているかを。



「アルディと呼ばれるギルドには、新人冒険者を教育している腕利きのシーフがいるらしい。彼はなかなかの目利きと聞く。彼を訪ね、彼が最高と思っている武器商人を聞き出して連れてきてはくれないか。交渉は私がする」


「は! 承知しまいた」




 参謀や兵士が去った私の部屋では――



 ベッドに体を預け、肉体を睡眠状態に落とした。

 脳幹から抜け出して、私の精神コードへと移動した。


 そこには8人のカノンが集まっている。


 ゴールデルが「おい、アクア! あんた、なに勝手になんてことしてんのよ! たまたまうまくいったからいいものの、もしなんかあったらどう責任取るつもりなのよ!」

 フレイヤも「そうだ! 明日から降板だな」と続く。



 だがハディスは違った。

 鋭い目を細めて、パチ、パチ、と手を叩いている。



「見事な手腕だ」


「ありがとうございます。建物の中はかなり殺気立っていました。それは敵に向けるものではなく、私に向いておりました。分かり切ったことです。前任者二人が無茶苦茶をしていたのですから。おそらくかなり近い将来、暗殺されるでしょう。だから先手を打たせてもらいました。勝手な判断をお許しください」


「いや。いい。お前の判断で助かったのは事実だ。だがひとつ質問をいいか?」


 ハディスの目は鋭く吊り上る。


「で、武器調達まで命じたのは何故?」


「一度、肉体をシャットダウンさせて、ハディス様のご意見をうかがおうかとも思いましたが、現状は武器が足りておりません。もしその間に敵に攻めてこられたら、大変なことになります」


「なるほど。で、武器の選択を他人にゆだねたのは、何故?」


 やはりそこを突いてくるか。


「すいません。どのような武器が最適なのかまでは判断できませんでした。冒険者の集まるギルドで指導員をしている者ならきっと良い武器屋を知っていると思い、その武器商人を連れてきて現状を見てもらい判断を仰ぐ形を取らせていただきました」


 他のカノン達は、「なるほど。さすが静かなる悪女。観察眼だけはひとつとびぬけているね」と感心している。

 ゴールデルとフレイヤは面白くないといった感じで、脳みその奥へと消えていった。




 ――カイル

 私は知っているわ。

 あなたはヴァルナさんに認められたくて、必死に努力をしているといるってことを。

 カノンはあなたにも酷いことを言った。 

 だけど、お願い。伊藤さんを連れてきて。

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