27 もし
ギガスウォーリアは目を覚ました。
ぼやけた視界には爆王のガレンを始め、ゴブリンズのメンバーが映り込んだ。
皆は心配そうにギガスウォーリアを覗き込んでいる。
ここは……?
ギガスウォーリアは視界をぐるりと回した。
どうやら医務室のようだ。
「キャプテンが目を覚ましたぞ!」
ゴブリンズのメンバーはそう言うと、手を取り合って大喜びをしている。
殺人野球をプロとしてやっている者にとって、これは特異な光景である。
言わずと知れたことだが、彼らにとって死は日常茶飯事の出来事である。
死んだ生きたで一喜一憂している程、心に余裕などないのだ。
だけど、どうして――
何故、俺の心配などしている。ギガスウォーリアはそう言った不思議そうな目で、メンバーたちの顔をひとりひとり見つめた。
ギガスウォーリアの言わんとしていることは、メンバー達もすぐ理解した。
だが、セカンドの小男――始末屋のジョーは、ギガスウォーリアの手を握り、涙交じりに目で堰を切ったかのように話し出した。
「キャプテン! あなたが最初に言ったんですよ! ゴブリンズのメンバーは誰一人死んでは駄目だって! それをあなたが最初にぶち破るつもりなのですか!?」
ギガスウォーリアの発したその一言で、ゴブリンズの動きが変わった。
誰一人死ななくても勝てる試合をするんだ。
その合言葉が、彼らの心に火をつけたのだ。
なのにどうして、自分だけ死のうとするのですか。
始末屋のジョーが涙ながらに言わんとすることは、まさしくそうだった。続いてサードを守る辻斬りのマムシ、レフトを守護する裏切りのザンガまでが、真っ赤な目でギガスウォーリアの手を握っていた。
「……お、お前ら……」
勝つためには仲間の命すら利用するのが野球である。
その理が、ゴブリンズの中で、今、崩れ去ったのかもしれない。
ゴブリンズ全員の心がひとつになった瞬間だった。
爆王のガレンが勢いよく立ち上がると、部屋の外をギッと睨みつけ、今にも走り出そうとしている。
「ガレン。どうした? どこへ行くつもりだ?」
「キャプテンをこんな目に合わせたのは、殺さずとかいうイカれた野球の信徒達なのでしょ? この俺が、キャプテンの仇を!」
「待て!」
「……行かせてください。だってキャプテンは完治したらまたあいつらを道ずれに死ぬつもりなのでしょ? そんなこと、この俺が許しません」
「……ガレン」
「なんですか?」
ガレンの顔は真っ赤だった。キャプテンをここまで追い込み、このような目に合わせたユニカル達に憤りを隠せない様子だ。
だがギガスウォーリアは穏やかな表情で言った。
「お前は何のために野球をやっているんだ?」
「それは……」
一度は下を向いたガレンだったが、まっすぐとギガスウォーリアを見つめ「金の為です」とハッキリとした口調で返した。
そう。
大抵のプロ野球選手の目的は金である。
ガレンには老いて病にかった母親と、まだ小さな6人の兄弟達がいる。
借金だってある。
だからガレンは何としても金が必要だった。
母に自分がプロ野球選手と知れば、絶対に心配することも知っている。きっと止めるだろう。余計な心配をさせると母の病を悪化させるに違いない。
だからガレンとは偽名。
母は寝たきり。
貧しい兄弟たちは、球場で行っている殺人ショーになど関心などない。
だからバレずにいられる。
そう踏んでガレンは試合に挑んでいた。
だけど、実は息子がプロということを母は知っていたのだ。
母は数珠を握り、必死な思いで祈っていた。
止めることもできたかもしれないと思うだろうが、それはこの剣と魔法と野球中心の国家社会では不可能なのだ。
この世界では野球は神聖なるスポーツだと教えられてきた。野球を反対する者は国賊。バレると通報され、投獄、そして一家皆殺しにあう。
この国には、そういう法律があるのだ。
政権与党である幸福野球党の手によって、野球絶対の教えが徹底されている。
野球を崇拝しない者は国賊。
野球を反対する者は非国民。
野球こそ、神聖なる神のスポーツ。
これは学校へ行くと、九九を覚える前に徹底的に教えられる。
だからもし母が反対すれば6人の子ども達まで、役人に連れていかれることになる。
母は知らないふりをして、必死な思いで祈っていた。
――お願いだから死なないで……と。
この世界にはそのような家庭が五万といる。
だからガレンの言う事は、もっともである。
「俺の目的なんて、あなたの目指している世界からは程遠いでしょう。あなたの目的は、ゴブリン族の意地を人間にみせつけること……。だけど俺達の共通の目的は、絶対に勝つことです。勝たなければ俺達の夢は、海の藻屑となってしいます」
「そうだ。勝つことだ。だから殺さずとか生ぬるい事を言っているあいつらなんて、ほっておけばいい。俺はもう、あんな奴ら相手にしない」
「……」
「それに……」
「それに?」
「殺さずなんて生ぬるいことやっていたら、絶対にいつか殺されてしまう。それは分かり切った事だ。奴らは殺さずとかいうアホなことをのたまう国賊。今はまだ辛うじてまだ泳がされているようだが、もうすでに幸福野球党の政治家にだって目をつけられているだろうし、哀れな末路しかないことは明白だ」
「……そうですね……」
「だけどよ、もし……」
「……もし?」
ギガスウォーリアはひとつ間をおいて、ゆっくり口を開いた。
「もし殺さずの野球が正しい、そういったバカげた未来が来ちまったら、俺達はいったいどうなっちまうんだろうな」
ギガスウォーリアは天井を見つめながら、まるで憑き物が落ちたかのようなおだやかな表情でそう言った。




