2、勇者誕生?
パラレルワールド。
いま読み進めているライトノベルのテーマだ。
もしもの世界というのはいくつになっても心躍るテーマだと思う。
もしも学校の科目に「国語」や「体育」の無い世界があったら。
もしも魔物や精霊が存在しうる世界があったら。
徹夜明けの寝ぼけた頭でそんな非現実的な妄想を膨らませる。
東京は秋葉原、真夏の正午の事だった。
「異世界転生モノって興味ない?」
唐突に俺に声をかけてきたのは炎天下の中、黒いシルクハットと喪服にピンク色のシャツを着た見るからに怪しいヤツだった。
もちろん無視を決め込んで歩を進める。
「いやぁ最近流行ってるもんね。ボクもいくつか読んだもの」
かなり早歩きでこの気温と照り返しで息が荒くなってきたが後ろをついて来る男はつらそうな素振りも見せずにピタリとくっついてくる。
背格好は身長2m近くだが喪服の上からでも分かる棒のような細さだ。
「しっかし、この国は空気が薄い感じがするね。こりゃあもう異世界転生するっきゃないね。・・・三郷宗太くん」
「・・・どちらさま?」
さすがに自分の名前が出てくると無視もし難い。手の込んだ宗教の勧誘かもしれないしやや距離をとって立ち止まる。
向かいあう形で相手を見るも、おかしい、顔がわからない。
「ああ、ごめんごめん。自己紹介がまだだった。ボクはカミサマだよ」
聞くと同時に俺は走った。あれは多分関わったらやばいヤツだ。
振り返らずに駅の改札を抜け、ホームへ辿り着くと今まさにドアが閉まりそうな電車に飛び乗った。
そこで初めて後ろを振り返るがヤツの姿はなかった。
息が苦しい。
汗が流れる感覚がうっとおしい。
車内の冷房前に移動しよう。
だがそこで息が詰まる。
「電車の中に人がいない?」
車内は空だった。
土曜日とはいえ秋葉原駅の昼間だ。この駅は終着駅になる駅ではない筈だし回送電車ならドアが開いている筈も無い。
「キミってさ、キライでしょ?この世界」
さっきまで誰もいなかった車両内に、先の喪服のカミサマがいた。
「三郷宗太くん17歳、現在はアルバイトをしながら生計をたてている。高等学校は中退だね。趣味はゲームしかないため家とアルバイト先とこの駅の近くゲーセンくらいしか移動範囲がない。ちなみに両親は8歳の頃に事故で揃って他界。子供のいなかった叔父夫婦に引き取られ成績優秀だった君はずいぶん可愛がられたみたいだねぇ。そりゃーもう、とっても、呆れるほど、吐き気がするほど・・・うぇ―」
足音も無く近づいてきたカミサマは続ける。
「でもまあ仕方なかったさ。あの叔母は人なんかじゃあなく豚だった。キミの語彙でいうならオーク♀ってとこ?『くっころ』ってやつ?」
「なんでそのことを」
「知ってるかって?知ってるとも!カミサマだもの」
カミサマは語り続ける。
俺の17年間の全てを。
自分でも言われて思い出せないような事や第三者の視点でしか語れないであろうことまでだ。
「さぁてさて、こんなものでいいかな。ボクのカミサマだっていう事の証明は」
「アンタが凄腕の探偵じゃないってんならな」
「ぷふー!やっと冗談まで言ってくれるようになったね!」
大仰に手を開いて大仰なリアクションをしたカミサマはそのまま座席に腰掛ける。
ポンポンと自分のとなりの席を叩く。座れという事だろうか。
自分の歴史を聞いているうちに不思議と冷静になっていた自分に気づく。
一瞬の逡巡のあとカミサマの横に腰掛けると窓の外が深い霧で包まれていることに気がついた。
先程までは確かに秋葉原を千葉方面に出た風景が流れていたはずだ。
「で、どう?異世界転生してみない?」
カミサマが身を乗り出して同意を求めてくる。
だが目深にかぶったシルクハットで口より上は伺い知れない。
「転生とは言ったもののキミの記憶はそのまま送るよ。生まれるところから送ることになるから色々と不自由なことになっちゃうけどね。ただし!ある程度はキミに都合の良い環境に作り変えておくよ」
「カミサマは俺に何をさせたいんだ?別に特技や特別な技能だってないのは知ってるんだろ?それにそんな環境までどうこう出来るなら俺を頼る必要もないんじゃないのか?」
「そうもいかないんだよねぇ。残念なことにボクが操作できるのは世界でもほんの小さな空間だけだから」
カミサマが喪服のポケットから銀色のブレスレットを取り出した。
細やかな彫刻と緑色の石がはめ込まれたものだ。
「そこでコレをキミに持たせたいと思う。ボクの力の一部が行使出来るようになる」
「異世界転生っていうからにはこれもチート装備って訳?」
「そうそう。これでもってキミには異世界の他のカミサマをぶっ殺して欲しいんだ」
カミサマは口元を吊り上げて言った。
「神を殺す?そんなことが出来るのか?」
「出来るさ!まあ向こうも存在自体がチートだし簡単ではないだろうけどね。それに異世界ならではの幻獣やモンスターだっているんだ。キミ、RPGも好きでしょ?」
「・・・まあ、好きだけど」
「よかった!キミがギャルゲーしかやらない根暗ボッチじゃなくて!ぷぷ、アクティブなゲームも好きなボッチで!」
「世のギャルゲー好きに謝れカミサマ」
カミサマはゲラゲラ大笑いしながら指を鳴らす。
その瞬間、電車の音が消え瞬きの内にカミサマと白色しかない空間に漂っていた。
混乱する間もなく頭の中でカミサマの声が響き渡る。
「ボクはキミを気に入ってたんだ。オークの夫婦をバラした時に笑ってたキミが。決して狂気からの笑いじゃなかった!」
裂けているかの如く吊り上げられた口から声が紡がれる。
「あの時、キミは世界を救ったんだ!君の生きる世界を!そう定義すれば、キミはキミの世界でもって勇者になったのさ!」
世界が揺らぐ。
「さぁ勇者サマ!コンテニューの時間だよ!そのかわり・・・いや、ついででも構わない。その世界にいる幾柱かのカミサマを殺しておくれよ!」
それらの言葉は酩酊しているかのように頭の中で響き渡った。
だがそこで頷いたことははっきり覚えている。
ゴミみたいで停滞した世界をリセットしてくれるならそれくらいやってやるさ。
「ありがとう!そしておめでとう!まずは自由を手に入れたんだ。小難しいことはキミの記憶として贈っておくよ。とりあえずは異世界での暮らしを謳歌してくれたまえ!」
そしてカミサマの祝辞と共に俺の意識は白に飲み込まれた。
甘ったるく、狂った様なカミサマの笑い声と共に