あべこべ世界で、プロ棋士として生きる
「会長!五年ですよ、五年」
会長を含め、役員に就いている棋士達が会議をおこなっている。
議題は五年間1勝も出来ない棋士が存在している事だ。
「確かに勝てていないけど、まだ引退の規定までは期間に猶予があったでしょ?」
「確かにありますけど、正直プロのレベルに全く達していない事が問題だと言っているのです!」
「ちゃんとプロの試験を合格しているのですよ」
「カンニングしていたのではないですか!AIに頼れば三段リーグも通過出来ます!!」
「香取先生!!自分が何を言っているかわかってますか!」
「それだけひどいって言ってるのです」
「わかったさ、次の対局相手は丁度この私だから、こんな老いぼれに勝てない様なら、師匠として引退を勧めるさ、それで満足して貰えんかね?」
「でも、お孫さんですよね。わざと負けたりしないですか!」
「私が将棋でわざと負けると言っているのかね?」
「……失礼しました」
師匠である桐島銀子九段の提案でひとまず会議はお開きになった。数年前まで竜玉として一戦で活躍していたが、迫り来る歳には勝てずにいる。
「さて、どうしたもんかね」
対局当日、この日もやはり雨。
対局室には銀子よりもあゆむが当然早く来ている。
将棋盤の前に座る弟子であり、孫のあゆむを観て心に思う所があるが、全力で戦うと既に決めている。
あゆむがなかなか座らない銀子に対して、不思議そうにしていると、その視線を感じた銀子が笑いながら答える。
「あっ君も大きくなったね」
「大きくなったねってもうハタチ越えているしね」
やがて対局が始まる。
桐島歩が将棋を初めてまだ数年だが、間違いなく才能はある。
桐島歩に対して思う所があるのか、努力も人一倍している。
だがそれだけでは、プロ棋士には勝てない。
実際にこの4年間、1勝も出来なかった。
しかしここ1年はかなり良い勝負をしている。
(あっ君、充分にプロとしての棋力は持ってるさ、あと一歩こっちに来なさい。)
終盤に、局面が動く。
あゆむが銀子の玉を詰まそうとしている。
だが、自分の玉も詰まされそうだ。
攻めと守りの2択をせまられている。
(どっちだ!このまま攻めて詰まなかったら負け。なら守るか?)
時間が過ぎていく。
盤にかじりつく様に、局面を読んでいると不思議な感覚におちる。
『迷ったら、直感を信じろよ』
「あゆむさん?」
辺り一面が真っ白になった様な感覚だ。
聞こえた声に姿形はないが、あゆむにはそれが誰かわかった。
『ああ、そうだ初めましてだね』
「はい。あの、これは?」
『さあ、夢とでも思っていたら良いんじやないかな?』
「夢ですか?どうして?」
『う~ん、死ぬ前にちょっとだけ、神様にお願いしたら来れたかな、ははは』
冗談なのか本気なのかわからない様な、声の様子だ。
「死ぬ前……手術は上手くいったんですか?」
『おかげさまで成功したよ』
「じゃあどうして?」
『トラックに轢かれたからかな?』
「またですか!」
『冗談だよ。癌が再発したんだよ』
「……そうなんですか」
『そんなに落ち込むなよ。あれからあっちの世界でもプロ編入試験受けてプロになったんだぜ』
「!?おめでとうございます」
『そのなんて言うか……ごめんな』
「何がですか?」
『巻き込んだみたいになってしまって』
「いえ、お陰で将棋に出会えました」
『そう言って貰えると助かるよ。でもどうせなら一から始めたかったよな』
「はい。いきなりプロですからね……僕なんかが……」
『大丈夫、もう充分にプロでやっていけるよ。もっと自分を信じろよ。なんたって桐島歩なんだぜ』
「ふふふ、そうですね」
『じゃあな』
「はい。歩さんの分まで、このあべこべ世界でプロ棋士として生きます」
満足したくれた気がした。
「あっそうだ。向こうの世界で面白い奴を見付けたんだよ」
「面白い奴?」
「ああ、俺のたった一人の弟子だ。もし会ったら良くしてやってくれよ」
そう言い残すと満足したのか、スッと声の主が消える感覚がする。
最後にかける言葉が見付からず咄嗟に出た言葉は、
「その子の名前は?」
声の主がふっと笑った気がした。そして
「桂馬。竜崎桂馬」
目の前に元の世界が戻る。
「直感を信じろよ。か、それだけか僕が教えて貰えたのは、その弟子が羨ましいな」
そう思いながら桐島歩は直感を信じて駒を打ち込む。
「あっ君や、なんだかすっきりしたような顔をしているね」
「うん、ばあちゃん僕はこの世界でプロ棋士として生きるよ」
「そうかい。それじゃあ言わして貰うよ、負けました」
「ありがとうございました」
桐島歩はこれからも、あべこべ世界でプロ棋士として生きる。