苦しいけど、誰も助けてはくれない。
苦しい、苦しい。
誰か助けて。
苦しい?何で苦しい?
知っている。
頑張っているからだ、逃げ出さないからだ。
誰も助けてはくれない。
自分で何とかするしか無い。
子供の頃の水泳の授業に似ている。
あと何メートル?ゴールは見えている。
間違いなく進んでいる。このままなら必ずゴール出来る。
ゴールする前に苦しさに足をつかなければ。
もう勝ちが届く所まで来ている。
間違いなく優勢だ。
前の世界では負けてプロ棋士に慣れなかったが、
この世界ではプロ棋士になる。
いや、前の世界とかこの世界とか関係ない。
もうそろそろ自分を信じて良い頃だ。
しっかりと自分と向き合えた。
神の気まぐれかもしれない、それでもここまで来れたのは自分の頑張りなのは間違いない。
実はあの日、トラックに轢かれて、病院のベッドで長い夢を見ていた。なんて夢オチだけは勘弁してくれよ。
「自分は強い」
いつもより速く脈打つ心臓。
それに反比例する思考。
もう完全に局面を支配した。
美しいぐらい静かな手つきで指される89手目。
対局相手はその手を見て静かに言葉を発する。
「参りました」
「ありがとうございました」
桐島あゆむは静かに天井を見る。
「あと1つ」
普段なら対局後検討するのだが気を使ってくれたのか、そっと席を外す。
他の対局はどうなっているだろう?
星野キララ三段と金城やまと三段の対局は?
秋田一二美三段と天王寺ひとみ三段は?
ほんの少しだがざわめきが起きる。
どちらかの対局が終わった様だ。




