決勝の結末
「振り駒の結果、先手は瀬川さんに決まりました。持ち時間は30分。使いきりますと1手30秒の秒読みとなります。では対局お願いします」
「「お願いします」」
決勝の対局が始まった。
瀬川は初手7六歩と指す、あゆむは3四歩、ここまでは恐らく一番ポピュラーな指し方だろう。
三手目瀬川は7五歩と指す。既にこの手で戦法が決まった早石田だ。
「穴熊には組ませないよ」
ボソッと声が聞こえた。早石田と急戦の為に穴熊に組むのは難しい。
これまでにネットで将棋を100局以上指して来た。
こちらの得意な戦法などもそろそろバレて来ているようだ。
穴熊戦法とはガチガチに王様を固めて戦う戦法の事をいう。
将棋は相手の王様を先に取った方が勝ちというルールの為、王様をまず守る事を考える。
サッカーで例えるなら10人で自軍を守ってカウンターアタックだろうか?『ゴール前にバスを停めるだったかな?』
相手が研究しているのなら、桐島歩が居飛車党という事を知っているだろうならば 【居飛車とは右から攻めること】
四手目『5四歩』五手目『4六歩』六手目『4二玉』七手目『3八飛車』八手目『5二飛車』
序盤数手進み対局相手の瀬川が少し驚く、桐島歩が中飛車、真ん中から攻めて来たのだ。
相手も予想から外れたのかここから少し穏やかな戦いになる。
お互いに王様の守りを固めだす。
あゆむも無事に穴熊に組めた。
この戦法を前の世界では東大流左穴熊と呼ばれアマチュアで少し使われるぐらいの戦法だったが最近とある男性プロがプロの対局でも採用して話題になったのだ。
近年の将棋では序盤からかなり気を使う。プロレベルになると、たった1枚の歩兵の差でも差が付く事も多々ある。
お互いほぼ互角の棋力だった二人は、序盤をあゆむが有利に進めた為に、あゆむがペースを握り終盤まで優勢だ。
「勝てる、このまま間違えなければ」
明らかな優勢にあゆむも勝利を確信するが
「負けない負けない、諦めるな」
対局相手の瀬川は粘る、将棋は最後の最後までわからない。大逆転があるのだ。
だが、あゆむも知っている。どれだけ勝つのが難しいのを、
そして。
「負けました」
棋譜読み上げの奨励会員が対局の終わりを告げる。
「以上98手を持ちまして桐島歩選手の勝利となります」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
全力を出した瀬川がうなだれ、桐島歩が大きく息を吐き天を仰ぐ。
瀬川が桐島歩に小声で訪ねる。
「この戦法見たこと無かったけど対策されていたの?」
「そうですね。対策の内の一つでした」
「ふーん、まだこれ以外にも対策あったんだ。完全に私の負けだわ」
いや、明らかに紙一重だった。
「桐島君、対局前の質問の答えだけど」
「はい」
「将棋が好きだからよ」
「はい??」
「桐島君は違うの?」
深く考える必要はなかったようだ。
「俺も大好きです」
「でしょ。優勝おめでとう」
こうして桐島歩は全国アマチュア玉将戦を優勝した。
 




