決勝の相手はかつての自分
準決勝を接戦の末に制した桐島歩はこの時点でプロの棋戦である銀海杯の出場権を獲得した。
決勝の相手は瀬川花 元アマチュア名人だ。
「桐島君凄いね」
「でも次の相手瀬川さんでしょ。元奨励会三段相手に男の子がどこまでやれるんだろう」
「瀬川さんって今いくつだっけ?」
「確か36ぐらいだったんじゃない?」
「奨励会を年齢制限で退会してもう十年ぐらいでしょ。まだプロになる夢見ているのかな?」
「今回も優勝して三段リーグに編入狙ってるんじゃない?」
「今回はせっかく待望の男の子の棋士出てきたし、空気読んでくれないかな?」
「それね」
そんな話が聞こえ来る。
決勝の相手はかつての桐島歩そのものだった。
いや、桐島歩は絶望したままだったが瀬川花選手は絶望の先を更にもがき苦しみこの場所にたどり着いた。
その事を勿論桐島歩も理解している、そしてそんな人に対して空気読んでくれないかなだとかの声に堪えきれなかった。
「あの!」
急に男の子に話かけられた女はビクッとする。
「えっ?えっ?私ですか?何ですか?」
もしかしたら人生で初めて男に声をかけられたかもしれない女は1オクターブ声色を上げる。
その一瞬は舞い上がって喜んだが……
「貴女にこの苦しみがわかりますか?努力が報われない。積み上げたものが全て崩れ去り自分の人生が全て否定され、何もかも無くなってしまう事を……」
自分の人生と重なり声が大きくなってしまう。自分を抑えきれずにいると、トントンと肩を叩かれる。
「ありがとう。桐島君」
振り返ると瀬川選手がいた。
「あっ、あのすみませんでした」
逃げる様にさっきまでの女達がこの場から去っていく。
「ありがとね、桐島歩君」
「いえ」
「ビックリしちゃった。男の子が自分以外の人の為に怒るなんてドラマの世界だけと思っていたわ」
「あのっ、聞きたい事があります」
「聞きたい事?私に?」
「はい。貴女だからこそです」
「もしかして、私に惚れちゃったの?う~んでも私好きな男要るしなぁ~」
「……違います」
「冗談だよ。で、何かな?」
「奨励会退会になってもどうして将棋指してるのですか?趣味程度や子供に指導レベルならまだしも」
「そんなの決まってるじゃない、それは『お時間になりましたので決勝戦を戦われますお二人は準備をお願いします』
「あらら、続きは決勝戦の後でね」
桐島歩なら前の世界で奨励会を退会になった後まだ将棋に向き合えただろうか?




