ほぅ、朝飯を食べずに二度寝しようとするとはいい度胸だな 〜す、すいません!〜
規則正しい音が聞こえたような気がしてうっすらと目を開く
白く鏡のように磨かれた床と妙に明るい天井
未知と異様な空間に吸い込まれるように、また眠りについた
沈んでいた意識が浮上していく
ふとリィウは目を開けて周りを見渡す
味気ない木目の床と数々の檻や枷などがある
思い出したかのようにリィウは自分の手首を見て安堵した
今の自分は奴隷ではないのだと確信できたからだ
同時に昨日のことも思い出す
無我夢中で暴れ、自ら邪神に近い存在だと言うセアバルトから対価として魔王になることを話され、承諾した
しかし、今思えばそれは夢そのものみたいなものである
いやむしろ夢だったかもしれない
とりあえず、出入り口の扉を開けることにした
きっと扉の向こうは、今まで自分が長年過ごしてきた場所なのだから
「リィウ、起きたか」
前言撤回、夢じゃなかった
リィウは心の中で呟きながら開いた馬車の出入り口の扉を素早く閉める
扉の向こうには、黒いロングコートが特徴的な自称邪神が扉から少し離れた場所で魚を焼いているという光景が広がっていた
リィウはふと思う
自分はまだ夢を見ているんだと
そうじゃなかったら黒いロングコートの男が自分の名前を言うはずがない
というか黒いロングコートの男がいるなんておかしい
もっと言えば自分が奴隷馬車の中にいる時点でおかしい
やはりこれは夢なのだから、もう一度寝ようと決心した
「ほぅ、朝飯を食べずに二度寝しようとするとはいい度胸だな」
「す、すいません!」
前言撤回、夢じゃなかった
本日二度目となるリィウの心の言葉がひっそりと呟かれるのであった
・・・
「あ、あのどうか、お許し下さい!」
シュテルトの目の前にいる男は、膝を地につけて祈るような姿勢で叫んだ
この男の正体は、角が生えている雄の人魚を無断で売買しようとした商人である
そしてシュテルトはオクルスの指示通りに殺害しようとしていた
もちろん、商人の周りには護衛としてなのか武装した人間がいたのだがシュテルトの【星屑海月】によって捕縛され、シュテルトの部下によって尋問されている結果だ
「残念ながら許すことは出来ない。客の信用を落としかねないことをしたんだからな」
「どうか、そこを見逃して下さい!」
もしも見逃せるような内容ならばシュテルトは見逃していただろう
しかしオクルスの直々の命令と自身も関わった例の人魚の捕獲の成果が消えてしまったのだ
そのお陰で、例の人魚をもう一度生け捕りにしなければならない
「じゃぁ、一応聞こうか。なぜ無断売買をしようとした?」
「それは、突然"神の声"が聞こえたからです」
この瞬間シュテルトは額に手を当てそうになった
普通ならば、こんな男の意見などありえないとひと蹴りするところだが、あの自称女神の存在が脳裏に横切ったのだ
まさか、この無断売買事件も自称女神が関わっているとなると頭が痛い
同時に計画的に人魚を誘拐して魔王に仕立て上げるつもりだったのだろうか?
残念ながら自称女神に直接聞く手段はない
どちらにしろ、"神の声"が聞こえるなんておかしいということにした
「安心しろ。痛みは一瞬だから」
好青年だからこそ出来る優しげな笑みを浮べた瞬間、商人は凍りついた
同時に刃物が商人の首元に振り下ろされ、地面には赤い水溜りが出来上がる
汚れた剣を拭きながら商人の死体の片付けを部下にやらせ、商人の周りにいた武装した人間の方に体ごと向く
「さて、君達には人魚がどこに行ったのか教えてもらわないとね」
"神の声"を聞いたという奴隷商人の護衛達は顔を青ざめた
・・・
「リィウ、魚は苦手か?」
「あ、いえ、魚大好きなので大丈夫です!」
セアバルトの言葉に我に返り魚を食べる
口の運ぶと、柔らかな食感と独特の香りが口全体に広がった
この香りからしてこの魚は香魚の種類なのだろう
リィウは、住んでいた場所でもよく食べていたこと思い出し懐かしくも感じた
でも、今は自身の感情に浸っている場合ではない
「質問していいですか?」
「なんだ?」
「僕達と一緒に平然と香魚を食べている方たちは一体…?」
これがリィウの食が止まった理由
今朝、現実逃避のやり取りが終わった後、外に出たら色とりどりの髪をもつ3人がいた
まるで前から知っているかのように挨拶を交わし朝食になった訳なのだが、当たり前かも知れないがリィウはその3人のことなんてしらない
むしろ始めて会ったのだがセアバルトは何も言わずに黙々と食べているだけ
しかもそのまま誰も語ることのない静かな時間が流れるため余計に気まずい
そんな状況でのセアバルトの質問からチャンスを作り出して聞き出したのだ
セアバルトは、一口、二口と香魚を口に頬張りしばらく味わうと答えを出した
「リィウ、お前が昨日俺にした質問覚えているか?」
「え?…えーと、得する対価についてでしたよね?」
「確かにお前はその質問をしたが、もう一つ昨日俺が答えてない質問しただろ?」
昨日、セアバルトが答えていない質問と聞いてリィウはもう一度記憶を巡らす
目の前にいる3人の中の1人である、白い髪の少年はニコニコとしながらその様子を観察
淡いピンクの髪をもつ女性は眉一つ動かさずに淡々と見つめ、ボブカットの少年らしき人物は興味深そうに見ているだけだ
そんな個性的な彼らには、セアバルトと似たような共通点があった
上にはそれぞれ違うデザインの黒いコートを羽織っているということ
「あ!もしかして、"俺達"についての…!」
「その通りだ。まぁ、元から顔合わせも兼ねて合流するつもりだったがな」
つまり、この3人はセアバルトの仲間であり邪神とかの類なのだろう
セアバルトの話によると基本的に彼がリィウの世話をするのだが別の事情が入りできない時があるため代わりに世話をすることがあるらしい
また、別の理由で様子見したり今みたいに集まることもあるそうだ
簡単に説明をすると3人は自己紹介を始めた
「ヤッホー!僕は、ギアーナだよ!一応このメンバーの中では一番年上だから、知らないことがあったら聞いてね」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いします」
「あ、そうそう知らない事だけじゃなくてくだらない事でも悩みごとでも聞いてあげるよ!」
「ありがとうございます、ギアーナさん」
「うーん、君はなんか固いな?リラックス!リラックス!」
白い髪に二本の触覚のようなアホ毛をもつ男が元気よく自己紹介をした
同時に真紅の瞳が恐ろしく綺麗であり、目を合わせると逆に目を離すことが出来なくなってしまいそうだ
今のリィウも見入ってしまい、彼の話のペースにつられてしまう
とても明るくてころころと表情が変わるのだから余計に目が離せない
「ギアーナ、そこまでにして下さい。相手が困っていますよ」
「あ、ほんとだ。ごめんごめん!」
「まったく、貴方は…。自己紹介が遅れました。私はリロラと申します。基本的にリィウ様のサポートやギアーナのストッパーを致します。以後、お見知りおきを」
「はい…」
鶴の一声によってギアーナのトークは強制終了される
淡いピンクの髪を結い上げ、優しげな色の瞳をもう女性
しかし、暖かな見た目とは逆に冷たい性格のようだ
表情も一つも変えず、笑いもせずに怒る素振りさえもみえない
先程の呆れるような言葉の時も仮面でもつけているのかと聞きたいぐらい無表情なのだ
「リロラ、少しは笑いなよ」
「善処します」
「そうかい…。順番的に私の番かな?私の名前はホンジュア。よく男と勘違いさせるけど女性だよ。同時に、女神役もやっている
。よろしく」
「こちらこそ」
「そうそう、セアバルトの代理やサポートとして頻繁に来ると思うから長い間よろしくね」
「は、はい!」
少年だと思い込んでいた人は女性だった事にリィウは少し罪悪感を感じた
しかし本人は気にしておらず、むしろ個性として受け入れているようだ
女神役だという点を除けば、この中で一番まともなのかもしれない
それに、少し男らしい面もあるので頼りになる
「じゃぁ、俺だな。昨日は名前しか名乗っとらんから自己紹介する。俺の名前はセアバルト。基本的に俺がお前をサポート兼邪神役をする。…よろしくな。次、リィウ」
「えぇ!?えーと、僕の名前はシーリィゥです!あの、リィウと呼ばれることが多かったのでリィウと呼んでください。その…よろしくお願いします!」
セアバルトからいきなり自己紹介をするように言われて、彼なりに内容を考えて言葉に出した
人前で喋ることに慣れてないのだから仕方がない
角が生えた雄の人魚として外の生き物に接触せずに過ごしてきた結果だ
「ねぇねぇリィウくん、さっき呼ばれることが多かったとか言っていたけど村の人とか交流していたの?」
「いや、村の人とか交流なんてほとんどしてません!ただ、たまに角が生えている人魚と呼ばれることがありましたけど…」
「そうなの?」
「ただ、僕が住んでいる場所に何度か来る人がいて…僕は色々教えてくれるから先生と呼んでいるんですけど…先生が僕の事をよくリィウと呼んでいたからです」
「なるほど、教えてくれてありがとうね!」
ギアーナからの質問に無事に答えれて少し安堵した
だかその質問をきっかけに次々と質問されたが、ほとんどが自分が住んでいた場所に関係する些細な質問であり、少しづつだが言葉がすぐ出るようになった
いや、正しくは緊張がほぐれていったのだ
死んだ魚のような瞳に少しだけ光が宿る
だが、リィウも女神役や邪神役についね質問したいことがあったがそれさえも忘れてしまった