ハッキリ言えば、お前が魔王になるんだよ 〜え?…えぇっ!?〜
真夜中でも騒がしい人の声
しかしその声は、欲望などの声ではなく、混乱と悲鳴が入り混じっている
逃げ惑う群衆の真ん中には青白い光を発しながら動きまわる人魚の姿
目玉商品をなんとかして捕まえてやり直そうとする商人と武装した人間
いくら捕まえようとしても、滑るように移動する人魚に悪戦苦闘してしまう
人魚も次々と自分に向けられる刃物や魔法などを避けたり弾いたり、たまに当たったり、こちらから攻撃をしながら逃げていた
とはいえ、逃げても逃げても電気によって光る体はあからさまに目立つためにすぐに見つかってしまうし、例えやめても他になす術がなく、また捕まってしまうだけ
「もたもたするな!逃げてしまうぞ」
人魚から遠くに離れた商人が声を張り上げる
しかし、距離的にも届くことはないだろうし、これだけのことで近づけないとはどういう事なのか
どちらにしろ完全に腰が抜けた商人は、ただ声を上げることしかできない
一方、人魚は冷静さを失っていっていた
少しづつだが、避けることよりも攻撃する事が多くなってきているのだ
長い尾で武装した人間を弾き飛ばしたり、払い除けたり、時には縛り上げて投げ飛ばす
遂には、自らの腕から鋭利な刃物のような鰭を出現させ斬りつけることを始めた
同時に体に纏っていた電気は消えたが、代わりに相手を殺してでも逃げる道を選んだようだ
「なるほど、予想以上に隠しているものがあるのか」
また、誰かが冷静にそんなことを言う
もちろん、人魚の耳にもその言葉が聞こえたが気にしている場合ではない
相手の足を引っ掛けて転ばして、首元を狙って切り飛ばすために片腕を振り上げる
「とはいえ、一点に集中すると周りが見えなくなるのか」
しかし、背後から誰かがトドメを刺そうとした腕を掴んできた
人魚は力任せに逃れようとしても力は緩むことはなく、むしろより力強く握り返されてまう
まだ掴まれてない腕で、背後の存在を狩り取ろうとするが意味もなく掴まれると同時に、引きずるような形で何処かに連れ出し始めた
「おい、暴れるな。俺はお前の味方だ。だから安心しろ」
低い男の声が耳元で囁かれる言葉に、人魚はすぐに問い返したかったが突然投げ飛ばされた
いや正しくは、男は人魚を奴隷馬車に投げれ入れたのだ
そして男も奴隷馬車に乗り込み手綱を持ち馬型ゴレームを動かし始めて走っていく
同時にこれは完全に万引きである
しかもこの行動を商人や武装した人間の目の前で堂々と
「は、早く捕らえろ!!アイツは、連れ去ろうとしているぞ。じゃないと…上の者が…!」
商人の命令に従い追いかけ始めたが、人間の足は馬の足に叶うことなんてなく距離はどんどん離れていき、ついに見失ってしまった
商人は困り果てた、目玉商品でもあり貴重な代物が盗まれてしまったのだから
そもそも商品そのものも実は買手がいたのだが物々交換されるのだ
しかし、商品としての価値を考えると物々交換なんて安すぎる
逆にもっと高値で売れるはずだと考え、無断で奴隷売買を実行した結果が今の状況
無断で行ったことに対してのバチが当たったとしか言いようがない
なにも出来なかった商人は、ただ奴隷馬車があった場所を見つめるのみだった
・・・
「流石にここまでは来れば追いかけてこないだろう」
奴隷馬車を止めて、男は人魚の様子を見た
散々動いたからか人魚はぐったりと床に倒れていたが意識はありそうだ
人魚は、見上げるような形で男を警戒しながら観察を始める
何か隠しているような黒いロングコートに縫目が殆どない白いズボンや紫のラインが入ったブーツ
灰色の髪にあのブーツに入っていた色と同じ紫の瞳
そして奇妙なデザインをした耳飾り
睨むかのように観察する人魚に向かって男は口を開いた
「別に警戒しなくてもいい。俺は、お前を元の住んでいた場所まで送ってやるから」
「あの、貴方は僕の住んでいる所を知っているんですか…!?」
ぶっきらぼうに言い放たれた言葉を聞いて人魚は驚いた
ちなみに、この人魚が住んでいる場所は秘境であるため探すことが難しい
だが、奴隷としての資料に載っているかもしれないが詳しい場所なんて載ってないはず
「大体だがな。とはいえ、対価を支払えば正確に場所も分かるし安全に行けるぞ?」
「対価って…」
前言撤回、やっぱり大体の場所しか知らないようだ
しかも、さらりと対価などと口をしているのでより怪しい
きっと最初から奴隷にする気でいたのだろう
ならばそそくさと断って立ち去ろうと考えた
「対価って言ってもお前を奴隷にするとかじゃない」
「え?じゃぁ、声とか鱗とかを…」
「全く、色々と困っているお前からそういうものはいらないんだよ。むしろ得がある対価だな」
得がある対価と聞いて人魚は悩んだ
どうやら男は、自分を奴隷や実験台にする気などはないらしい
しかし、対価とは支払うものだが支払いながらも得をするということ
「あの、得する対価ってどういうものなんですか?」
「ハッキリ言えば、お前が魔王になるんだよ」
「え?…えぇっ!?」
「あと、今なら邪神の加護がつくぞ」
「いや、あのッ」
「ちなみに、邪神の加護を受けると何度死んでも生き返れたり色々と特典がある」
男が言う得がある対価とは、魔王になるというとんでもない代物
むしろ、安全に自分の住んでいる場所まで行ける気がしない
物騒なことに邪神の加護や効果などの説明も始めた
人魚は、この男が怪しすぎるため丁重に断って立ち去ろうと決めた
しかし、断ったり立ち去ろうとしたいのだが隙がない
つまり魔王をやらなければことが進まないのだ
「今すぐに魔王をやるわけじゃない。"俺達"がサポートしてやるからな」
「あ、よかった。今すぐじゃないんだ…ん?今、"俺達"って言いませんでしたか?」
「うむ、だいぶ喋るようになったな」
「いやそうじゃなくて、だから今俺達って…もしかして仲間とか…」
「魔王になると権力、財産、女とか簡単に手に入るぞ」
どうやら"俺達"については答える気がないらしい
同時に、またもやさらりと言ったサポートという言葉
故郷につくまでの間、魔王になるための地獄の特訓をするというものなのだろう
正直、何事もない平凡な日々を過ごしたいと思う人魚にとっては苦行だ
だが同時に人魚は、あることを考えた
魔王並に強くなれば、また奴隷として売られることがなくなるのでは?
そうすれば、魔王としてだが再び平凡な日々を送ることができるはずなのでは?
なるほど、確かにそう考えれば損はない対価だと感じた
「どうだ?対価を支払う気になったか?」
「本当に、元の場所まで連れていけるんですか?」
「あぁ、当たり前だ!こっちには、そういうことに関して優秀な奴がいるからな」
「わかりました。対価として魔王になります!」
自信満々に答える男に人魚は、ついに決心した
対価として魔王になることを決めたのだ
安全とまでは言わないが、少なくとも元の場所まで連れていってくれる
そのことを言葉を濁さず男はしっかりと断言したのだ
同時になかなか引かないため人魚が折れてしまったのだが
一方男は、魔王になることを決断した人魚の言葉を聞いてニヤリと笑った
まるで悪戯っ子のように、とても楽しげでこれから悪いことをする笑みだ
この男の正体は悪魔などの種類なのだろうか
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。お前の名前は?」
「えーと…リィウです」
「俺の名前はセアバルト、この世界で言えば邪神のような存在だ」
「じゃ、邪神!?」
「まぁ、そういう立ち位置だと思っていればいい。とりあえず、今日は遅いから寝ろ」
男もといセアバルトはそう言うとリィウの元から離れて馬型ゴーレムの手綱を持ち再び馬車を動かし始める
リィウ自信は、自らを邪神と名のるセアバルトに色々と聞きたかったが、それよりも強い睡魔に負けて寝ることにした
「ホンジュア、こちらの作戦は成功した。あと、ある資料の画像を送る。魔王になる奴の故郷に関する資料だ。急遽だが探しだしてくれ」
・・・
とある建物の中に一人の青年が歩いていた
明るい茶色の髪から見える綺麗な切れ長の目に濁りのない水色の瞳
誰もが目を奪われるほどの美形の顔を持つ男の名前はシュテルト
職業は、奴隷狩りと顔に似合わないほど殺伐とした仕事をしている
ちなみに奴隷狩りとは、珍しい生き物または奴隷にしたいと注文された生き物を生け捕りにする職業
同時に、彼は魔力も運動神経も優秀で所属する組織では高い位についていた
そんな彼が所属する組織の本部に向かっていた
理由は、角が生えている雄の人魚が無断で売られそうになった挙句に連れさられてしまったのである
その雄の人魚の生け捕りに携わっていた為に呼びだされたのだ
正直、半分関係ないので非常に面倒くさいが買手が決まっていた奴隷なので仕方がないだろう
「ん、了解。それにしてもセアバルト、よく見つけ出したね。その魔王に仕立て上げる存在を」
その時、一つの少年の様な声がシュテルトの耳に届いた
思わず声の方向に向けると、朱色のボブカットの髪をもつ少年らしき人物が少し離れた所の壁にもたれている
しかも、黒いコートと縫目が少ない白いズボンを履いており、独特な耳飾りの装飾部分に指を当てて何か喋っている
シュテルトは、しばらく少年らしき人物の顔を観察したがすぐにここの組織の人間ではないと判断した
つまり、相手はスパイとなのだろう
服装も話の内容も怪しいため、その考えは間違っていない
「あー、あとついでに魔王の容姿を教えてくれない?えーと、青白い角が生えていて、淡い色の鱗を持つ雄の人魚ね」
この時、シュテルトは自身の耳を疑った
スパイらしき人物から、例の奴隷の情報が出てきたのだ
この人は例の奴隷と何か関わっている可能性が高い
シュテルトは、自身が愛用する武器でもある【生命武器】の【星屑海月】を構えながら近づく
出来るだけ自然に振る舞いながら情報を吐き出させるように
「やぁ、そこの少年。俺はシュテルト。君、あまりここでは見ない顔だけど、どこから迷いこんだのかい?」
お得意の作り笑顔で安心させながらも少年らしき人物に近づき、少年の背後にある壁に手を当てた
この行動をすれば、例え相手が逃げようとしてもこれだけ近ければすぐに拘束できる
同時に相手が反撃してきても同じように対処することが可能なのだ
しかし、目の前の少年は自分の笑顔を返すかのように小さく微笑んだ
まるで楽しいことがすぐに起きるかのように
「いや、迷い込んで来た訳じゃないんです。貴方に会うために来たんですよ」
「俺に会うためか。つまり仕事の依頼かな?仕事の依頼は、オクルスさんを通してからじゃないと受けれないんですよね」
「いえ、そういう話じゃないんですよ」
そう言いながら少年は、壁に手を当てているシュテルトの手を退かそうとニッコリ笑う
残念ながらしっかりと体重を掛けて壁に手を当てているため、手を退かす事はすぐさま諦めたが
「単刀直入に言えば、貴方が勇者をやるんですよ」
「ふーん、君はかなり面白いことを言うね」
「失礼、名前を名乗っていませんでしたね。私の名前は、ホンジュアという者です。そしてこの世界では女神みたいな役割をしています」
目の前の少年…いや、ホンジュアは勇者や女神など意味不明な事を言い出した
もちろん、シュテルトはそんな事に鵜呑みにせず半分流している
同時に、いつ拘束しようかタイミングを見計らっているぐらいだ
「とりあえず、君は女性だったんだね。男と勘違いしてごめんよ」
「…シュテルト、やっぱり君は私の話を信じていないみたいですね」
「そりゃ、いきなりそんなことを言われるとすぐに信じないさ」
ちょっぴり不機嫌そうな顔をするホンジュアにシュテルトは爽やかな笑顔を向ける
しかし、その笑顔の裏では【星屑海月】を開放されつつあった
【生命武器】は、所有者の意思に従って動き、例え傷ついても時間が経てば自動的に修復する武器
そして【星屑海月】は、形状変化などが非常に優れている為、拘束する時には役立つのだ
クラゲの触手みたいな細い糸がゆっくりとホンジュアの死角で束ねられてゆく
まるで星屑を敷き詰めたかのように
「そっか、じゃ、どうすれば信じてもらえます?」
「そうだねぇ…君の力を見せてくれたらかな?」
流星の如く【星屑海月】がホンジュアの周りを囲み、手足を拘束しようとする
しかし、ホンジュアは少し困った顔をして次に諦めた顔をした
その瞬間、鈍い激痛がシュテルトの体に走った
いや、正しくは【星屑海月】が過剰攻撃されてしまったのだ
「はぁー…本当は、あまりやりたくないんだけどね」
「あぁ、わかったよ。少なくとも君が恐ろしく強いことが」
「とりあえず、わかったでしょ?…女神の時の服装はサイズの問題で用意できなかったけどさ」
降参と言いたげにシュテルトは手を上げるが、ホンジュアは、づかづかと近づくと彼の右耳を触りはじめたのだ
予想外の行動にシュテルトは大きく目を見開いて驚いたが、ホンジュアは気にせず口を開く
「ちなみに魔王は、君が捕まえようとしている人魚だ。女神として君には彼の居場所がわかるようにしてあげるから、あとは任せた」
彼の右耳から手を離すとすぐにホンジュアの体が光の欠片となり消えていった
そんか光景にシュテルトは呆気にとられてしまったがすぐに気を取り直して目的の場所に向かう
自称女神との話でたいぶ時間をかけてしまったのが原因で走るはめになったがギリギリ間にあいドアを開けると白い髪の男とオッドアイの男が話し合っていた
「別に気にしなくていいよ。物々交換を言い出したのはこちら側だし、そのせいで無断売買になっちゃたんでしょ?」
「ですが、お客様がご注文した奴隷が何者かに連れ去られたのは事実です。同時にこちらの不注意で起きた事。早急に取り戻させます」
丁寧な口調で接客をするオッドアイの男がオクルスである
右目が灰色で左目がオレンジ色と結構変わった瞳が特徴的な男だ
となると、会話の内容からして白い髪の男が角が生えた人魚と物々交換を申し込んできたギアーナという者なのだろう
くりくりとした真紅の瞳に触覚のような二本のアホ毛が特徴的な少年にも見える
しかし、奴隷売買に関わっているということは成人済みなのかもしれない
「なんていうか悪いね。そこまでしてもらうなんてさ、でも先払いとかお試し期間も兼ねてこちら側があげるはずだったものを渡すよ」
「いえ、成立してない以上頂くことは出来ません!」
「そういうのはいいの。それにさっき言ったともうけどお試しとして渡すだけだからね!もしもダメだったら現金で支払うよ」
そういいながらギアーナらしき男性の後ろから秘書らしき淡いピンク色の髪を持つ女性が一人の少女を連れてきた
クリーム色の髪と青い瞳の中に赤い瞳孔をもつ幼い少女だ
独特な瞳の色に思わず目を奪われたが、なぜこれが角が生えている人魚と交換する代物なのだろうか
そもそもこの大陸では【黒の病】という病気があり、感染した者は魔獣となっていき、最終的に死ぬと黒い液体となるという奇病がある
とはいえ昔からある奇病であるため、今の時代は自然と抗体を持つ者や治し方もわかっているため完全な魔獣となることはない
しかし、【黒の病】の影響で髪色や瞳の色が派手な色になったりオッドアイになったりする
つまり、少なくともこの大陸ではオッドアイとか派手な髪色とか持つ人が結構いるのでそんなに珍しいものではないのだ
確かに、目の前の少女の目の色は変わっているが少しだけ珍しいと思うぐらい
「とりあえず、この子には基本的に使用人とオクルスさんの護衛という仕事をするように教えましたので!あ、ちなみに名前はロンアだからちゃんと呼んであげてね」
ロンアという少女は小さく頷くとオクルスの元に行きペコリとお辞儀をした
まだ幼い子供が護衛をするなんて普通はありえないのだが、角が生えている人魚との交換が成立するぐらいの実力があるということ
同時にシュテルトは思い出した
オクルスは病を患っているらしく、たまに部屋にこもっている時がある
もしかしてそういう時の為に貰うつもりだったのだろうか
「分かりました。あと、彼の名前はシュテルトです。同時に例の人魚の捕獲を担当してくださる方です」
「よろしくお願いします」
「あぁ、君がシュテルトなんだ!捕獲、頑張ってね!」
「ギアーナ、もうそろそろ時間です」
「え?もうそんな時間なの!?リロラ」
「そうですよ」
「えーと、じゃぁ僕はこれで」
リロラというピンク色の秘書らしき女性に言われてギアーナは出ていく
するとオクルスの表情はすぐに仏頂面になりシュテルトの方に向きを変えた
「全く、金に目がくらんだ奴が…。シュテルト、すぐ無断売買をしようとした商人を捕縛しろ。殺しても構わん」
「分かりました」
これがオクルスの本当の顔だ
必要ないものや邪魔なものを徹底的に排除する冷酷な性格
例え、腕がよくてもオクルスから見て邪魔となれば消される
もちろんシュテルトは、オクルスが苦手だった
いつ自分が消されてもおかしくないからこそ笑顔を貼り付けて振る舞うしかないのだ
オクルスのお気に入りになるためにも
一方、部屋から出たギアーナ達は廊下をしばらく進むと気配がないことを確認してすぐに物陰に隠れた
まるで誰にも知らされないようにひそひそと喋りだす
「ギアーナ、どうやら魔王及び最初の勇者が決まったそうです」
「魔王はセアバルトから聞いたけど勇者は?」
「先程、シュテルトという青年がいたでしょ?彼が勇者です」
「あのイケメンくんね!なかなか面白いのを選んだね、ホンジュア」
クスクスと子供らしい笑顔を浮かべるギアーナはとても楽しげだ
やっと彼ら達は、この計画を進めれる時が来たことがとても嬉しいのだ
魔王をスカウトするなんて強い奴は大体プライドが高くてこちらの指示には従わないし、そんな魔王なんて必要ないから最初から作り上げることにもなった
また、勇者もスカウトしたくても魔王が用意できなかったら意味がない
言い方を変えれば、魔王と釣り合うような勇者が用意できなければならないのだ
「楽しくなりそうだね!この計画は」
その声を最後に彼らは光の粒となって消えていった