プロローグ
それは、綺麗な青い満月の日だった
月に照らされ白く輝く魔雫花は美しく、灯光蟲がちらほらと舞い飛ぶ
光の海を渡るかのように一つの巨大な馬車が通りぬける
いかにも幻想的だが、残念なことにこの馬車は奴隷を運搬するためのもの
ここから暫くしたところには、闇市があり奴隷達は、売られるのだ
奴隷馬車が進むごとに幻想的だった光がだんだん強くなり人の声も聞こえ始めた
馬車は、ゆっくりと動きを止め中から拘束した奴隷達を出し始める
長い耳と美しい顔を持つエルフや獣耳と尻尾が生えた人間に近い獣人などが拘束され、次々と並べられていく
そして、最後に一回り大きな水槽が出てきた
同時に、この水槽の中にいる奴隷は今回の目玉商品だ
あまりにもにでかい水槽が出てきたので周りの人は何事かと思い見れば驚きと興奮に満ちた声が轟いた
一人の商人が前に出て商品の紹介を始めるのだ
「さぁ皆さん、見てらっしゃい!今回は、二度と見ることが出来ない貴重な存在です!」
水槽の中には、淡い紫色の長い髪と見る角度によって淡い色がころころと変わる鱗を持つ一匹の人魚
日に当たることが少なかったのだろうか?雪のように白い肌は、とても美しくしなやかな体を強調し、二本の短い角を持つ長い髪から見える甘い顔には若葉のような瞳が人間の顔を写しだす
しかし、その人魚は女性特有の胸の膨らみがない
つまり、この人魚は雄の人魚なのだ
人魚そのもの自体も珍しいのだが奴隷として流通されているのはほとんど雌の人魚であり、雄の人魚は生まれる事さえも稀で見つける事も捕まえることも難しい存在である
「ねぇ、なかなか貴重でしょう?しかし、よく見てください!この人魚は角を持っております」
雄の人魚は、水槽の中で周りの音の騒がしさに両手で耳を塞いだ
感嘆の声と共に欲望や悪態に満ちた言葉が人魚の背筋を凍らせてしまう
「つまり、この角の形からして龍の血も流れているのです、しかも体型と鱗の形からして東の海の伝説として有名な龍の血の可能性が高いとのこと」
自分は、どうなるだろうか?
重労働を強いられるのか?それとも見世物として一生を過ごすのか?もしかしたら、拷問の末に悲惨な死を遂げてしまうのか?
あぁ、そんなことにはなりたくはない!!
なんとかしてここから出なければ
「いかがですか?どれほど、この人魚の貴重さがお分かり頂けましたか?」
観客達は、より強い視線を雄の人魚に向ける
美しい容姿と声を持ち、食せば不老不死になると言われる存在だ
しかも、かの有名な龍の血まで流れているという
たとえ龍の血が流れてなくても底のない魔力は持っていることには変わりない
だからこそ自分達のものにしたいと思う
「では、落札を始めましょう!八百万オーロから!」
その瞬間、次々と値段が人の手によって上がっていく
雄の人魚が購入されるのも時間の問題だろう
水槽の中で脱出方法を考えている雄の人魚は何かを決心したような顔になった
しかしそんな様子なんて眼中などない観客は値段を上げていく
たが、欲望にまみれた声は美しい歌声と雷の音で消え去った
観客の目の前には、粉々となった水槽の破片と電気を帯びた人魚の姿
蛇女のような長い体を引きずるかのように割れた水槽から引きずり出る
やはり龍の血が流れているからだろうか?
水槽の破片が刺さることなく体は無傷なのだ
「お、おい!早く捕まえろ!!」
我に帰った商人が声を張り上げ、それに釣られるかのように武装した人間が人魚を囲もうとする
しかし、電気を帯びた人魚に近づくなんていうことは難しい事であり、人魚が動く度に電気が花火のように散りながら攻撃してくるのだ
ちなみに、人魚自身あまりこの技を使いたくなかった
理由として、あくまでも雷を落としたり纏わせたりできる程度であり、動くたびに放たれる小さな電気花火は自分の意思ではやっていない
言い方を変えれば、他の者も傷づく可能性がある
同時に、電気を身に纏う姿は遠くから結構目立つもので、また捕まえられる可能性が高い
だからこそ、今の人魚の行動は逃げれるか捕まえられるかという危険な状況なのだ
「ほぅ、なかなか良いモノがこんなガラクタの所にもあるんだな」
ふと、急いで散らばっていく群衆の中からそんな事を誰かが呟いた気がした