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 気が付いたら女の子は立っていた。


 ……大変だ。ここはどこだ。というかなにがどうなってるんだ。

 女の子が把握できたことは、今は午後2時~4時あたりで、そこそこ発展した街にいるのだということくらい。


 記憶がまったく無いわけではない。とにかく現状がつかめない。自分が何なのかが分からない。

 いや、分からないというのは表現が正しくない。もともと知らないし、考えたこともなかったのだ。

 とりあえずミスタードーナッツでもかじってお腹を満たそう と、女の子は思った。思った。のだが。

 そのためにはお店に行って、お金を払わなければならない。でも女の子は今までそんなことをしたことも、する必要もなかった。欲しい時は気付けば手元にあったのだ。


 女の子は何も持っていない。お金も無いし帰る家もない。だがそれ以上に大事なものを持っていなかった。



 名前が無いのである。

 どうやら今の女の子は一般的な人間らしい。しかし女の子には名前すらなかった。女の子は今後の生活の心配より、それが気がかりだった。


 うーんこれはどうしたものか。外の世界にいるのだから自己の確立は必要である。そんな訳でとりあえずは名前だ。しつこいようだが名前が必要なのだ。

 自分で名前を付けるのは作業としては簡単だけど、やっぱり難しい。


 そんなこんなで悩んでいると、一人のお姉さんが「にへらっ」と口元を緩ませながら声をかけてきた。


「ねぇそこのお譲ちゃん。髪きれいだね。ちょっといいかな?」


 どうやらお姉さんは美容師で、美容室の宣伝に使うモデルを探しているようだ。

 女の子にとってこの申し出は都合がよかった。

 周りが女の子の事を知ったら、普通でないと思うだろう。幽霊だと思われても反論できない。しかしそんな風に思われるのごめんだ。

 自分は幽霊でないという確信はあるのだ。貞子あたりなんかと一緒にされたら、たまったもんじゃない。せめてこの長くて重い髪の毛はなんとかしてもらおう。


「いいけど、お願いがあるの。髪の毛はショートに。ばっさりと。」


「おおっ、思い切った事をいう子だねー、気に入ったよ! じゃあはい、これがあたしの名刺。あなたは?」


 私?私は・・・私はなんだろう・・・目薬に住んでいた小娘。目薬に。


「めぐ・・・す・・・り。」


「めぐり? めぐりちゃんかー。よろしくね!」


 ……しまった。思わず口に出た言葉で名前を勝手に決められてしまった。しかもまるでやすいライトノベルのヒロインや、AV女優みたいな名前。

 『めぐりちゃん』はちょっとイラっとしてお姉さんをけっとばした。


 でもめぐりちゃんは怒った訳じゃなかった。その証拠に名前を否定しなかった。むしろちょっと嬉しそうだったのだ。

 違うかもしれないけど、そのときのめぐりちゃんは確かに浮足立っていた。



 髪を切ってる最中、お姉さんは自分の話をしてくれた。めぐりちゃんは自分の過去を話せない・・・というか説明できないので、会話するのはちょっと心配だった。お姉さんもそれをなんとなく分かっていたのだと思う。

 お姉さんはまるで本当のお姉さんのようにあたたかかった。

 めぐりちゃんはぽつんとつぶやいた。


「お姉さん、ひまわりみたい。」


「え? なんで?」


「肌の色とか髪の色とか。あと良く笑う。でもなんかひねくれてるひまわり。」


「ええなにそれー、お姉さんそんな難しいこと言われてもわかんないよー。」



 『ひまわり』さんはずっと笑っていた。

 だけどなんというか、素直じゃない笑い方だった。まるで他人の恋愛にちょっかいを出す時の少女のような、そんな笑い方。

 けどめぐりちゃんにとって、それが逆に心地よかった。



「でもあたし、ひまわりにいい思い出がないんだよねー。」


「何でですか?」


「小学3年生の時さ、学校でひまわりを育てて観察絵日記をかいたことがあるんだ。ひまわりって太陽に向かって育つじゃない? そのせいか分からないけど、何故かあたしのひまわりの茎はぐにぐにまがったり歪んだりしてたのよ。」


「ほうほう。」


 ひまわりさんは続けた。


「あたしは茎が気になったの。花の部分よりも、ひまわりの高さよりも。茎が螺旋みたいに回転してるのを書き込もうとして、茎にばんばん鉛筆で線を引いた。気が付いたらあたしのひまわりの茎は、真っ黒になってた。男子にはいじめられたし、女子には気味悪がられたわ。」


 ひまわりさんは、やれやれといわんばかりの表情をしていた。


「……でもいいじゃないですか。なんとなくお姉さんらしいですよ、すごく。私はそういうの嫌いじゃないです。」



 ひまわりさんはびっくりしたのと、めぐりちゃんの発言の意味が分からなくて一瞬固まってしまった。でもなんだか嬉しくて照れてしまった。

 恥ずかしくなったひまわりさんは、めぐりちゃんの頭をわしゃわしゃしながら


「うるさーい。うるさいうるさーーい。」


 と照れくさそうに言いながら、「にへらっ」と笑った。







 ……そんなこんなしてるうちに、散髪と撮影が終了した。


「よかったら次はお客さんとして来てくれよー、めぐりちゃんよー。」


 ひまわりさんは満足気に、そして口元をゆるませながらめぐりちゃんを見送った。


 美容室の扉がからんころんと鳴る。

 めぐりちゃんはその音で少し寂しくなったけど、ふりむくとひまわりさんがまだ笑顔でこっちを見ていた。

 めぐりちゃんは沢山の愛情を受けとったような気がした。



 髪を切った後のめぐりちゃんは、まるで体が軽くなった気分だった。ジャンプなんかしたらどこまでも飛んで行けそうなくらいだった。

 ご機嫌なめぐりちゃんは鼻をスンスンさせながら街を歩いた。


 今のめぐりちゃんは最強だ。

 彼女にはミスタードーナッツすら必要ない。


 もう外は暗くて、街の明かりが目立っていた。

 特に行くところはなかったけど、めぐりちゃんは街の奥へと進んでいった。

 誰かさんみたいに『にへらっ』と口元をゆるめながら。





 めぐりちゃんは次の場所へとめぐります。


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