起
ゴウンゴウンゴウン……
無機質でうるさい製造工場。
女の子はベルトコンベアの上を流れていた。
何故目薬の中に閉じ込められているのか、女の子は気にも止めなかった。そんなことより自分が何故セーラー服を着ているのか、という事が気になった。
外に出られなければおしゃれができない。でも、ま、いっかと軽くつぶやいて目を閉じた。
自分はどんな持ち主のところにいくのかわくわくしながら……。
女の子の持ち主になったのは同じくらいの年の男の子だった。
男の子は目を大きくぱちくりしていたが快く彼女を受け入れた。
「きみはどうしてそんなところにいるの?」
「しらない。」
「ちょっとつかってもいい?」
「いいんじゃない? 私は目薬の中にいるだけだもの。」
こうして不思議な共同生活が始まった。
男の子は常に目薬を持ち歩いた。時にはブレザーのポケット、時にはズボンのポケットにいれて。
ちなみに女の子はズボンのポケットの中の方が好きだった。ブレザーの中だと男の子が脱ぎ着したときに目が回ることがあるし、ズボンのポケットなら彼の温かさを感じることが出来て、なんとも表現しづらい不思議な優越感をおぼえることができたから。
授業中なんかは目薬は机の上に置かれていた。
男の子の席は窓際だったので、彼女はとても気持ちがよかった。
まるでボートにのって海の上をぷかぷかと浮きながら空を見上げている。そんな気分だった。
時には男の子の授業中にわざとこれ見よがしに食事をとってやったりもした。
「何食べてるの?」
「サンドイッチと黒酢ジュース。」
「そんなものどこにあったの? 目薬にまざったりしたら嫌なんだけど。」
「しらない。だってそんなこと興味ないもの。」
女の子はちょっと変わっていたが、男の子はごく一般的な高校生だった。だから目薬を持ち歩いているうちに、当然のように女の子に恋心をいだいた。
勿論普通に告白したり付き合ったりしたいと男の子は考えた。でも男の子はそれをしなかった。
なぜなら告白しても何も状況が変わらないと思ったから。このままでも24時間一緒にいるようなものだし、どう転んでも二人は手をつなぐことも、えっちすることもできないから。
勿論そんなことはただの言い訳で、OKを貰えなかったときの事を考えたら怖かっただけなのだけれど。
しかしそんな事は知らず、同級生で男の子の事を好きになってしまった子がいた。そうだなぁ、名前は分からないので、好き子さんとでも呼ぼうかなぁ。
好き子さんはいつも男の子を見つめていた。でも男の子は女の子に夢中だったので、その視線に気付きもしなかった。
男の子はいつものように目薬を持ち歩いていたが、ある時ポケットから目薬を落としてしまった。
いつも男の子を見ていた好き子さんはそれを拾って、持ち帰ってしまった。
女の子の姿は、好き子さんには見えていなかった。
話相手もいないので女の子は暇つぶしに考えた。ああ、前からこっちを見てたけど、この子は男の子の事が好きだったんだなぁと。
私を見ることができるのも、私と話せるのもあの男の子だけだったんだろうなぁ。だってそうじゃなきゃ目薬の中に私がまざっちゃうことなんてありえないじゃん。出荷前に誰かが途中で引っ張り出してくれてるはずじゃん。
そう考えると女の子は急に怖くなった。このままじゃずっと一人ぼっちだと。早く男の子のもとへ急がなきゃ……と。
好き子さんが目薬の蓋をあけて使用するたびに、女の子は外に出ようと試みた。でもいつまでたっても出ることはできなかった。
いつしか目薬の中身は空っぽになった。幸運にも目薬のケースは、捨てられずに好き子さんの机の上に飾られる事になった。でも二度と蓋が開くことは無かった。
……どれくらいの時間がたったのかな。
男の子は、女の子との思い出を自分の妄想だと思うようになっていた。
それに従い女の子への気持ちも薄れ、男の子さんは好き子さんに告白され付き合うことになった。
ある日、男の子は好き子さんの家にお呼ばれされた。
男の子の目に、机の上にある目薬のケースが飛び込んできた。
でも男の子は女の子の姿を見つけることができなかった。