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第三期 塔の中

大変だ、なんて言っていられる間は、まだ余裕だ――。



『いい加減にしろっ! 何度言ったら分かるのだ、貴様はっ?!』


温い温度を保つ床に正座させられたセイルは、俯き加減のまま、激怒する雀螢の説教に耳を傾けていた。

 セイルが参戦したことで、討伐が早く終わったのは事実だが、主を守ることも使役されるモノとしての使命だというのに、その本人に使命を全うすることを遮られれば、怒るのも当然だ。


「だ」

『だが、なんて言葉は認めぬっ!! いい加減に俺に護られろ!!』

「理由がない」

『無いとは言わせぬ!』


元はといえば主を護り、敵を倒すことを目的として使役されている雀螢は、自らのみが戦うことこそが役目。主に手助けされるなど、以ての外だった。

 型破りな主に怒号を飛ばしても、セイルは肩を竦めるだけでまったく反省の色は見えない。


「せぇ……ちゃん…?」


さらに言い募ろうとした雀螢は、少女の声に、瞬時に姿を見えなくした。主だけに、その姿が見えるように。

 温い床を裸足で歩くのは、二十歳過ぎと言ったとしても、そのまま通ってしまいそうな少女。少し垂れ気味の瞳の中には赤の強い薄紫色が、焦点をあわせようとしていて、せわしない。


「やっぱり、セーちゃんや!」


焦点が合っているというのに少女の瞳は、まぶたの下にほぼ隠れてしまっている。

 主へと近づく女に、雀螢はどうしたものかと悩むが、セイルが心中で「手を出すな」と伝えたので、それに従う。

 足取りはいたってゆっくり、しかし、セイルからあと二、三歩のところで急加速。

 放たれたのは高速の蹴り。

 横腹を狙ったその蹴りを避けず、ただ冷めた目で見下ろした。

 その蹴りが、寸でのところで止められると分かりきっているといった態度に、少女は表情を一切変えずに、


「酷いんねえ、無粋な横槍を入れさせるなんて、卑怯やわあ」


浴衣のような服から、蹴りを放った素足に当てられるは灼熱。本人の感情に比例した熱に、少女は足を下ろし、あまり変化しない細い目を向けた。


「フレイ、手を出すな、と言っただろう?」


主の叱咤に反論しようとしても、鋭く光る瞳に封じられた。姿は見えないが、そこに何かがいるのだと、シグレは不快な表情を隠しはしなかった。

 フレイは、見えていないはずなのに自分をじっと睨みつける視線から逃れるためにも、大気へと紛れ、主から声が掛かるまで、休息することにした。


「悪かったな、シグレ」

「ええんよぉ、気にしないわ。それよっかここはどこなんか、教えて欲しいんやけど?」

「城の中。地下だ」


地下。

 地面の下にある部屋へと、視線をぐるりと回し、シグレはまぶたを軽く動かした。


「誰がここを護ってるん?」

「おそらく、ここの大人たちだ」

「おそらく? 何かあったん?」


辺りの状態からして、見たこともないものがたくさんあれば、そう聞くのは当然だろう。


「説明は後にしよう……昼日のほうが詳しいだろう。一緒に来るか?」

「行く。昼日の(あね)さんなら何か知ってそうやからね」


×××


共同墓地に戻ると、昼日はどこから手に入れたのか、花を骸の山の前に供えていた。

 属区の要素に影響されて色を変える花は、八つの花弁が一つずつ、それぞれ赤、紫、黄、緑、白、金、青、水色で彩られていた。

 どこにでも咲いていたはずの花は、今は何処に咲いているか分からない。

 短く昼日の名前を呼ぶ。セイルの声に反応した昼日は、微かな悲しみの色を表面上から消すと、柔らかな笑みを浮かべた。


『お帰りなさい』

「ああ……シグレが、聞きたいことがあるらしい」


どうして彼女が一緒にいるのか、などと聞くのは愚問だ。

 昼日は、シグレの前へと移動すると、人物照会を即座に終わらせた。マクモ・シグレという人物本人だと、確認された。


『おはようございます。私に、聞きたいことはたくさんあるでしょう? まずは、一つ』

「通り過ぎた時間については聞きやしまへん。あたしが聞きたいんは、ジリュウの(あに)さんがどこへ行らっしゃるんか、や」


不快な雑音(ノイズ)が混ざった声が回答した。


『ソレハ極秘情報ニ分類サレマス』


昼日が回答したのではないようだ。彼女は呆然としている。

 博士の残したプログラムの一部だろうと昼日は説明した。


「昼日、パスの設定はされているのか?」

『分かりません。私にはアクセス権すらない事項なので……すいません』

「いや、いい。それよりも、あくせす、とはつまり……?」

『それに問い合わせする権利のことです』

「ああ……お前がこれをいじってくれたおかげで、多少は分かるのだが…な」


セイルが自身の耳たぶに触れれば、複雑な色合いの石が、これも一体どうやって作ったのか、複雑な形でぶら下がっていた。


「兄さんがいないとなると、セイル。あんたがどうにかして、まずはあたしらん塔に光を燈さんとな」

「……言語翻訳の難しい言葉ばかり使うな、疲れる」


翻訳する際の無駄な雑音が直接耳に入り込むことは、とても疲れるのだとセイルはシグレに言ってみようかと思っても、彼女自身の個性とも言うべきそれを、禁止させるのは自分勝手だと分かっていたため、言いかけた言葉は空気に溶けた。


「ええやんか、こんなんあたしだけなんよ? 個性と言いんしゃいな、個性と」

「そうだな、確かに個性だ……まあいい、とにかく城に光を燈そう」

「城、やなくて塔、やろ?」

「……行くぞ」


光を燈すことを、夕闇は待ってくれない。

 長い一日に終わりを告げる闇は、もうすぐそこまで迫っている。


『セイル様、シグレ様』


ジリュウの残した移動術が残っている、昼日はそう説明して地下から一階へと上がった。

 中央には、黒ずんで効果を成さない陣が描かれていた。


『これです』

「んー、何やこれ、封じが施されとる……あたしにゃ無理や」

「そうか、そういうことか……」

「解けるん?」

「分からない。理由は簡単、確信がないから、だ」

「それでもやってみるんしょ?」

「そうだ」


封じの端々に見えたのは、砕けた属石(ぞくせき)。薄暗い中でも、それは淡い光を放っており、薄氷を思わせる属石に触れたセイルに反発し、指の先を凍りつかせた。

 凍った人差し指をそのままに、炎を思わせる属石に触れれば、凍りついた指の先から溶けて出た水滴が垂れた。


「何がしたいんの?」

「そこの、紫色と、水色の石は見たことがない。雷属区と氷属区のものか?」

「……一緒にしないでもらえる!?」


自分たちとは別の属区と一緒にされることは、属区での生活が長いものほど不快が高い。


「そうか、では、そちらの石は貴様らの属区のものか?」


言い方を変えてみれば、素直な返事が返される。


「そう。名前は付けられていないんね、炎嵐石みたいやね?」


薄い光にかざせば、燃える赤と光る紫色が光に透けた。


「紫が混ざっている。雷属区の色だ」

「高貴な色とも言われてるんやけど……炎雷石、とでも呼ばさせていただきましょうか」

「字は、どう当てる?」

「赤は炎、派生したるは雷の紫。美しき色合いは正に炎と雷を表すかのごとく、炎に、雷。我ら炎属区より生まれし属区には、あまるほどの名。」


暗闇に、透けていた光は輝きを失った。

 振り向く薄い赤紫が、闇の中で赤の瞳を探した。見えるはずがない。

 静かな夜へと足を踏み出した。外から微かに入ってくる風は、強く叩きつけてきている。


「何故、一つの属区から派生する属区が生まれたかは知らぬが、とにもかくにも光を。異存はないな?」

「ありゃせんよぉ、しっかしどうやって光を燈すん?」

「まあ、見ていろ……」


×××


八角形の図の内部の角に触れるように円を描き、図の外にも同じように円を描く、八角形の頂点の先には小さな丸が、そして、その小さな丸に触れるように描かれる一番大きな円。

 八角形の先にある丸の中心には、砕けた属石が、消えそうな淡い光と共に鎮座している。八角形の内部にある円の中心には、セイルが立つ。

 シグレは雷の属石のある円の外から、垂直な場所に立っている。

 属石の配置は、炎、水、地、風は塔の色通りに、炎の上の円には雷が、水の上には氷が、そして塔の仮の頂点にあたる部分には無き金属区の属石が、最後に残った円は、天属区の場所だった。


「ホントに、これでどうにかなるん?」

「……お前が、言ったとおりに動いてくれれば、な…」

「信じきることはできへんけど、あたしにゃどうにもできんから、あんたに任せる」

「ん」


短い声を出して、小さく頷く。セイルは、シグレに自分の発する言葉を聞こえないように、言霊を使う。対人に影響する言霊は、相手の同意無くやれば危険だが、今回はシグレが今から起こることに同意しているため、すんなりと通った。


「『我が飄々(ひょうひょう)たる風の意思に従い』」

深緑を思わせる色の風啼石(ふうていせき)が輝きを増す。


「『我が堂々たる地の意思に従い』」

燕が中へと彫り込まれた茶色の岩燕(いわつばめ)石が風啼石と光の線を繋ぐ。


「『我が清冽(せいれつ)なる水の意思に従い』」

青瑪瑙に似た色の水波石(すいはせき)が、岩燕石に光を繋げた。


「『我が苛烈なる火の意思に従い』」

炎を思わせる赤の炎嵐石(えんらんせき)が、水波石へと光を伸ばした。


「『我が堅実なる金の意思に従い』」

黄金の輝きを持つ金狐石(きんぐせき)が、長い光を発した。


セイルがシグレに目配せをした。

 シグレは頷き、属区の誓いを口にした。


「『我が轟々たる雷の意思に従い』」

シグレの髪が紫の光に押されるように舞う。炎雷石(えんらいせき)の光が、強く炎嵐石と繋がる。セイルはさらに続けた。

 輝きの戻らない2つの石に向けて、言葉を向ける。


「『我が冷鋭なる氷の意思に従い』」

冴え冴えとした光を放つ氷牙石(ひょうがせき)が、水波石と似た色の光を伸ばす。


「『何者にも囚われぬ天の意思に従い』」

属石の中で一番の輝きを持つ空羽石(くうはせき)が、属石たちと共に陣へと光を満たした。

 そこでセイルはもう一度シグレに合図をして、言霊の効果を無くさせた。

天翔(てんしょう)!!」


光が爆発。天井を射抜き、空へと昇った。

 強力な光は、属区の領地を移動する彼らの目にも届いただろう。

 八方へと飛び散っていった光は、数秒もすると消えていった。

 強烈な光に目を閉じたシグレとセイルよりも先に、昼日が塔内部へと光が燈っていくことを確認した。おそらく、塔の頂上部にも光は燈っている。

 目に焼きついた光の点滅が、漸く収まったところで、シグレが突然頭を押さえだした。

()ぅっ!?」


頭を抱えて床へと膝をつき、進入してくる痛みを堪えようとした。


「ど……っ?!」


セイルも、少し遅れて頭痛に襲われ、ふらついた。

 間もなく膝をつくことになるだろうセイルに近づこうとして、昼日は生体反応の無い、“何か”の気配を感じ、セイルよりも、そちらの方を優先させた。


『……あなたの仕業ですか』


昼日が八色の光を見つめながら言うと、そこへ体を光に透けさせた男が現れた。

 実体は無い。熱反応も何も無い。映像装置も無い、昼日はそれがこの国だからこそできることなのだろうかと、内心で思った。


――そうだ。悪かったな、こうしてやるほかに方法が無かったもんでな。


声に、歯を食いしばったセイルが顔を上向ける。シグレは、頭を片手で押さえながら、そちらを向いた。


『何がですか? 彼女たちを苦しめてまで、何を……?』


責めるような言葉に、男はまるで何を言われたか分かったかのように肩をすくめた。


――他の属区との摩擦を減らすためにな、強力な言霊をかけたんだ。

―― 一時的であれ、他属区に敵愾心を薄める言霊だ。今、それを解いている。


『解く必要なんて……ないのでは…?』


昼日の本音に、男は苦笑した。

 属区同士の争いを知っているからこそ、昼日は摩擦をなくすための言霊を解く必要などないと考えた。しかし、男の考えは違っていた。


――そんなことをしてできた関係は偽りだ。少しでも、目覚めた奴らが属区を気にせずに協力できたのならば、解いて、それでも協力できたのならば……いいと思わないか?

『そう、ですね』

――そうだろう? だからだ。


昼日が反論できなくなっていると、言霊を解かれたセイルが男に向かって叫んだ。


「ジリュウ!! 何故私を炎属区へと送った!?」

――……お前じゃなきゃ駄目だったんだよ。

「何が!!」

――ここを護るのは、お前でなけれ……ば…。


塔全体が大きく揺れた。

 男の姿は揺れに同調するようにその姿を歪ませる。

 嫌な気配に汗が止まらない。セイルは、やっと頭痛の治まったシグレを無理やりに引っ張って、早口に言葉を発して、跳んだ。

 昼日は、一人外へと出ていったのが見えた。


×××


「何や、これ」


呆然と、抜け落ちるかのようにシグレが言った。

 セイルは、目を見開いて、そして、信じられないものを見るように、“それ”を見た。

 属区の領土の端に現れたのは巨大な光の柱。にも見えた。

 しかし、それは巨大な硝子で出来た柱で、中には属区の色の光で満たされていた。水でも入っているのか、そこにある“もの”はゆらゆらと漂っていた。

 人、ヒト、ひと――。

 そこに浮かんでいたのは大人たちだけ。ただ、目覚めることも無く、何かを思うことも無く、そこを漂っていた。


「ああ……そう…なのか?」


泣けはしない。だが、その顔は今にも泣き出しそうで、セイルの口は、喜びたいのか、悲しみを表したいのか、変な風に歪んでいた。




何故、どうして……疑問ばかりが浮かんでは、解決できないままに濁り、溜まっていく――。





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