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第二期 出会いの終

誤字を修正しました。

さ、戻ろうか? 自分の、居場所に――。




「また……!!」


天の属区の領域に足を踏み出したころには、天候はまた急変し、雨は降らないというのに雷ばかりが落ちていた。

 轟音と、閃光。

 避雷針は外属の文化ならばある物。天の属区外であるこの場にあるはずもなく、いつ自分の間近に落ちてくるのかと、セイルは冷や冷やとしながら天の属区へと向かっていた。

 雷にあたったのか、機能をショートさせたロボットやらヒューマノイドやらが、転々と転がっていた。ロボットならばいい、しかしヒューマノイドはどうも人間の死体のようで、気味が悪かった。セイルは、自然と足を速めた。

 機械人形たちの隣を進むと、小さな駆動音。おそらく自己修復機能だろうと推測し、回復してしまう前に走り抜けた。

 何十回目かの雷鳴。

 いったいこんな異常気象を誰が起こしているのだろうか。

 人の手では無理だ、ここまでの影響力を持つ能力者は、各属区の当主か、次期宗主候補くらいのものだ。


「つまりは、俺もそうなんだけどね……さすがに、火の海にするわけにもいかないし」


当たり前のように、炎属区が扱うのは火炎で、水属区は水波のように、属区によって使える力は固定される。それぞれ能力の違いは出るが、飛びぬけているのはやはり当主と、そうなるに相応しい能力を持つ同じ属区の人間、継承の際には属区ごとの“やり方”というものがあり、それに従い強い能力を持つ人間を次期宗主とするのだ。

 うろ覚えではあるが、セイルは知っていた。

 雷属区は継承者の()式で、劣った能力者を、死ぬまで幽閉し続ける。外属で言う、“終身刑”と同じだ。違うとしたら、その刑に処されるのが、これもまた外属で言う“無罪”の人間だ。


「弱肉強食ぅーってやつ。な、昼日?」


背後に近寄る気配に、セイルは気軽に話しかけたつもりだった。実際は、脅しかけるようだったが。


『久しぶりでス。セイル様』


言語機能が少しおかしくなっているらしい。女性の音声に、男性の声が混じっているようだった。

 礼儀正しくお辞儀をした、昼日と呼ばれたヒューマノイドは、セイルの個体認証を密かに、素早く終わらせ、本人だと確認できると、自身の警戒モードを解除した。


「や、久しぶり。“城”にいるかと思ったよ」

『あなタ様の姿を見つケたからでス』

「属区の人間に見つかると面倒なことになるよ?」

『それはありえません』


断言する声に、雑音は混ざっていない。

 セイルが疑念を口にする前に、昼日は背を向けて歩き出していた。

 長い間手入れのされていない服は、ところどころが劣化、風化し、人工皮膚をさらしている。風化した状態は、偽装することができない、どれだけの時間が経ったのだろうか、未だに未来に目覚めたなどと白昼夢めいたことを信じてはいない。

 唯一、おかしい点を指摘するとしたら、やはり別の属区の人間が馴れ合っていることくらいだった。


「何か隠しているな?」

『あなタ様にスケっとをしテ、いタだきタいのでス……』


唐突に、気が付いた。

 声が不自然なほどに雑音に変わる、その規則に。


「こっち、向け。昼日」


無言のままに振り向いた昼日の表情は、漂白されたように無垢な瞳をしていた。


「刹那の間だけ、それで終わるから」


言いながら、蔦の紋様が腕まで広がった手を、真っ直ぐに伸ばし、記憶装置が組み込まれている腹部へと、炎をまとわせて刺し貫いた。

 抵抗をしようと頭を握りつぶそうとしていた機械の腕が、力が抜けてセイルの顔面を撫でた。顔には、薄く赤い痕がついていた。

 下手をすれば死んでいたというのに、思ったより冷静な自分を、若干軽蔑しながら、セイルは肘のあたりまで貫通させた腕を無造作に抜き去った。

 手の中で燃え尽きるそれは、属区の人間たちの技術では作れるはずもない制御装置(チップ)。昼日は、これに思考を奪われ、護るはずの塔から出てきてしまった。

 蔦が肩の辺りまで侵食。締め付けるような痛みを与え、セイルの腕が悲鳴を上げる。


「痛く……ない、痛くないぃっ!!」


現実逃避にも近い言葉を繰り返すセイルに、膝を折った昼日は反応しない。

 自己修復機能を、腹部の大穴に集中させているせいだ。人工的に作られた瞳は、虚空を漂っている。


「う、ぐ……っ!?」


刺すような痛みは、今や腕を万力で挟まれ、限界まで締めたような痛みに変わり、セイルは気絶をする寸前だった。叫び声も出ない、いや、出せないほどの痛みに変わっていた。


『セイル様、大丈夫ですか?!』


わずかに残された映像機能が、セイルの異常を感知。主要の回線だけを緊急でつなげ、昼日はセイルの悶絶する原因を即座に解析、要因とされる蔦を取り除く方法を検索した。

 しかし見つからない、結果は何度も“不明”としか反応してこない。

 声にならない叫びばかりを漏らすセイルの腕からは、蔦が圧縮されたように小さくなっていくので、昼日はサンプルとして、正気を保てていないセイルの、蔦の残る皮膚の薄皮を採取した。

 幻痛ならば、意識を引き戻せば対処はできるが、セイル本人は完全に幻痛に捕らわれて苦しんでいる。


『それは幻痛、幻痛なんです! 戻ってきてくださいっ!!』


セイルは必死に呼びかける昼日の人工皮膚を、痛みから逃れるためなのか、破けるほどに爪を立てて、掠れた呼吸音を漏らした。

 正気を失った瞳は焦点を失い、落ち着きなくそこかしこを漂い、瞳がこぼれてしまいそうな勢いだった。

 痛みから逃れるために、自分の腕を掻き毟って血を流すよりはいい、だが、昼日は焦った。

 早く幻痛だと気付かせなければ、危ない。

 昔、目隠しをした人間に、これは焼けた鉄だと言い、皮膚に当てると、そこに水ぶくれができたように、幻痛を現実の痛みと倒錯させたままだと、命までも失いかねない。


「ぜっ……あ…っ!!」


『我ガ苛烈ナル炎ノ意思ニ従イ!!』


炎属区の、能力を使う際に立てる、誓いにも似た言葉。

 ほぼ吐き出すだけになっていた酸素を、セイルはゆっくりと取り込んだ。幻痛が、嘘のように引いていった。


『……大丈夫ですか、セイル様?』


深呼吸を繰り返し、おかしいほどに跳ねる心臓を、無理やりに押さえつけた。セイルは爪を立てた昼日の裂けて、血液にも見える液体(オイル)を流す人工皮膚を撫でた。


「ごめん……もう、大丈夫…いったい何だったんだ、あの痛み…」


口の端を伝う泡をふき取り、自らを落ち着かせる。正気を取り戻しはしたが、セイルの思考はまだ正常に戻ってはいない。

 深呼吸をしたといってもまだ息は上がっている、セイルの背中を優しくさする昼日の手には、無機物の冷たさはなく、人体の温かみがあった。

 背中に触れた手のひらが脈拍をとり続け、平均的な状態に戻ったところで昼日は手のひらを離した。


『落ち着きましたか?』

「うん。ありがとう」

『私も言わなければいけませんね、ありがとうございました』

「お互い様、って奴。さ、行こうか、“城”に、ね……」


雷鳴も遠のき始めている。

 異常気象もまた、別のものに入れ替わろうとしているのだ。異変が目に見えて現れる前に、昼日はセイルを気遣いながら、足を速めた。


×××××


“城”の外観は、誰かの能力の残滓が残っているのか、古くなった様子は見えない。

 内装はそこまでもいかなかったらしく、ところどころに崩れた土くれが床を汚していた。

 昼日が外属から伝えた機械は、すでに電力が供給されていないために、ただの鉄の塊と化していた。ここに、誰でもいいから雷属区の人間を連れてくる必要がある、セイルは、すでに機能しなくなった侵入者用の、罠のある位置を確認しながら、一階の中央で歩く足を止めた。


「どれだけの時間が経った? これは集団で見ている夢じゃないか、その可能性を考えた……理由は簡単、だ。ただの現実逃避。だけど、これは現実で、誰も、残っていないんだな…」


天の属区の長をしていた男の顔が、花火のように現れ、一瞬にして消え去っていった。セイルは、天井を見上げ、昼日から聞いた外属の物語を思い出した。


「ここは、バベルの塔のようにはならなかったんだな」

『“彼”は、空を目指すほどに、おこがましくはなかったからでしょう』

「ここには、誰も残っていないのか?」

『ええ……確か、二階に共同墓地としたスペースがありますが…』


言葉を切り、セイルの意思を汲むという態度を昼日はとった。


「行くよ、せめて手ぐらい合わせてやりたいからね」


まだ、これは夢だと思いたい自分が、「現実を受け入れに行け」そう囁いた。

 昼日に誘われるままに、セイルは踏んだ先から崩れていきそうな階段を、一段一段踏みしめていった。落ちたくないのか、このまま踏み抜いて現実に戻るなどという幻想を抱いているのか、セイル自身もよく分かっていなかった。


しつこい、しつこいよ――。


セイルの頭の中で囁くのは、失った過去の自分。あまりにも冷え切った言葉に、足を止めて消えろと念じる。

 頭の中で叫び続ける声は結局消えなかった。だが、昼日が先ほどの出来事で心配をしている限り、これ以上心配の種を増やさせるわけには行かないと、セイルは昼日の背中を追った。

 辿り着いたのは、観音開きの扉の、半分が崩れ去り、見る影もなくした場所だった。


「この先に……みんなが?」

『実のところを言うと、みんな、というわけではありません。子供たちだけ、子供たちだけは地下で、あなた様のお帰りをお待ちしています』


改まった言葉に、自然と目を見開く。昼日は真剣な眼差しで、セイルを捉えて放さない。


俺がいなくなったら、後は頼むぜ――!!


記憶に残る“彼”――セイルからしたら10年前――が、大人がいたというのに、セイルに掛けた言葉。

 何でそんなことを言うのかと尋ねた、あの頃を思い出し郷愁に駆られた。


「……それらしく(・・・・・)したほうがいい…のかな?」

『それは、あなた様にお任せいたします』


機械人形(ヒューマノイド)本来の硬質な声が返答する。

 従者を思わせる昼日は、セイルの言葉を待っている。今後に左右しかねない決定を、他人に決めさせるわけにはいかないからだ。


「仕方ない、元に戻すよ。あいつに、一瞬のためらいを生ませやすいし、な……」

『アギラ君のこと、でしょうか?』


彼女が「あいつ」と呼ぶのはただ一人、炎属区の少年しかいない。セイルは、聞き返す昼日に意地悪く口の端を吊り上げて、笑った。


『一瞬のためらいとは、どういう意味ですか』


同じ属区にいたことを知っているだけあって、昼日は疑念を抱かずにいられなかった。

 再び、セイルは笑う。今度は、悪意をこめた笑いだった。


「一瞬の隙さえあれば殺すには十分だろう、なあ、昼日?」


油断をさせるために作っていた表情をはがしたセイルの声は、闇を含んだ、厳格なものだった。


「敵には容赦する必要はない。私の、いや、あの人の残した場を守りたいからな」

『……行きましょう』


“彼”について言いかけた言葉を飲み込み、昼日は崩れかけた扉を押した。

 完全に崩れ去り、砂と埃が交じり合って舞う場を、すべての埃が落ちる前に、それを踏み潰すようにセイルは昼日の横を通り過ぎた。


「ただいま、帰りました」


汚れた床に膝をつき、何もかもの感情を押し殺して、自らの帰りを告げ、そこで顔を上げた。

 白骨化した死体が幾重にも重なり、山を作っている。

 風化した服は、触ればぼろぼろと崩れ去りそうだ。

 誰も彼も、傷はないままに死んでいた。

 セイルにとって、それは救いだった。戦って死んだ人々の悲しみや、その親族の悲しむ姿を幾度となく見せられたからだ。

 だが、折り重なって誰かの来訪を待つ骸骨たちの中、輝く物をセイルは見つけた。

 立ち上がって、白い山に近づき、隙間からうまく手を突っ込み、輝いていた物を取り出そうとしたが、一緒に小指がついてきた。

 細くやつれた跡がある小指にはめられていたのは、青瑪瑙に似た石のはまる指輪だった。


属石(ぞくせき)……水属区のものか」


色で分かった。セイルは、天の属区にやってきた水属区の人間を思い浮かべたが、大人ばかりで、大人は全員指輪をはめていたので、分かるはずもなかった。

 属石の発動条件は何だったのか、鮮明でない記憶が幾つも重なるので、昼日のデータベースに頼ろうとし、昼日の名を呼んだが、返事が返ってこない。

 見れば、昼日は脆い壁に寄りかかり、自らの体を修復していた。機能を停止し、光を失った瞳が、無機質にセイルを観察した。

 気を遣っているのだろうか。とにかく彼女の修復が終わるまで、セイルは声をかけないことにした。


「仕方ない」


言いながら、能力を使うときや、戦うときの誓いの言葉を、属区ごとに思い出していき、水属区の誓いを口にしてみた。


「“我が清冽なる水の意思に従い”」


それが正解だったようで、指輪は淡く発光し、ぼやけた女性らしき輪郭を作り出した。

 思念を残す指輪は、能力が使える人間でしか作れない。だから、この女性らしき輪郭は成人していると断定できる。


――お帰りなさい、セイル。

――あなたが来たということは、私はもう死んでいるわね。


ぼやけた輪郭が、顔だけでもはっきりさせようと足の辺りの輪郭を消している。


「分かって、いたのか?」


思念しか残さない女性に話しかけてみても、返答など返ってくるはずもない。

 だが、思念のみとなった女性は、セイルがどう受け答えしてくるのか分かっていた。


――私を受け入れてくれた“彼”が、あなたたちを眠らせた後に教えてくれたのよ。


女性の輪郭が、しっかりとしてきた。


「スイレン……なのか?」


小声だったが、その問いに答えてくれもしない女性は、ただ微笑んだ。


――私はあまり力がない大人だから、あまり言葉を残せないの、無駄話しちゃったかしら?


子供っぽく笑うスイレンは、属区の中でも下から数えて5本の指に入るということを、いつも笑って話していたことを思い出した。

 セイルはこの女性がもう笑いかけることもないと思うと、何故そうなってしまったのか、何がそうさせたのか、そうさせた原因に対して、強い怒りを感じずにはいられなかった。


――とにかく。私が言いたいことは2つ、1つは……ノ・…ィ


この世にわずかに足をつけていたスイレンが、どこか遠くの地へと引っ張られ始めた。

 姿が少しずつ不鮮明になっていく。

 触ったら、崩れてしまいそうだ。

 「待って」と出かけた言葉も、どちらにしろ無効にされてしまうのだと、セイルは口を引き結んだ。


――を、つけて。2つ……は…


声がうまく聞き取ることができない。

 セイルは、あと少しだけ、彼女が消えるまで、スイレンがすべてを話し終えるまでもってくれと願った。

 願いは通じたのか、それともスイレン自身が最後の言葉に力を注いだのか、輪郭は完全に生前のものとなり、今はもう見ることのできない笑顔を見せた。


――私の指輪、持っていって頂戴。ありがとう、と……

――我らが水の加護を。


それで、最後だった。

 何があろうとも他の属区に与えてはいけないとされる加護の言を、与えたのならば死にも近い罰を受けるそれを、スイレンは与えた。属区という重石は、彼女の背からはすでに取り払われていたのだった。

 彼女の思念はすべて消え去り、跡形もなくなった。スイレンがいたはずのそこには、青く輝く指輪が落ちていた。

 セイルの足元に積もっていた埃が、黒い染みをつくった。涙ではない、数秒後に埃と一緒に固まったそれは、赤黒い塊になっていた。

 指の腹の部分を口で噛み切った。セイルは、指から流れる血を、拾われることを待っている指輪の上に垂らした。

 血を弾くことなく吸い取った指輪は、変色し、青瑪瑙に似た色をした石は、炎属区を示す赤に変色した。


「我らが、天の加護を」


炎属区の名を語ることを許されないセイルは、それでも炎属区にいたという痕跡を残すために、属区の色に染めた指輪を埃の中から掬い上げて、高く掲げ、目を閉じた。

 涙は出ない、出すことすら許されなかった過去が、今もセイルを抑制している。

 いつからそうなったのか、思い出すためには気を失うほどの頭痛と戦わなければいけない過去を、セイルは思い出すつもりはなく、ただ、死者のために祈りを捧げた。


「彼女に」



「彼女に……冥福を…」





何故、あなたは笑うのだろうか――


 何故、あなたは死を受け入れたのか――


何故、私たちを残していってしまったのだろうか――




あなたは、どこへ――




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