第二期 出会いの始
言い回しがおかしくなっていたので修正しました。
忘れるな、一番に怖いのは表面上はおとなしく、内心で何を考えているか分からない人間だ――。
辺りの雪を溶かし、周りは真冬だというのに真夏を思わせる状態にしていたのは、双子にとってはつい最近会ったばかりの人間で、もう一人は炎属区と思わしき人物だった。
互いの両腕が発光している。セイルが片腕を思い切り前へと突き出すと爆炎が辺りの視界を奪う。対する炎属区の男は、片腕のみだったセイルとは違い、両腕を高く上げ、まるで刀剣類を握るかのように指を曲げた。
小さな光がともり、炎で形作られた刀が現れた。シンスウは、遠くから、よく見えないそれが何なのか確認しようと眼鏡を外そうとした。スーシンがそれを止めさせ、自分達の周りが今、おかしな程に加熱していることを伝えた。
危険だと察知して、一歩下がる双子の背後に、何者かの気配が近づいた。
「はい、動かないでもらえますかね?」
シンスウが素早く振り返るよりも早く、スーシンの首筋に鋭い輝きを持つ刃物があてられていた。
瞬間的判断で動きを止めたシンスウを褒めるかのように、その何者かは刃物を持つ手と、もう片方の手で小さく拍手をした。ごく微細な動きとはいえ、刃物に軽く触れたスーシンが身をすくませる。
「スーシンに……手を…出さないで」
「あなたが動かなければ、ですがね……もしかしてとは思いますが、あそこで戦っている方とお知り合いですか?」
響いてきたのは飄々とした印象を受ける男性の声。肯定を示せないスーシンの変わりに、シンスウが二度ほど首を縦に振った。
スーシンの事もあって、シンスウの視線は依然と、時折爆炎を撒き散らすセイルと、炎属区の人間の方へと向いたままだ。
後ろでは、深海の瞳が思案の為どこか彼方を向いていた。
「アギラっ! 一体何のつもりだ?!」
紅炎の剣を交わしながら、セイルが橙色の炎で盾を形成しながら叫ぶ。
炎同士がぶつかり、火花を散らす。極寒の地だというのに、アギラとセイルの戦うその場だけはまるで真夏のようだ。
次々に襲う寒波も、互いの炎に打ち消されていく。
「黙れ、一族の裏切り者がっ!!」
アギラの怒りに反応したのか、紅炎の刀が、大剣へと質量を増した。
このままだと今いる場所すらも危ないだろう、現に火の粉が飛び散ってきている。深海の瞳は即座に被害の及ばない場所を探し、距離を計算して、最短距離での移動をした。
刃の脅迫が外れたが、足をすくませるスーシンの前に立ったシンスウは、両手を突き出して、親指と親指で底辺を作り、残りの指全部を使って三角形の形になるように指をあわせた。
紅炎の剣が今まさに獲物を捉えようとした瞬間、
「目を閉じてて!!」
シンスウが、三角を形作ったままの両手を地面へと押し付けた。
反射的に目を閉じたスーシンの目の前で、土の塊が津波を起こす。突然のことで回避が遅れたアギラは、押し寄せる波に弾かれ高く、飛んだ。
意識を失い宙を舞うアギラを視界に捉えると、セイルは押し寄せる土塊を踏み台にして跳躍する。
思ったより大きく出てしまった力に困惑し、制御のできないシンスウは、地面に押し付けていた両手を侵食する蔦を気にせず、体をきつく抱きしめた。人を傷つけるかもしれないという恐れが、震えを止めさせてくれない。
意思を持たず襲うそれは、まるで自然災害のようで、被害範囲を広げては周りにいる。すでに避難していた青年の場所や、発動者の周り、シンスウとスーシンのところまで及んでいた。
アギラのみを助けることに集中しようとしていたセイルは、舌打ち交じりに悪態をつくと、短く何事かを唱えた。
それは理解できないほどに、無意味な文字の羅列だった。
「繋緋満瑞治薙吹封硬琴!!」
呪文めいた言葉は、音の波紋を広げ、“力”の領域を広げていく。
波紋が十分に行き届く頃にはセイルは、アギラを救出し終えていて、おとなしくなった土塊に守られながらゆっくりと着地した。
未だ暴れ続ける波に、波紋は届かないようにも思えた。だが、静かだった波紋は次第に“力”自体を具現化させ、風が、影響を受けていなかった土が、波を押さえ込んでいった。
圧倒的なその場面に、ほんの少しだけ意識を取り戻したアギラは驚きと異端を見るかのような厳しい目でセイルを見た。
「化物」
一言だけの言葉だった。しかし、人を傷つけるには十分な言葉に、セイルはただ、苦笑をもらした。気付けばアギラは戻った意識を、闇の奥へと沈ませたみたいだ。
溜め息を漏らすかのように小さく吐いたセイルの息は、寒さを取り戻したことにより白く、見えた。
×××××
燃えている。避難所と言う名の棺が。
雪が暑さによって融ける。融けてできた水は、唯一あいている地下からの出口を塞ぐかのように流れている。
その光景を呆然と眺める小女と、冷ややかな蒼い瞳に笑みさえ浮かべてみせる少女がいた。 ユイリィは、空へと登る黒色の混ざった煙を見上げているだけだった。今自分の立つ地面の下には、まだ目覚めていない“仲間”がいたのかもしれない。それなのに、今こうして燃やしてしまっていることに若干の疑問を抱かずにはいられなかった。
「ねえ、どうして……燃やしちゃうの?」
言いよどみながら、ユイリィはたった数日とはいえお世話になった避難所の事を思った。見たことも聞いたこともないようなものばかりで、果てには“こんぴゅーた”やら“こんてな”やら“てんいそうち”という、どこの属区にもない言語に戸惑ったことを思い出した。眠っている人もいた。でも、違う属区の人だった。
それでも、同じヤパネスに住む人だったのに――、ユイリィは頭の中で細長い糸が複雑に絡まる錯覚を覚えた。
しまいには瞳にうっすらと涙を浮かべるユイリィに、キューノは、冷酷にも言い放った。
「これは駄目。“外”から来た恐ろしいもの、あなたみたいな子供が触れてはいけない穢れ、私もそのうち“浄化”をしないといけない……違う属区の人間は信用ならない、それはいつも言われていることよね…?」
親の言いつけを守らない子供を、優しくたしなめる親のような口調に、ユイリィはいつの間にか瞳に溜まっていた涙をこぼした。親の言いつけを守らなかった時のことを思い出していたのだ。
身内の、外部に対する敵対心を増加する為にも幼い頃から行われる洗脳にも近い行為。徹底的に別の属区の人間は悪だと教え、水属区を頂点と仰がせるそれに、子供、しかも自我の成長の時期にあるユイリィにとっては、それは疑問とすることすらおかしいと感じさせるものだった。
「そう……だよね…別の属区の人は悪い人なんだ。あの双子も、最近目覚めたばかりの…でも、あのおねえちゃんはどこの属区なんだろう?」
そういえば聞いていない、とユイリィは首を傾げた。その目には、すでに罪悪感の欠片もない。
避難所は、半分くらいが焼け終えたのか、火は少しずつ弱まっているようにも見えた。 少し焦げ臭い。キューノはその臭いをかがないように風上に回った。
「水属区の人間ではないのは確かだよ。だから、ためらう必要もない」
言い切り、ユイリィに向かって二言三言発してから、今度は別の言葉を、確認を取るように一言一言を明確に発音した。
「私たちの目的は?」
「生きること……と…」
言いたくないと、心の奥底で叫び声を上げる幼い声に、ユイリィは耳を塞ぎたくなった。もし言わなければまた、“闇”を見せられることになる。幼い子供にとっては、それは最大の恐怖で、絶望でもあった。
キューノは、それでも言うことを強制した。シンスウやスーシン、セイルと一緒だった時とは違い、とても冷たい瞳をしていた。ユイリィを見る雰囲気が、まるで道端に転がる石ころを見るようなものに変わりつつある。
勢いに背中を突き飛ばされるかのように、ユイリィは叫んでいた。
叫んだ言葉は涙声で、とても聞き取りにくかったが、キューノはその言葉を聞いて安堵したのだろう。笑顔を浮かべた。
酷く、歪な笑顔だった。
×××××
「とにかく、私たちの拠点としている場所へ来ませんか?」
提案したのは深海の瞳を持つ男だった。気絶したアギラを除き、全員が肯定することによりそれは可決された。
何やらアギラと因縁のあるらしいセイルを招くことに、シオンはためらいを持たなかった。 代わりに、幾つかの質問をすることで危険性を図ることにした。アギラは、自らが眠っていた装置の中で、すぐに目覚める眠りについている。
「何故この場に居合わせたのか、特にそこの双子さんはね。それと、属区を教えていただけますか?」
属区。それは彼らを区切る為に重要なことだった。水と火が敵対しているように、氷と雷が敵対しているように、風と土が不干渉を決め込んでいるように。金の属区の代わりに君臨した“天”の属区が、全ての属区を監視するという表面上のこともあり、それぞれの区切りが重要とする水の属区の人間が言いそうなことだった。
「はーいストップ、ストップ。まずはあんたの名前からね?」
「意味の分からない言葉を使わないでください。それと、あなたの名前も聞いていません」
「ストップ」という言葉が、登録されていない為、翻訳されず、どんな言葉なのか分からずに苛々と耳飾りをいじりながら、機転を利かせてセイルの名前を聞き出そうとする。
「俺の名前? あんたのが先。理由は簡単、質問を投げかけたのはあんただから」
人差し指で指し示された水属区の男は、やれやれとばかりに頭を軽く振った。
子供のわがままを冷静に跳ね除ける親のような態度に、苛々とするセイルに、男はあっさりと自分の名前を名乗った。
「シオン・カイです。どうぞ、次はあなたの番ですよ?」
あまりにもあっさりとしすぎて拍子抜けしたが、セイルは自分の言い出したことに責任を持つことを優先させた。
「俺はノズミ・セイル」
シオンの深海の瞳と、セイルの暗闇の瞳がぶつかり合い、どちらとともなく視線を外した。シオンの興味は双子の方へと向かい、セイルを意に介してはいない。
「そちらの双子は?」
「あ、あの……」
「この子はスーシン、あたしはシンスウよ。2人とも風属区の人間よ、それで?」
余計な詮索は避けたいがために突き放すように自己紹介をしたシンスウに、シオンは不快感を抱きもせずに率直な疑問を口に出した。
「風属区の人間は土の力も使え……」
「詮索は無用、それはどこの属区であれ言えることだったと思うけど?」
違う属区の事柄に対しては絶対的に不干渉を求められる。それを破って物事を聞き出そうとするシオンを咎めるが、セイル自身もそのことが気に掛かっていた。 属区の人間は自らの住む属区の力しか仕えない。その法則を無視しているシンスウのことが気になった。
しかしセイルは、自分もそうなのだと意識してはおらず、シオンの質問が、自らに向けられていたことに気付いていない。
シオンの問いかけから話題をずらすために、セイルは自分たちの眠っていた睡眠室と、まったく同じ構造の建物を見回した。発見したのは通路と部屋を繋ぐ境目のところ、長方形に開いている空間の少し上に、何かで強く深く彫られた字。
「S−004? なんだ、あれ?」
「えすの零零四と読むのですか、あれは」
妙に感心したようで彫られている字をしげしげと眺めるシオンの横で、セイルは逆に知らないことを不思議に思っていた。“外”の言葉は必要最低限でも覚えるはずだと思い込んでいたからだ。実際属区の人間たちは“外”のことを嫌い、断絶している為、一切の関係のない鎖国状態であった。
そのことを知らないセイルは、むしろそちらの方がおかしいと言ってやりたくなった。
「……せ…」
アギラの声に真っ先に反応したのはセイル、次にシオンだった。双子は、つい先刻のアギラの怒りを思い出し、部屋の隅で身を寄せ合って様子を見守る。
ここは任せてください、シオンがセイルの前に立つ。この場で暴れられては後に面倒ごとを残す羽目になる。
「アギラ、気分はどうですか?」
「悪いに決まってんだろ。セイルは、どこだ?」
背の高いシオンの後ろにいる姿を、寝ぼけたままの目はうまく捉えられていない。シオンが、寝ぼけ任せにアギラから何か聞けるのだろうかと、悪戯心にも似たものが湧く。
「……アギラ、あなたは彼女のことを“裏切り者”と呼んでいましたが、何について…裏切ったのですか?」
聞ければ対処法も変わる、シオンの思考を読み取ったセイルは、できるだけ身動きをしないように息を潜めた。当てはまる記憶の多いセイルとしては、アギラの怒りの原因を知っておきたかった。そうでなければ理不尽だと思い、いつかは彼を倒してしまうと予測していた。
今にも泣き出しそうなスーシンを宥めながら、シンスウはいつでも力を発動させられるように準備をしている。
「あいつは……宗主になる予定だった。俺よりもずっと扱いは良かった。女になんか宗主の座を明け渡したくなかった…」
ぽつりぽつりと語るアギラに、シオンは口を挟まず、最後まで聞こうとする態度を示す。宗主。それは属区の長たる者を表す言葉。宗主の血を継ぐ人間がセイルだと知り、シンスウは部屋の片隅で知らず、緊張した。
「だが、あいつは強かった……俺も、その実力は認めていた…だが! あいつはいとも簡単に宗主の座を捨てて、属区を“抜けた”!!」
何故だろう、鼓動が妙に早く脈打つ。シンスウは、その言葉の意味することに重い圧力を感じると、意識を失った。スーシンも、それに共鳴するかのように、倒れてしまった。
倒れる音は、存外にも大きく、アギラの意識は自然と双子のいたほうへと引き寄せられていた。それを知っていながらも、セイルは双子の方へとわざと足音をたてて近寄った。
「お前……!!」
アギラの全身から発せられる憎悪を受けながら、セイルは苦笑するしかなかった。 彼の真っ直ぐすぎる性格が、嫌いではなかったから。
未来に来ても、鎖は錆び付かない、強固なものだと知った――。