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第一期 始まりの終

覚醒せよ、貴様も道連れ、逃がしはせぬ。

 一度覚醒し(めざめ)たならば戻れるはずもない。

 さあ、貴様の運命はアレと同化するのか逃げ切るのか――。





時刻はセイルの設定した目覚めの時間。

 気付け薬のような効果を持った気体が、閉じきった装置へと満たされる。


「……ふぁ」


安眠を約束される装置から目覚めたセイルは、今の時間が夜中の2時を示していることを確認した。

 時間を確認し終えたので、懐中時計を閉じるとセイルは、音を立てないように装置から出る。

 辺りは主な電気を落とし、予備の灯りだけが照らしていた。

 どこかにある電源を入れれば今のようなぼやけた灯りではなくなるのだろうが、セイルはそういった仕組みを知っていない。

 薄明かりの中、目を凝らしながら探しているのは(そと)へと伸びる梯子。

 不気味なことこの上ない。気味の悪い現在の状況に、嫌悪感を隠せずにセイルは顔をしかめた。


「あった」


一部分が凍り付いている梯子が、薄暗い中、電燈を反射して光った。

 金属で作られている梯子に、手を触れたセイルは、あまりの冷たさに声を上げそうになった。

 突き刺すような冷たさを持つ梯子に、セイルは再度手を掛ける。

 熱された鉄を冷水の中に突っ込んだ時のような音がした。

 音源は、セイルの両手。

 セイルの手が、赤く発光している。

 それを意識していないのか、それとも分かっていないのか。セイルは気にせず、足を踏み外さないように梯子を上っていく。

 外へ出る為の出口の一つはここ。もう一つは怪物(モンスター)たちが大量に徘徊している通路を通らなければいけない。

 セイルは、騒がしくすればキューノたちが何かの拍子に起きてしまうのでは、と考えたのだ。


「やはり、凍っているのか……」


溜め息交じりに吐き出した言葉は、自分のすぐ頭上にある出口を塞ぐ氷に向けられた。

 手で軽く叩くと、澄んだ音が返ってきた。


「さて、と。この打開策は?」


誰に言うでもなく、自分に向けた質問。


「ある。理由は簡単、あいつ(キューノ)の言っていた能力(チカラ)、俺にもできるはずだ」


そう決意を固めると、セイルはキューノと数時間前に話された能力を使う為のアドバイスを口にした。


「集中しろ、そこにあるものだと想像しろ……ね…簡単に言ってくれる」


簡潔なアドバイスを思い出し、苦笑いを浮かべながら片手でしっかり梯子を掴むと、もう片方の手を、入り口を塞ぐ氷へと向けた。

 瞳孔が紅く染まる。

 薄明かりに照らされていた部屋が、一瞬だけ、橙色(オレンジ)の光に満ちた。


×××××


朝の6時、睡眠室にある装置の内4つから人が出てきた。

 眠たげに目をこする双子と、私物なのか手に持った首飾りを引きずる少女、一番目覚めのよくないキューノは、室温がいつも一定であるこの部屋が、いつもより冷えていることに頭の覚醒を強制的に促された。

 体をさすりだしたユイリィと、体を寄せ合うシンスウとスーシンは、ある一点を凝視したまま固まってしまったキューノを見た。

 キューノの視線がどこで固まっているのかを辿ると、そこは、(そと)へと伸びる梯子で、一番下の部分は、白い物体で埋もれかけていた。

 それは、キューノの記憶にはないもので、ユイリィや双子の少女の記憶にもないもの。


「まさ、か……ノズミさんっ?!」


急いで確認したのはセイルの眠っていた装置、そこには誰もいなかった。

 ぬくもりも、元より寒いこの部屋、残っているはもずもない。

 だが、転移装置を使った痕跡はない。どこへ行ったのだろうか、キューノの中で、疑問が渦巻く。


「シン姉ちゃん……」


スーシンが、不安げに姉の服を掴む。

 珍しく怪物(モンスター)たちが睡眠室の近くまで来ていたのだ。

 狼にも似たそれが、咆哮を響かせる。

 幼いユイリィは、キューノへ抱きつき、まだ少し、精神的に幼いスーシンは、シンスウの手を強く握った。


「大丈夫だよ、スーシン」


安心させるように、握られていない方の手で頭をなでたシンスウは、離れない妹と一緒に、梯子のすぐ近くまで歩き、その上を見上げた。

 外は雪が降っているようだ。

 冷たく、白い物体が、雪が空からおりてくる。

 しかしそれは梯子の真下にのみ存在するもので、風に飛ばされたのか、部屋のところどころに散った結晶たちは、溶けたもの同士で小さな水溜りを作り出していた。

 それも、すぐに凍りつき、氷へと変形していた。

 梯子を上っていったのは明らかだった。


「お姉ちゃんを探しに行こう!!」


言い出したのは、やっとキューノから離れたユイリィ、しかしキューノは探しに行くことが困難だと考えた。

 極寒の地と化している大地に立つには、確実に防寒具が足りない。

 キューノは冷静に解析すると、未だに不安そうに視線を彷徨わせるスーシンと、すでに外へ出る気が満々なシンスウを見た。


「駄目だよ、危ない」


「ど、どうして!」


ユイリィが、大声で聞いた。小女の瞳は、不安げに揺れていた。

 まだ会って間もないというのに、セイルを助けようと言い出すことに、内心でキューノは、不思議がっていた。しかし、声にはしない。

 不安を隠せないユイリィに、駄目だ。とキューノは再び言う。

 危険な目に会う確立が高いというのに、幼い子供たちを連れて行くことはできないからだ。

 そのことに、ユイリィは気付けない。

 自らの道理を通せずに、小女は、キューノへと怒りをぶつけた。

 いけるのなら、自分だって助けに行きたい。それでも抑えなければいけない、キューノは、自制心を固くする。


「……あの…」


苦々しげに顔を歪ませるキューノへ声をかけたのは、スーシンだった。

 シンスウの服を掴みながら、注目があることで赤くなる顔と、心を少しずつ落ち着かせ、スーシンは、発言した。


「私の、風の力を……使えば…」


言い終えてから、姉の服を更に強く掴んだ。

 引っ込み思案なスーシンが、自分から助力を言い出したことに、キューノは、少なからず驚いていた。

 シンスウは、よく言ったとばかりに、スーシンの頭を撫でている。そして、キューノに対抗する術を持ったシンスウは、堂々と発言した。


「スーシンがこう言ってくれてる。あたしは行くよ、妹がこう言っているんだ、姉として、守ってあげたいからね」


止めないでね。双子は、すでに決心を固め、動き始めようとしていた。

 スーシンは、風による想像による創造の力を持っている。今、彼女が目を閉じ、集中しているように、創りたいものの形を想像して、それが現実にあるものと念じる。

 それだけで実体を持った“もの”が、現れる。今スーシンの作り出したのは、意匠がまったく同じの、分厚い防寒服だった。


「駄目です! 行くのには反対です!!」


防寒服を着込んだスーシンとシンスウは、続けてスーシンの作った手袋を装着して、梯子の前に立っていた。

 キューノは双子と、双子についていってしまいそうなユイリィに向かって大声を上げた。

 冷え込む部屋に、声が反響する。

 双子は、その声を背に、梯子を上り始めた。そして、双子は互いに互いの声を合わせた。


『私たちに指図しないで水属区の人間が』


子供らしくない、冷えた声。まるで汚物でも見るかのような視線は、双子の瞳からだった。

 一瞬息を止めるキューノに、怯えを隠せないユイリィ。

 双子の口は、動きから、発する言葉まで、全て同じだった。


『何で他の属区の人間が心配をする? 我らを束縛するな』


縫い付けられたように動かない足は、双子の姿が消えるまで、動くことを許されなかった。

 風の属区は、他の属区と比べて絶対的に自由意志が強い。特に、束縛を嫌う。

 何をしようと、何を考えてもそれは個人の自由。ふう属区ぞっくの人間は、放任主義とも言われる。だからこそ、逆に子供の頃からしっかりとした性格の人間もいる。

 束縛。それが風属区としての、束縛を嫌う心を呼び覚ませた。

 キューノは、まだ呆然としている自分を落ち着かせた。隣で涙を浮かべているユイリィのためにも、自分がしっかりしなければ、ユイリィが望んでいなかったとしても、自分はそうするしかない。


「怖くない? 大丈夫?」


できるだけ優しく、安心感を与えるように言った。

 ユイリィは、今にもこぼれだしそうな涙を溜めて、キューノを見上げた。

 小さな振動だったが、溜まっていた涙は、ユイリィの頬を伝った。続けて、泣き声が上がった。


「う、うえぇえんっ! こわっ、かった……っ!!」


キューノに抱きつき、泣き出すユイリィを、キューノは優しく抱きしめた。

 ユイリィは、キューノの肩に顎を乗せるような形で泣いている。キューノの顔は、もちろん、見えない。

 だから、彼女が微笑んでいたなどと気付けるはずもなかった。


×××××


「お姉ちゃん、どこ行けばいいの?」


「分からないよ。とにかく、ノズミお姉ちゃんを探さなきゃ」


勢いで出てきたに近い状態で、スーシンは、辺りの寒さに身をすくませている。数十分ほど歩いて、あまりもの視界の悪さに、足を止めていた。

 シンスウは、猛吹雪により、ほとんど確保のできない視界の中、目を閉じて、耳をすませている。

 何も聞こえるはずもない。もし何か聞こえたとしても、それは雪を舞い上げたり、横殴りにする風の音。または、時折飛んでくる、朱塗りの木片が、どこかへと落ちる音くらいだ。

 スーシンも、姉を習って耳をすませてみるが、何も聞こえてこない。そのまま数分ほど、シンスウを待つことにした。

 目を開けていられない、目にある水分が吸い取られていってしまう。スーシンは、目を閉じ、目を保護してくれる何かを創造した。

 目を覆う硝子、そして耳にかけるための(つる)。普通の眼鏡よりも大きめの、大型眼鏡を、まずは自分、そして耳をすませたまま動かないシンスウにかけてやった。


「……あ!」


シンスウが声を上げた。何かが聞こえたようで、スーシンに伝えようとしたが、妹にも聞こえていたようだった。

 音の聞こえた方へ、顔を向けていた。木片の落下するような音でも、風の叩きつけるような音でもなかった。人の声だ。そして、爆音。

 すぐに吹雪が隠してしまったが、明らかに誰かが“何か”と戦っている。

 見えたのは橙色の光と、紅い光と、爆炎。


「お姉ちゃん!!」


焦るようにスーシンは叫んだ。シンスウも、すぐに頷いて光の見えた方向へ走り出す。

 目も明けていられない状態で進んでいた2人には、今は目を保護する眼鏡がある。方向は間違えない。

 強風が邪魔をするが、シンスウが先頭に走っているうちに、風は勝手に、そこだけ穏やかに流れていくようになっていた。

 進行を妨害するものは、視界を遮る雪たちだけ、スーシンは遅れないように走る。

 少し走る速度を上げたスーシンは、シンスウに聞いてみた。


「どうして、あのお姉ちゃんを気にしているの?」


一瞬、シンスウの走る速度が遅くなった。ただ、一瞬だったので、スーシンは気付かない。


「……風の…」


穏やかな風は、呟きにも近いシンスウの声をスーシンの元へと届けた。


「風属区や、属区ぞっくに……似てたから、多分、違うだろうけど」


自由を求める性質を、セイルから感じ取ったシンスウは、そう答えた。


「そっか……私たちは似てる人を助けちゃうからね」


できるだけ少ない動きで発せられる言葉だったが、スーシンは楽しそうだった。

 似たような性質を持っている人間を、同族とは思えなくとも、同士と考えることのできる風属区特有の精神。それがシンスウを動かしていた。

 スーシンも、納得がいったようにもう一度小さく笑うと、距離を縮めていく橙色や、紅色の光へと向かっていった。




人は、自分の許容できる範囲外のことには、とてつもなく弱く、脆い――。




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