第一期 始まりの中
少しだけ変更しました。
氷河時代、生あるものは凍りつく。
それは例え、“種”であっても例外ではない。
もしそれが“種”に飲み込まれた人間であったら、凍りつくことなくそこらへんを徘徊しているだろう――。
×××××
まずは何から話そうか、キューノは、セイルや小女、双子の5人でつくった輪の中心の――どんな物質で作られているのか皆目見当がつかない――頑丈な床を拳で軽く叩く。
安全で、ゆっくりと話ができる場所ということで睡眠室に戻ってきたのだ。
食料庫では危険があるということで、話すことのできなかった疑問を年齢に差はあれど、 目覚めてから日の浅いセイルが主に質問することになった。
まず聞いたのは基本的な事、目覚めた自分たちのことから。
キューノは小女や双子の名前を知っているが、セイルはこの数日目覚めたといっても、意識が覚醒していない状態の時間の方が多かったので、知ることができなかった。
初めに名乗りを上げたのは、青い瞳が好奇心という名の光で煌めく小女。
「あたしはシェイリン! ユイリィ・シェイリン、よろしくね!!」
「ユイリィが名前、間違えないでね!」
えへへと恥ずかしげに笑うユイリィは、自分の真正面に座るセイルへと手を差し出した。
握手を求めているのだと理解したセイルは、ユイリィより幾分か大きめの手をその小さな手に重ねた。
セイルの隣に座っていたキューノは、目の前で手を繋いだままの双子へと視線をやった。
『あのね!』
同時に出た声、しかしあまりにも似ている声だったので、それが2人同時に発したものだとキューノは気付かなかった。
「わ、私はスーシン・ユウメイ」
「あたしはシンスウ・ユウメイ、スーシンの方が遅い生まれなの」
声や容姿までもがそっくりな双子を、セイルはどうにかして特徴を見つけようと声を聞いた結果、少しおどおどとした方がスーシンで、スーシンよりもはきはきとしている方がシンスウだと記憶した。
あぁ、そういえばシンスウの方が新緑を思わせる瞳で、スーシンは深い緑色、深緑の瞳をしているな。セイルはのんびりと考えながら、頭の中で一つの疑問が浮かび上がった。
「皆、どこの生まれ?」
「俺はヤパネスって国生まれだけど」と付け足すセイルに、輪を作っていた全員がヤパネス生まれで、ヤパネスに住んでいるということをセイルに教えた。
「全員同じ国に住んでいるわけか……」
道理で言葉が通じるわけだ。納得するセイルに、キューノが苦笑した。
「言葉が通じるのは、これをつけているからなのでは?」
ヤパネスは一つの国だが、その内に属区という国の中に小規模な国を幾つか組み込んでいるような形になっている。言葉は共通だが、属区ならではの言葉や、訛りがあるため、他の属区の人が分からない言葉があっても無理はない。
キューノは、自らの右の耳たぶをつまんだ。耳たぶを飾っているのは磁石式の耳飾り。反対側の耳は肩の辺りまで伸びるの黒髪に隠されているが、 おそらく耳飾りがつけられている。
翻訳機という役割も果すそれは、属区に住まうものなら誰であろうとつけなければいけない。
「あれ、お姉ちゃんは水属区なの? あたしとおんなじね!!」
水属区という単語に、ほんの一瞬だけキューノが反応したことに、セイル以外誰も気付かなかった。
しかしセイルはそのことを心のうちにとどめ、困ったような顔をした。
そんなセイルに気付かずに、ユイリィは嬉しそうに自分の耳飾と同じ、青い石のはめられたキューノの耳飾りを見つめた。蝶にも見えるように削られ、研磨された青い石は、キューノが特に気に入っているものだった。
「あー……俺から話ふっといてなんだが、本題からずれてない?」
「そうよ、あたしたちが今やることは現状の確認でしょ!!」
セイルに続いて声を上げたのはシンスウ、目を輝かせていたユイリィは、途端に興が冷めたようでふて腐れてしまった。
「ごめんね、ユイリィ、後でゆっくり話そう、ね?」
まるで母親のようなキューノの言葉に、ユイリィは素直に頷いた。
シンスウはユイリィの機嫌が直ったと見ると、セイルに向き直った。
「自己紹介は一応終わり、ノズミお姉ちゃんは他に何が知りたいの? あたしたちが知っている限りで、だけど」
「なら、まずはあの怪物……違った。怪物について、あれは一体何なのか」
熊のようで、おかしな蔦でできた歪で、誰も知ることのなかった怪物、元より環境悪化により、異形化した動物が人里を襲うことはあったが、あんなものは知らないとセイルが言い切った。
シンスウは知らないようで、キューノへと説明を求める。キューノもあまりよくは知らない、自分の知った範囲でと前置きをしてから話し始めた。胸の内では聞いたこともない言葉――もんすたあとかいうもの――に対して疑問が浮かんでいたが、そこは抑えた。
「あれは動物じゃない、と思います。さっきの熊みたいな何かから、蔦のようなものが出ていたのは見ましたか?」
セイルが見た。と答える。
「多分あれが本体です」
「はぁっ?!」
「あの蔦みたいなものは、本体、今さっきの状況で言うとしたら熊のような生き物ですね、それが死の危険瀕すると緑色の“種”みたいなものになって、そこら中に散らばせるんです。あれに触れたものは、乗っ取られます。」
何を、とは言わないキューノに、セイルが即座に言い返した。
「何を? 根拠は? それとなら何でお前らは平気なわけ?」
何を乗っ取られるか、その根拠と、何故それと格闘していたユイリィたちが何もない理由を一気に聞かれ、キューノはまず立ち上がったセイルを座らせた。
そして落ち着くように、と付け加える。
納得はしていないようだったが、セイルはおとなしく座りなおした。
「まずは何を乗っ取るか、それは……その姿、です」
セイルを指差したキューノは、首を傾げるセイルが自らを指差したことに、頷いた。
「例えばここに小さなビー玉があったとして、そこに先程言った“種”みたいなものを落とします」
人差し指と親指で作った丸に、もう片方の手の人差し指をその丸の中に入れた。
それがどうやら例として出されたビー玉と、“種”みたいなもの、のようだ。
「するとこのビー玉は“種”みたいなものに吸収され別の、例えば人の形になる」
言いながら丸を作っていた人差し指で、自分自身を示した。
セイルは、有り得ないと叫ぶと、頭を抱えて唸りだした。
いきなりのことで驚いたシンスウは、小心な妹が怯えないかと心配したが、スーシンは自分に寄りかかって寝てしまっていることに微笑を浮かべた。
ユイリィも眠たげに目をこすり、自分の眠っていた装置の中へとふらつきながらも戻っていった。
「スーシンが寝ちゃったみたい、寝かせるわ」
スーシンを装置の中へ寝かせようとするシンスウだが、まったく同じ体格をしたスーシンを動かすことがうまくできずに、半ば引きずるようにして運んだ。
そのまま、眠気に誘われたスーシンも、装置へと入る。
残ったキューノは、時折頬を引っ張るセイルが話し出すのを気長に待つことにした。
頭を抱えていたセイルは、一旦目を閉じ、冷静に思考するように努めようとしていた。
独り言のような呟きが、キューノの耳にはっきりと届くようになるまで、あまり時間はかからなかった。冷静に思考することが苦手で、少しずつ思考という名の糸が絡みだす。
「だーっ! もういい、この状況は夢じゃない、何故か? 理由は簡単、痛覚も視覚も聴覚も、全てが現実であるからだ。それさえ分かればもういい!!」
顔を上げたセイルは、そう叫び終えると今のところは満足したようで、キューノの真正面へと移動した。
「そこでサミィ、俺が聞きたいことはもう一つある。ユイリィ、だっけか? あの子が描いた絵が本物になった。お前も、水の塊を作り出した。一体どういう仕掛けだ?」
描いた絵が本物、実物になるなんてことは、常識では有り得ない。何もないところから水の塊を作り出すことも、子供では絶対的に無理だ。
これこそが、セイルが一番聞きたかったことだった。
しかし現状と、怪物のことも頭に入れておきたかったため、後回しになっていたのだ。
「……さっき、話していましたよね? 私とユイリィが同じ水属区だ、と。それが理由ですよ」
「嘘だ。それ以前に理由になっていない」
セイルの発した言葉は、明確な根拠があってのものだった。
属区に住んでいようと、そのような力がある者など限られていて、付け加えるとしたらそれは大人だと、セイルは断言した。
少女であるキューノはともかくとして、小女であるユイリィでは有り得ないことも付け足した。
「あっさりとバレちゃいましたね……これを見てください」
元より試すつもりだったキューノは、あっさりと嘘を見破ったセイルに対して、見えるように自分の服の袖をまくった。
キューノの左腕を飾っているのは緑色の、蔦のような紋様。紋様に見えるそれは、肌の表面にをところどころ立体化させていた。
それを見た瞬間に、セイルは立ち上がって数歩下がった。そのすぐ近くには転移装置、いつでも逃げられるようにという考えが丸見えだ。
「あはは、思ったとおりの反応をありがとう。でも私は意識もあるし、おかしくもなっていないでしょ?」
「だからって今さっきの話を聞いてたら信じられないんだが?」
言いながら、一歩後退。
逃げる意思がありありと浮かんでいるセイルに、キューノは苦笑を深めるしかなかった。
「それなら、さっきの話がまったくの嘘だとしたら?」
「それも信じられない」
「何故?」
断言するセイルが、腕を組んで床を何度か足で叩く。
意表をついた言葉に、キューノは目を丸くした。
「さぁね、それよりおかしくならない理由と、その“種”みたいなものにもう少し話してもらえるとありがたいんだけど……?」
再度外れかけた話題を戻そうとするセイルだが、キューノがそれを阻止した。
瞳に浮かぶのは、不可解なことに対する疑問。
「“さっきの話がまったく嘘だということを信じられない”という理由を聞かせてください」
「嫌だね」
誰が言うものか。セイルはキューノから視線を外し、そっぽを向いた。
「言わなければあなたに何も教えることはしませんが?」
「それでも嫌だ」
「じゃあ教えません」
「それも却下して欲しい」
「なら言ってください」
「嫌だ」
「だから、言ってください」
「だから嫌って……!!」
このやり取りは、あと数分したらセイルが折れて、話すという結果が現れる。
しかし、今のセイルとキューノは、先の見えない、終わることのないやり取りを繰り返す。
現状把握ができているのか、いないのか。彼女らは自ら全てを把握しなければ、戻ることも進むこともできない――。
現在連載中の大空を飛ぶ者と並行して連載していきたいと思っています。作者は気まぐれ更新をよくしますが、気長に待っていただけるとありがたいです。